第三話『黒体(こくたい)』

 大混乱の中。

 猛火利増根もうかりますね原子力発電所の後継施設、物怪杉手草もうけすぎてくさ発電所に、天才物理学者、亜鈴状一石あれいじょうかずいし、のがすっ飛んできた。


「おおおおい!!!! 大鐘おおがね社長! わかった理論! 世界の大混乱の原因が!!!! 今すぐに! この発電所を! 止めろおおおおりろおおおおん!!!!」

 亜鈴状一石博士は、ビリーのエネルギー放出を初めて見た時以上に、激しく興奮している。

「何だい亜鈴状博士、そんなに慌ててよぉ。まさか世界中からあらゆるものが消えているのは、俺とビリーの仕業だ、なんて言うのか? まぁ確かに、うちは溜まってた膨大な量の使用済み核燃料が消えて、その原因とやらにはたいそう感謝してるがよぉ」

 大鐘大介社長は、呑気にそう答える。

 その隣にいるビリーは、本物かどうかはわからないが、相変わらず涼しい顔をしながらビリビリとエネルギーを放出し、発電に励んでいる。

「地球中からあらゆるものが消えているのは…………ビリー! 絶対テメーのせい理論! テメーっていうか、テメーを使って発電しまくってボロ儲けしてる大鐘社長、君、いや、テメーのせい! 絶対テメーのせい理論!」

「はぁ!? おいおい亜鈴状博士、根拠の無い批判はやめてくれよ? あるなら聞かせてくれ、どうしてそう思うんだ?」

「ビリーは、質量をエネルギーに変えてるんじゃ理論! それも、地球の質量を、だ理論!」

「質量をエネルギーに……ハッ! まさか、亜鈴状博士の発見した『絶対テメーのせい理論』を利用していると言うわけか!?」

「そうだ理論! わしの発見した……いや、正確にはわしのが発見した『絶対テメーノのせい理論』理論!! ここから、『E=mc^2』つまりは『質量とエネルギーの等価性』が導き出される理論。質量とエネルギーは相互転換できる理論!!! それはつまり、ごくわずかな小さな軽い物質にも,膨大なエネルギーが秘められていることを意味する理論!!!! じゃあ馬鹿デカい地球の質量が全て消えたらどうなる理論? 比べ物にならないぞ理論! 一グラム消えると、十の十四乗ジュールのエネルギーが発生する理論!! 地球の重さは、五・九七二に掛けることの十の二十七乗グラム理論!!! それらを掛け合わせると、総エネルギー量は、五・九七二に掛けることの十の四十一乗ジュール理論!!!! 前にビリーが記録した、二・七五一に掛けることの十の二十四乗ジュールすなわち一年間に太陽から地球に降り注ぐエネルギーに匹敵する量、これよりもスーパーウルトラアルティメット遥かに途方もなく多い量だ理論!!!!! おまけに地球の質量が減ると言うことは、重力への影響もある理論!!!!! そのうち、全てがフワフワと宙を漂い始める理論!!!!!!」

「そ、それは…………非常にまずいりろん」

 大鐘大介社長は、驚きのあまり、亜鈴状一石博士のヘンテコな語尾の影響を受けてしまっている。

「だからとにかく、電池男を使った、ビリーを使った発電は……これ以上はまずいし! わし、亜鈴状一石あれいじょうかずいし! 今すぐやめろ理論!」

「わかった! 今すぐに、全ての発電装置を止めよう!」

 亜鈴状一石博士の言葉を理解した大鐘大介社長は血相を変え大慌てで、全てのビリーのクローンに、電池となることをやめさせた。


 ひとまず世界のものの消失は停止したが……


「亜鈴状博士。ひとつ聞きたいのだが、消えたものは、人は…………二度と戻ってこないのか?」

 大鐘大介社長は、自身の犯したとんでもない罪を自覚し、深く沈んでいる。

「良い思考でもちょい微妙。それが、だな……」

 亜鈴状一石博士は含みをもって切り出す。

「まさか、何か方法が!?」

 大鐘大介社長は、目を見開いて、飛びつく。

「ああ、戻ってくる。わしの発見した……いや、わしのが発見した『質量とエネルギーの等価性』をもう一度、思い出すのじゃ」

 亜鈴状一石博士の言葉から、ふざけた語尾が消えている。

「それはつまり……どう言うことだ?」

「我々がビリーにいやーな刺激を与えると、防衛反応として、地球に存在するさまざまな質量を、エネルギーに変換し放出した。ここで忘れてはいけないのは、質量とエネルギーの転換は双方向、だと言うこと。つまり……」

「そうか、わかったぞ亜鈴状博士! 今度は逆に、ビリーに刺激を与えてやればいいってことか?」

「ご名答! ビリーに幸せな気分になってもらおう。さすれば今度は、一度はエネルギーに転換されてしまった、元は質量だった存在が、再度質量へと転換されるはずだ!」

「そうなんだな、ビリー・ビリルビン?」

 大鐘大介社長は、期待をこめて、ビリーに問う。

「言っていることはわかるが、試してみないことにはわからない。生まれてこの方、毎度そんな小難しいことを考えてエネルギーを作ってたわけじゃないからなぁ」

 このビリーは、オリジナルのビリーのようだ。

「じゃあ、とにかく試してみよう!」

 大鐘大介社長には、さっきまで消え失せていた活気が戻っている。

「ああ、そうだな。念のため言うが、試すのは、俺に、だぞ?」

 と、ビリーに釘を刺され、

 めんどくさそうな顔をする大鐘大介社長。

「そうだった。ビリー、お前が一人だけじゃないのを忘れていたよ。過去の、金に目がくらんでクローンを大量発注した俺自身を恨むぜ」

「大鐘大介社長……一つ言わせてくれないか?」

 ビリー・ビリルビンが真剣な眼差しで切り込む。

「なんだ? 急に改まってどうした」


「ビリー・ビリルビンとそのクローンが全く別の自我を持つのと同じように、過去のあなたと今のあなたは別人同然だ。今からでもいい、これから、変わる努力をしていこうじゃないか」

 ビリー・ビリルビンは、いつもの、涼しい顔をしてそう言った。


 気づけばオリジナルのビリーの背後に、おびただしい数のクローン・ビリーが、軍隊の隊列のようにずらりと整列している。

「ビリーお前、たまには良いこと言うじゃねぇかよ!」

「ははは、それほどでも。じゃあ……マッサージでも頼もうかな? 肩を揉んでな?」

「なるほどそうきたか……」

「そうだなぁ、力加減が下手だと、防衛反応でまた質量をエネルギーに変えちゃうんで、あくまで優しく、マッサージを頼みますよぉ?」

 ビリー・ビリルビンは、嫌味ったらしい言い方をする。

「ならわしも、ついでに肩揉みをお願いしようかなぁ? クローンでも、その権利はあるよなぁ、大鐘社長?」

 亜鈴状一石あれいじょうかずいし博士、のも、ニヤニヤしながら便乗してくる。

「わかったわかった! 全員そこに並べ! 襤褸物怪ぼろもっけ電力社長直々の、出血大サービスだ!」





 オリジナルのビリーに、優しめのマッサージ。大鐘大介社長は、時折ビリリと弱電流を浴びながら、丁寧に肩を揉んだ。

 すると、地球上の全ての質量が復活し、一時は消えた人々も、元に戻った。例に漏れず、ゴミも戻ってしまったので、その問題はこれから考えていくとして……


 そうだ、大鐘大介社長の黒子ほくろも……


 綺麗さっぱり元通りに復活した。


 ふと、頬の大きな黒い膨らみに触れた大鐘大介社長は、

「これもビリー・ビリルビン、お前の仕業だったか」

 と、つぶやいた。


〈完〉

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電池男 加賀倉 創作【ほぼ毎日投稿】 @sousakukagakura

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