優良ホストクラブへようこそ
藤泉都理
優良ホストクラブへようこそ
「ウイスキーだウイスキーを持ってこい私はウイスキーしか飲まないんだよ!」
ぶんぶんぶんぶん。
ウイスキーの容器を両手に持って振り回す女性客に、新米ホストはどう対応すればいいかわからなかった。
このホストクラブはぼったくりもなければ、売掛もなければ、提供する飲食物も接客料金も客の財布に優しい優良店だ。
飲み過ぎだよと優しく囁いて帰るように促せばいいのか。
飲み過ぎだよと優しく叱って帰るように促せばいいのか。
姫の仰せのままにとウイスキーをじゃんじゃん持ってくればいいのか。
先輩ホストのヘルプでこの席についたはいいものの、先輩ホストは売れっ子も売れっ子のホストである。
また戻ってくるよお姫様と甘やかな声で女性客の耳元で囁いて席を立ったかと思えば、あれよあれよと別の席へ、これまた次の席へと、移動しまくっていた。
あんな風になれって言われてもなあ。
お酒が大好きなら働けるだろうと、僕を拾ってくれたこのホストクラブのオーナーであり僕の叔母に恩返しする為にも、何とか店にも客にも貢献したいんだけど。
それにしても。
ぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶん。
こんな危ない振り回し音を出すなんて、いけない女性客だなあ。
僕は女性客が持っていたウイスキーの瓶二本を難なく掴むと、危ないよと微笑みながら言った。
「危なくねえよ。ちゃんと掴んでんだから」
「ううん、危ないよ。ほら。君がウイスキーの瓶なんて重たくて硬くて太い物を力いっぱい持つから、手が傷ついちゃってる。ね。手を離して。君が傷つくと、僕も悲しくなっちゃう」
「………あ。ああ。テメーはそういう路線のホストか。わりいな。私はワイルド系が好きなんだよ」
「そうなんだ」
「まあ。おめー。見ない顔だな。新米か」
「うん。入ったばっかりで。ごめんね。君の事をわかってあげられなくて」
「いいって事よ。うん。おめーの好きな酒は何だ?ん?そもそも、酒は好きなのか?酒が飲めないのに、ホストに憧れて、無理して飲んでそうな顔をしてんな」
「ざーんねん。僕はお酒が大好きなんだ。えっとね。それでね。お酒を飲むと性格が変わるって言われる。甘えっこになるんだって。へへ。嘘だよねー。僕、甘えてないでしょ」
「甘えっこっつーか。ぶりっ子っつーのか。ああ。よくわからねえけど。そうだな。最初の印象とは違うかもな。ふーん。まあ。無理してねえならいいや。飲もうぜ。ウイスキーはいける口か?」
「うん。お酒はなーんでも大好き」
「そうかそうかよしよし。じゃあ。ウイスキーな」
「う~ん。ごめんね。君のお願いを叶えてあげたいけど。もう、目が怖いから、今日はここまでにしようね」
「ああん?」
「ね?お願い。頭がくわんくわん回ってるし」
「………どーしても帰ってほしいか?」
「うん。帰ってほしい」
「だっははは。力入れて言い過ぎだろ。しょうがねえな。新米ホストを困らせたくねえし。今日はここまでにしてやろう」
「うん。ありがとう。じゃあ。気を付けてね」
「おう。おめーも、身体を壊さないように頑張れよ」
「うん」
僕は女性客を店の出入り口までエスコートした。
うん。なんか、ホストクラブでやっていけるかも。
ホストは無料でお酒飲み放題だし。
今迄給料のほとんどをお酒に使ってたから。
何ならお酒が三食みたいなもんだったから、いやなんなら、三食におやつに晩酌で、給料が飛んでく飛んでく今の所貯金ゼロ。
ここで働けるなら、老後の資金を貯められる。
でもまあ、あの女性客みたいに優しい人ばっかりだったらの話だけど。
「なあ。面接受けに来たオーナーの甥っ子もオーナーも、面接の模擬接客って事、覚えてんのかね?」
「オーナーはともかく、甥っ子は覚えてないんじゃね」
「おい。オーナー戻って来たぞ」
「なあなあ。おまえら、どっちだったっけ?ホストになれるかなれないか」
「「ホストに」」
「おい。おめーら。随分楽しい事を話してるじゃねえか」
「「「げっ。オーナー」」」
「ホスト三人で顔合わせて話す暇があるなら、私にウイスキーを注げよ」
「「「はい。オーナー」」」
「あれ?帰ったはずなのにもういる。しょうがないなあもう」
カウンターでウイスキーを飲んでいた僕はさっき帰ったばかりの女性を発見して、溜息をついたのち、帰るように促すべく女性客の元へと向かったら、おまえは酒を飲み過ぎだと叱られた。
「このホストクラブで私がしっかり酒以外の飲食物も食べるように指導してやるから覚悟しろよ!」
「ええ~。お酒だけあればいいよ~」
僕はほっぺを思いっきり膨らませれば、女性客に膨らんだほっぺを両手で思いっきりぺしゃんこにされてしまった。
めちゃくちゃ痛い。
(2024.8.20)
優良ホストクラブへようこそ 藤泉都理 @fujitori
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