違和感はなかった
「おはよう」
「進太、おはよう」
今日も何気ない日常が始まる。
僕は総合の時間が何よりも楽しみだ。もしかしたら、福祉センターにいる人々を助けることができるかもしれない。また、僕が彼らの話し相手になることで、幸せに感じてくれるかもしれない。僕はそれが本当に待ち遠しい。この電車から見える景色は、熱海に行く途中の電車から観測できるナマケモノのような海と同じくらい微笑ましく感じた。
初めてだ、こんなに希望を持って今日を迎えることができたのは。僕は希望を抱いている間、時間が早く感じてしまうということを発見した。つまり、時間は大切だ。
教室に入ると、本を読んでいる一人の女子と先生がいた。挨拶をする勇気は出なかった。
僕は勉強をせずに、本を読むことにした。いつもより心地よい時間が流れていった。
チャイムが鳴ると、先生はいつものような出席確認をして、話し始めた。
「今日の一、二時間目の実習についてだが、ホームルームが終わったらすぐに学級委員が皆を廊下で並ばせるように。何も持っていかなくて大丈夫」
学級委員の僕は皆を並ばせなくてはならないが、中々並んでくれない。予想していた時間から五分ほど経過した時に、先生が並ばせてくれた。
僕たちは先生の後ろを歩いていった。列とは言えないほどぐちゃぐちゃの状態で。主な原因はもちろんアノ集団だが、それ以外の人たちもゲームとかアイドルの話をするために、列を乱した。全く、他の歩行者に対する思いやりがないな。
十分ほど歩くと、福祉センターに着いた。真っ白な見た目の建物の前に、今回の実習を手伝ってくれそうな人が待ち構えていた。案の定その人から実習についての説明を受けた。その人はとても明るい性格をしていて、話した内容のほとんどは世間話だったが、どうやら僕たちは自由に施設内を見学して良いらしい。
さっそく僕は混んでいる一階から二階に上って適当にふらふらしようと思った。すると、隅の方に休憩場所があるのを見つけた。そこに一人のおじさんがぽつんと、座っていた。優しそうな雰囲気をしていたので、僕は彼に話しかけようと決めた。
「すみません。あの、今高校の実習でこちらを見学しているのですが、お話したいです」
よく考えずに話しかけてしまったので、変な人と思われたかもしれない。僕はどきどきした。
「もちろん。いいですよ。何を話しましょうかね」
おじさんは微笑みながら話した。
「僕の夢について話してもいいですか?」
「それは気になりますね。ぜひ教えて下さい」
「僕は、たくさんの人を助けたいです」
「良いですね。なぜそうしたいのですか?」
「罪滅ぼしをしたいからです……」
あまり一般的ではない回答に、少し声がこもってしまった。
おじさんは、表情を変えずに、ただ、優しい雰囲気をどこかに隠した。
「……それは、身勝手ですね」
え。どうして。
「な、なぜ、そう思うのですか」
「思いやりのない、ただの自己満足」
急に敬語をやめられたことで、さらに緊張感が増した。
「ごめんなさい」
僕はその場しのぎをした。
僕は一階に下りた。
僕はあの動画を見た時は確かに身勝手な人間だった。でも今は違う。誰かのために行動しようと思っているのに。
席を譲ったあの人、アノ集団、あの先生、僕のお母さん。今の僕はこれらの人たちと同類なのか。いや、そんなわけない。あの人たちは他人に対する思いやりを全て捨てて自分の利益を優先した。席を譲ったあの人以外は僕に対する思いやりを全て捨てて。
席を譲ったあの人は会話しない方が楽という利益を優先した。
アノ集団は僕をいじめることでストレスを発散できるという利益を優先した。
あの先生は大袈裟な事件にならない方が楽という利益を優先した。
僕のお母さんは他人の価値観に縛られない生活を送るという利益を優先した。
一方、僕は人助けをすることで付属品のようについてくる罪滅ぼしを優先するつもりだ。確かに罪滅ぼしは利己主義者のすることだ。しかし、僕があの人たちと圧倒的に違う点は、人助けという利他的で思いやりのある行動をするということである。つまり、利己主義者の僕と、利他主義者の僕が互いに打ち消し合って、身勝手ではなくなる。あのおじさんの言ったことは間違っている。
今思い返して見ると、本当にこの世界は思いやりより自分の利益を優先する人たちで溢れている。
本当、救いようがない。
だけど、そういう人たちがあまりにも多いので、その人たちが世間の「普通」を作り、結局少数派である僕の違和感はなかったと言っていいのかもしれない。
チューリップより団子 西堂こう @nishido
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