愛してる、を繰り返そう

真衣 優夢

第1話

青年の髪は、中途半端な長さに伸びていた。

真ん中くらいまでは黒、そこから先は染めた赤茶色。

肩甲骨のちょっと上までかかる髪をうっとうしそうに払って、青年は後ろの彼を振り返った。



「雅也。次の休み、どこいこうか?

ちょっと遠くがいいな。最近、近場のデートばっかりで飽きちゃったよ。

日帰りで行けるギリギリまでドライブしようよ。

なんなら、泊まりでもいいからさ!」


「はは、近場ばっかでごめん。

急に仕事先から電話がくるかもって思ったら、ついね」



黒髪短髪の彼は素直に謝って、青年の頭を撫で、そのまま頭だけ優しく抱きしめた。



「でも、そろそろ啓一のわがままを聞かないと噴火しちゃいそうだ。

うーん…、一泊二日で温泉旅行はどうかな。

どんなところがいい?予約するよ」


「やったあー!!」


啓一はジャンプして大袈裟に喜び、『雅也』を抱きしめた。

啓一が目を閉じて懇願する。『雅也』がそれに答えて軽くキスをする。

少し頬を赤らめ、啓一は幸せそうに笑った。



「ふふ。何だか不思議。

雅也に会うのが久しぶりな気がする。

毎日会ってるのにね」


「仕事帰りに必死に会いに来てるんだぞ。

これでも頑張ってるんだから許してくれ、な?

俺の可愛い恋人くん」


「そうだよね…。

残業の日とか…ごめんね…?

でも、会いたい。毎日会いたい。

わがままでごめん…。

それくらい、雅也が好き…」



啓一は、抱きしめる手にぎゅっと力を入れた。『雅也』も同じ強さで応えた。

何度目かのキスが、啓一の目を潤ませる。

欲しい、と瞳でねだられて、『雅也』は優しく啓一を寝室に連れ込んだ。



「雅也、趣味ちょっと変わったね?

モノトーンカラーより自然派がいいんじゃなかった?

DIY、大好きだったよね」


「自分で作るとやっぱりうまく行かなくてさ。壊れちゃったんだ。

結局市販品に買い換えたよ」


「あははは!雅也のぶきっちょ。

ねえ。

僕は……壊さない?」


「どうだろう。約束できない。

壊すくらい愛してしまいそうだ」


「…うん……」



互いの熱が絡み、肌が触れて、喘ぎ声が部屋中を包む。

『雅也』の腕の中、啓一は熱を受け入れながら『雅也』の背中に爪を立てた。

何度も果てて、それでも続けて、何度も達して、それでも求めて。

唇は愛の言葉を繰り返す。



『雅也』はそれに優しく返す。応えて返す。

やさしい声で、やさしい仕草で。

突き入れる熱に流されそうになりながら、かろうじて最後の理性だけは手放すまいと。



可愛い、愛しい啓一。

幸せそうに笑って、俺を求めてくれる。

それ以外に何もいらない。

それ以外は不要なのだから。



啓一は、気を失うように眠りについた。

啓一の唇を指でなぞる。少し荒れている。

啓一の耳を甘噛みしてみる。反応はない。穏やかな寝息だけだ。



「……好きだよ、啓一」



さっきまで一度も言わなかった言葉を、『雅也』は口にした。

彼が応えた言葉は一貫して『愛している』だった。

その言葉は、自分のものではないから。

自分が許されるのは、『好き』という感情までだ。



活発で明るくて、傍にいるだけで太陽みたいだった幼なじみ。

その笑顔を追いかけて、同じ大学にまで入ったのに、ちゃっかり年上の恋人なんか作っちゃって。

『一泊二日で温泉旅行なんだ!』と俺に自慢して。




それっきり、啓一のこころは戻ってこない。




啓一の恋人、『雅也』の車は事故を起こし、『雅也』は即死した。

啓一は病院で目覚めてすぐ、『雅也』の安否を聞いたらしい。

誰が真実を告げたのかは知らない。

啓一が知ってしまったことだけは確かで。




泣いて、叫んで、暴れて押さえられて。

鎮静剤で眠って、目が覚めた啓一は、壊れた時計になってしまった。




「俺の名前は、もう二度と呼んでもらえないんだろうな」




それでもかまわない。

啓一が笑ってくれるなら。

俺は一生『雅也』でいい。



この寝室には、自分の本名が書かれたものもちらほら置いている。

『雅也』へのささやかな抵抗だ。

啓一の目には、見えていても見えてはいない。




『へえ、おまえ、かおるっていうんだ。

女の子みたいな名まえ?そうかな?

うーん、そうだけど…。

それって、いいにおい、っていみだって、おかーさんがいってた!

だから、いい名まえだよ』




俺の初恋はそこで始まって。

永遠に追いかけるだけで、決して振り向かれることはない。




明日は、ちゃんと啓一を予定時刻に病院に帰さないと。

啓一の状態は良くない。

一時帰宅が許されるのは、月二回程度だ。

男の恋人がいると知られて、実の親に見放された啓一の頼るところは、俺しか残っていない。




啓一の髪は、真ん中くらいまでは黒、そこから先は染めた赤茶色。

染めていた髪色は、真の恋人が生きていた時間。

黒く伸びた部分が、『雅也』と過ごした時間。




鬱陶しく伸びた啓一の髪を切ってしまいたいと思う半面。

啓一の中から本物の恋人を消し去ってしまうことが、どうしようもなく躊躇われた。




ずっとずっと、片思い。

お前は雅也に。俺は啓一に。

それでいいんだ。




いつまでも、歪んだ恋を続けよう。




二週間後。

『雅也』は、病院着のままの啓一を連れて一時帰宅の許可を済ませ、いつものように啓一を自宅に連れ帰った。

啓一は伸びた髪をうっとうしそうに払ってから、『雅也』を名乗る幼なじみを振り返った。




「雅也。次の休み、どこいこうか?

ちょっと遠くがいいな。最近、近場のデートばっかりで飽きちゃったよ。

日帰りで行けるギリギリまでドライブしようよ。

なんなら、泊まりでもいいからさ!」


「はは、近場ばっかでごめん。

急に仕事先から電話がくるかもって思ったら、ついね」




永遠に繰り返されるループ。

永遠に繰り返される会話。




「ふふ。何だか不思議。

雅也に会うのが久しぶりな気がする。

毎日会ってるのにね」



啓一の笑顔を守れるのならば。

壊れたこころが、ぎりぎりを保てるのならば。



「……『愛してる』」



俺が『雅也』に勝てるのはこの瞬間だけ。

ベッドで絡み合い、溶け合う今だけ。

死んだ人間は、熱を与えることはできない。

たったひとつの優越感は、どこまでもやさしい絶望のぬくもり。



俺はどこかで、今が続くことを祈っている。

壊れたままでいて。

戻らないでいて。

幻影を被ったままでいいから、恋人でいさせて。



俺はこれからも嘘をつく。



さあ、また、

愛してる、を繰り返そう。

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