ゴジラの子

オカワダアキナ

ゴジラの子


 夏がどんどん暑くなっていく。わーくにの夏。わーくにはむかしこうではなかったと見似等みにらは思う。見似等が子どものころはこうではなかった。見似等は団地のプールで毎日泳いだ。プールのまわりは緑が生い茂り、木々の間に隠れるようにプールはあった。埋め立ての人工島、運河に囲まれたマンモス団地の島。いまは暑くて無理だ。

 プールにはもう何年も水は張られていなかった。白と水色のモルタルは乾ききってあちこち亀裂が走っていた。プールは案外深くて、小さいころは足がつかなかった。冷たい水の中で遊んでいるとだんだん寒くなり、見似等はしばしば水の中でおしっこをした。黄色いもやが股の間を漂い、いくぶん水がぬくもった。プールの途中でトイレに行く奴はいなかった。みんな水の中でおしっこをしていたはずだ。水の中を歩きながら顔色を変えずにたなびかせた。

 いま、空っぽのプールは大きな四角い穴ぼこで、団地の住民は各自の「大きな父」をここに埋葬することになったが、ほんとにここに父親を埋めるんだろうか。見似等は首をかしげた。ほんとにここに寝かせるんだろうか。上から土をかけたらいつか草が生え、木が生え、父は、父たちは、山になるだろうか。夜の団地島は下水のにおいと土のにおいが混ざりあっていた。見似等は自転車を走らせていた。ちょっと出ただけで汗が吹き出し、息苦しくなった。でも昼よりはましだ。昼は暑すぎる。

 夏の間、団地島ではいろんなことを昼夜逆転させていた。何年か前からそうなった。夜生活といって、暑すぎる昼間は寝て過ごし、日が落ちてから活動を始める。「大きな父」は暑い時間もおかまいなしにうろうろ歩き回っていたからきっと熱中症になってしまった。夏に負けて死んだのだ。見似等は悲しくなった。昼が暑ければ夜に起きる。父たちはそんなこともできなくなってしまったし、いずれ自分もそうなるのかもしれない。


 あのころ見似等の父はいつも夜遅くに帰ってきた。見似等が寝ている時間にひっそり帰ってきて、起きるか起きないかの朝早くにまた出かけていった。父親というのは決まった時間に家を空けている大人で、それはのび太のパパやクレヨンしんちゃんの野原ひろしと同じだった。物語の中でも外でも、父というものが担っていたのは不在—帰宅だった。水の中でおしっこをするなとか教えてくれなかった。

 ただ見似等がもっとずっと小さい赤ちゃんだったころはさほど不在でもなかったという。見似等の父はしばしば夜に会社の先輩後輩を集めてファミコンや麻雀で遊んだ。それは独身寮のころからの名残で、仲間内で父は唯一ファミコンを持っていたし点棒の計算もできた。母は、父たちが家に集まるのが面倒で嫌だったという。独身のころはそういうものだろうけど結婚したんだからやめてよね、それは本当は結婚したからやめてほしかったわけではなく、結婚して妻となった自分が父たちの酒やめしなどの用意をしてやらねばならなかったからで、それでもまだ父と母が二人暮らしの頃は学生時代の宅飲みの延長気分でいたそうだったが、見似等が生まれてからはそうもいかなかった。おれっていう存在が迷惑だったってこと? そうじゃないけど赤ちゃんは泣くのと寝るのが仕事だからね、うちは団地で狭いし……。それで父は会社帰りに寄り道することが多くなったようで、いつも赤い顔をして帰ってきた。幼稚園で父の顔を画用紙に描いたとき、見似等は赤いクレヨンで塗りつぶした。母はそれを父には見せなかったという。

 酒を飲む以外にあまり趣味らしい趣味のない父だった。ゴルフとか競馬とかそういうことはしなかった。草野球とかスポーツジムとかスポーツっぽいこともしないし、音楽や模型などの芸術っぽい趣味もなかった。囲碁とか将棋も。麻雀だって、会社の人たちが来なくなればべつに雀荘に通うとかでもなかったし、ファミコン以降のテレビゲームには見向きもしなかった。見似等とプールに行くとかでもない。不在—帰宅のほかに家の中で父がうけもっていたのはなんだったろうと見似等は思う。日曜日は何をしていただろう。

 記憶にあるのはテレビの前に陣取る姿だ。団地の狭い家だからソファを置くスペースはなくてずっと座椅子だった。父の座椅子。角度を変えるときがりがりがりがりっと鳴り、わりと大きな座椅子で、見似等は足でがりがりやるのが好きだった。父がいないときにサーフボードやシーソーみたいにして遊び、そのたび母親に咎められた。父がいるときはやらない。父がそこに座っていたからやれなかった。

 父はいつもテレビを見ていた。ニュースとかクイズ番組とか二時間ドラマとかを見ていた。チャンネル権は父にあった。そのようにはっきり主張していたわけではなかったが、暗黙の了解としてそうだった。日曜の夕方、遊びから帰ってくると父がテレビの前にいた。なんかニュースとかを見ていた。ニュースの中では相撲とか国会とか天気予報とかが映っていて、夕食の時間になると父は見似等のためにチャンネルを変え、ちびまる子ちゃんにした。ちびまる子ちゃん、サザエさん、こち亀、平成教育委員会。見似等は与えられるまま見た。

 自分のテレビがほしかったか? そうでもなかった。見似等の友だちのほとんどは自分用のテレビを持っていて、それでゲームをしたりアニメを見たりしていたが、うちは団地で狭いからテレビが二台になるってことはないだろうと納得していた。いや同じ団地の友だちだって自室にテレビを持っている奴はいた。なんでうちは無理だと思っていたのだろう。見似等は思う。でもあらかじめ諦めていたというわけではないなと思う。たんにそういうものだと思っていた。父の見ているものを横から覗くか、父が与えるものを見るかでことたりていて、深く考えなかった。だから見似等は笑点というものを大人になるまで知らなかった。

 見似等の父は図書館でビデオを借りてくることもあった。図書館はタダだからだ。借りてくるのは「男はつらいよ」か「刑事コロンボ」か「ゴジラ」のどれかで、それらのシリーズをたぶん何周もしていた。とくに「ゴジラ」はよく見ていた。見似等もたまに一緒に見た。プールでたっぷり泳いだあと、あたまをごしごし拭きながら、日焼けの皮を剥きながら、父とゴジラを見た。ゴジラの第一作目は父の生まれる前の映画だった。画面が暗くて何が起きているのか見似等にはよくわからなかった。漠然と怖い感じだと思った。黒くてごつごつした大きなものが、暗い街をどんどん壊し、熱線を吐く。叫ぶ。人間たちも泣き叫ぶ。父はそれを別段面白そうでもなく、黙ってじっと見ていた。

 かといって寡黙な父というわけでもなかった。会社の人たちと遊ぶときはけっこうお調子者だったらしいし、家の中でも酒を飲むと口が悪かった。いつも母のことを顔が悪いとか頭が悪いとか何もできないとかけなした。おれはそれが暴言だったと気づくのにだいぶ時間がかかったな。見似等は思う。父というものは母というものをばかにしてしゃべり、一人で笑っている、それがふつうだと思っていたのだ。母はそのたびいやな顔をしていたし、真剣に腹を立てることもあった。かなりうんざりしていたようで祖父や祖母から釘をさしてもらったこともあったらしいが、それでも父はやめなかったし、見似等もなんとも思わなかった。

 母親はたしかに要領がよくなかったしおっちょこちょいだった。しょっちゅうテレビに向かってなんかとんちんかんなことを言っていて、父の言うとおり頭悪いもんなあと見似等は思っていた。洗い物で手をすべらせて皿を割るなんていうこともよくあって、自分が大人になってみるとなんでうちの母はあんなによく皿を割っていたのだろうと見似等は思った。むかしの皿は割れやすかったのか。

 あるとき、父がいつも酒を飲むときに使っていたウイスキーグラスを母が割ってしまって、それは父が自分で買ったものだったのか、もとは祖父のものだったのか、何かの記念品か、大阪万博の太陽の塔の顔が底に彫られたものでそのころだってだいぶ古いものだった。母は謝らなかった。父はべつに怒鳴りはしなかったが貴重なものだし大事に使っていたのにと言った。母は「そんなに大事なものならちゃんと言ってよ」と怒り、拗ね、決して謝らなかった。母の性格には問題があると見似等は思った。日ごろばかにされているのも当然だと思った。そうして、父も見似等も洗い物を手伝ったためしがなかったし、底に彫刻を施したようなグラスはかなり重たいものだと気づいたのはごく最近になってからだ。

 母親も言われっぱなしではなかった。父と母は言い争いが多かった。しょうもないことをきっかけにほんとうによく喧嘩し、取り返しのつかないようなひどい言葉、たがいの人格をズタズタにするような言葉をまったくの遠慮なしに投げ合い、最終的に母が泣き叫ぶまでやめなかった。気まずくなると母はいつも風呂にたてこもった。一度やり合うととことんまでやるので、数日ひどい状態がつづき、元に戻るまで地獄だった。と見似等は思い返す。おれはばかだからのこのこ仲裁に入ってはことを余計にややこしくした。おれは、おれこそが正義だと思っていたので、父にも母にも噛みつき、早く離婚すべきだとか別居したほうがいいとか、根本的に価値観が合わないのだから別れた方がお互いのためだしおれのためでもあるとか、えらそうなことを毎度ほざいた。見似等は思い返し、恥ずかしくなる。

 見似等が父と母の性交を目撃したのは小学四年生のときだった。まだ一緒の部屋で寝ていたころで、おれの寝ているそばでどうしておっぱじめたのだろうと見似等は思う。そのときもいまもわからない。ひどい言葉を投げつけるのをがまんできないように、セックスもがまんできなかったのか。部屋は暗く、見似等は薄目を開けて覗き見ただけだったが、母が蛙のように足を開き、啜り泣き、「死ぬ、死ぬ」と喜び、父の大きな尻が激しく上下していた。その意味も仕組みもよくわかっていなかったが、見てはいけないものを見たのはわかったし、下腹が重く痺れた。

 自分の部屋を持たせてもらえるまで何度かそういうことはあり、そのたびに息を殺して性交のようすを盗み見た。必死で耳をすませ、嫌悪感より興味が勝った。その後精通を迎え、父の力強いピストンを思い出しながら自慰をするようになり、確信に至ったのがそれだというのは恥ずかしいというか、おそろしいというか、それなりに葛藤はあったものの、自分は男を好きだと見似等は自覚した。


 大きな大きな父の体を掘り出しながら見似等はそういうことを思い出していた。あのとき覗き見たもの。父が射精するときの咆哮。暗い部屋でおこなわれ、何が起きているのかよくわからなかったが、乱暴で単調な、けれども渾身の蹂躙で、たしかにあのときから父にゴジラの兆候はあったのだ。見似等は汗を拭いた。体中から吹き出していた。夜になっても湿度は高いままで、まとわりつくような暑さだった。見似等は懸命にスコップを突き立てていたがうまくいかず、苛々しはじめていた。同時に泣きそうでもあった。どうしておれがこんな目に。もっと簡単だと思っていたしよじのぼった足の感触ではこのあたりはぶよぶよして柔らかい。なのにぜんぜん掘れない。「大きな父」の体を掘り出せない。

 だいたい、ほんとにここで合っているのか。ここは父なのか。役所の調査によればたぶんこのあたりが見似等の父だろうとのことだったが、そういわれても見似等にはよくわからなかった。言われた通りにやっているだけ。それも決められた時間に行かないと掘らせてもらえない。死んだ父たちの体の塊が運河に横たわっている。団地の島のどこからでも見える。死んだ父たちが積み重なり、黒いごつごつした巨大な塊になっていて、どこが誰だか探すのは難しかった。明るい時間ならもうちょっと探しやすいのだろうか。でもいまは夜生活だしな……と見似等は思う。昼夜逆転です、夜生活ですといわれると昼に出歩くのがいけないことのような気がしてくる。おれはわーくにの子どもだから流されやすいなあと思う。

 わーくにの父たちはそれぞれの事情やめぐりあわせで死に、見似等の父も年を取って自然に抱えた病気で死んだのだが、死んでからもうろうろ動き回っていたし、体はどんどん大きくなっていった。わーくににそういう父親は増えているそうだった。「大きな父」。感染症の流行によるものだとか、環境ホルモンとか放射能汚染とか、いろいろな説があったが、いろいろな説は増えていくばかりで見似等にはよくわからなかった。戦争の影響ともポルノ依存の影響ともいわれていた。それはちょっとわかる気もした。おれたちは毎日毎日少しずつ心が壊されているのだから、ちゃんと死ねるわけないと思った。

 死んだ父たちは歩き回っている。一歩、一歩と歩みを進めるうちに少しずつ体が大きくなっていく。右足が地面につく。左足が地面から離れる。右足が体を支えているうちに左足が宙を掻いて、また地面につく、その間に左足は右足よりも大きくなっている。今度は右足が地面から離れ、宙を掻いて、右足が左足よりも大きくなっていて……繰り返し。クレッシェンド。父たちはさまよっている。ゾンビ映画と同じに前に手を突き出し、うろうろし、けれども体の拡大はいびつで、足や胴に追いつかず、体の割に小さい手と短い腕だ。何もつかめない腕だ。歩くことしかできない。巨大化した父たちは歩いてさまざまを踏みつぶすことしかできない。ゴジラだ。もうテレビも見られないのだと見似等は思う。おれの頭上のはるか彼方、団地の棟よりも清掃工場の煙突よりも高いところ、ひょっとしたら東京タワーよりも高いところで、父は何を見ているのだろう。父は叫んでいた。見似等にはわからない怪獣の言葉だった。まったく手に負えなかった。

 父たちは自分が死んだことに気づいていないのだろうか。それとも死というのは所詮定年退職のようなもので、べつのありかたが続いていくものなのだろうか。ちゃんと葬式をやって焼いて墓を作ったのに父はちゃぶ台をひっくり返している。いったいどうしたらいいんだとみんなが頭を抱えるころ、映画でいったら九〇分か、一〇〇分か、そのくらいだ、ゴジラの父たちは倒れる。海に帰っていくようなきれいなオチはつけられず、中途半端に運河に倒れる。それが積み重なっている。積み重なるうちにちょっとずつしぼんでいるようだったが、元の人間のサイズや形ではなく、なんだかわからない大きな黒い塊になってくっつきあっていた。それをそれぞれ家族は見つけ出して埋葬せねばならなかった。

 死んだ父たちの塊には土足でのぼってはいけないことになっていて、ほかの人にならって見似等もはだしになった。固いところと柔らかいところがあった。死んで硬直した体が腐り始めている。あしうらでそれを感じた。気持ち悪いし臭かった。なんとか探し、なんとか掘り出している間にも、ほかの父たちがどんどん死んでいき、塊は大きくなっていく。どこがどこだか、誰が誰だかわからなくなっていく。夏がどんどん暑く厳しくなっていくのと同じに、父たちの体もめちゃくちゃになっていく。

 時間が来て帰された。続きはまた指定の日時に来るようにと言われた。見似等はうんざりしていた。感染症の危険があるからとかなんとか、住所地ごとに所定の場所へまとめて埋めることになっていて、もともとの墓とはべつだ。父の個人としての生と死は終わっていて、これはただの後始末だった。こういうのは自衛隊がぜんぶやってくれたらいいのに。自助とかなんとかいわれているけどどうしてそうなったのか。忙しいとか遠いとかで来ない人もけっこういるようで、おれもそうすればよかった。

 役所から連絡があり、たしかにうちの父ですと返事し、馬鹿正直に掘り出しに参加してしまった。母がいればもっとうまくやれたかもしれない。母は、祖母の世話でしばらく実家に行くことになり、しばらくっていつまで? いろいろ落ち着くまでだよ。とのことだったが、しばらくはずっと続いている。祖母はもう亡くなっているのに母は帰ってこなかった。いろいろ片付けるものもあるから、いろいろ落ち着くまで、そのように言っていたがいつまでつづくのか見似等にはわからなかった。暑くてあたまがぼうっとした。いろいろなことを順序立てて考えるのが難しかった。

 団地の島から父たちの塊はすぐ見える距離だが島には橋が一つしかないので遠回りしなくてはならない。自転車でえっちらおっちら行き来し、行くだけで汗びっしょりだ。掘る。終わらない。帰される。別の日に呼ばれる。また掘る。その繰り返しだった。


 ある日の帰り道だった。どうもタイヤがぼこぼこ鳴り、嫌な感触だと思ったら自転車がパンクしていた。ろくでもない往復を繰り返しているせいだと見似等はうなだれた。転がして歩いていたら、「乗って行きますか」と声をかけられた。ミニバンに乗った男。見似等と同じくらいかちょっと歳下くらいの男で、ぽっちゃりと太った顔が風呂上がりみたいにつやつやしていた。車には個人タクシーの識別票が貼ってあった。

「ちょうど仕事終わりで帰るところなんです。料金はいらないですよ」と男は言った。「パンクしちゃったんですよね? 自転車も乗せられますので、もしよかったら」

 見似等は乗せてもらうことにした。太った色白の男はタイプだ。

 男はライドシェアのドライバーで、だいたいいつもこのあたりを「縄張り」にしているのだと言った。アプリで予約が入れば迎えに行き、指定されたところまで送り届ける。主な客は空港への送迎だけど、近頃は夜の団地島を訪ねてくる客もけっこういると言った。美容室とか歯医者とか、深夜に開けていると島の外からのお客さんが来るみたいですね、昼夜逆転が始まると仕事が増えるからありがたいです。それにいまは「大きな父」の解体や掘り出しもあるし……。

「おれはその掘り出しに来てるんです」見似等は言った。

 男は聞き上手で、見似等はついいろんなことをしゃべった。うちの地域は古いプールを埋葬に使うみたいです。たしかにちょうどいいような穴です。むかしそのプールでいつも遊んでたんです。けっこう深いプールで、子どもだけで遊ぶのはだめだった。でもうちは父親も母親もついてきてくれなかったから、親と一緒の友だちに便乗しました。父は、仕事でいないか、家でテレビを見ていて来ないかでした。なんで来てくれなかったんだろう。おれは肩身がせまかったです。あのころ来てくれた友だちのお父さんもゴジラになったんだろうか。もっとまともに死んだんだろうか。父が連れてきてくれなかったプールに、いまおれは父を埋めようとしている。どうしてこうなったんだろう。

「でもえらいですよね」男は見似等をねぎらった。「あんな大きな塊から掘り出すなんて大変でしょう。前にお客さんから聞きましたけど、一回じゃ終わらなくて、みんな何回も行かなくちゃいけないんでしょう」

 おれだったらできないかも。男は言った。

「自分は父親とずっと折り合いが悪くて、なんていうかぜんぜん会話が成り立たなくて……。うちの父親はゴジラになっていないのに、何を言っているのかおれにはわからなかった。おれの言いたいことも伝わらなかったです」

「おれもべつに仲がよかったわけじゃないですよ」

「じゃあなおのこと、ちゃんと掘り出しに行ってあげるのえらいじゃないですか」

 男は笑った。ちょっとさみしそうな横顔だった。自転車を乗せてもらっているので見似等は助手席に座っていた。なんかデートみたいだなと思った。見似等はとても惚れっぽく、だいたいの男のことをすぐ好きになってしまう。ウインカーの音が心臓の音と重なる。陳腐な連想だと見似等は思ったが、男の顔がかわいいのでちょっとうれしくなっていた。たぶんこの男もゲイだろうなと思った。

 男は言った。

「おれの父親も死んじゃったんです。これはもともと父親の車でした。あんまりいい親子関係ではなかったですけど、もらった車でいま仕事できてるから、まあ……なんだかんだおれはラッキーなのかもって思うようにしてますね」

 外ではゴジラがゆっくりゆっくり歩いているようだった。まだ死んでいない誰かの父。だいぶ距離があるから踏み潰される心配はないが唸りは聞こえた。「大きな父」の出現によって皇居は移転した。これを機に首都機能もべつの場所に分散させるのかと思ったが、首相官邸や国会議事堂はそのままだった。よくわからない。たんに手際が悪いだけかもしれない。わーくには全部がのろい。

 見似等は窓の向こうの流れる景色を見ていた。団地の明かり。何かの看板の明かり。月のない晩だった。大潮で運河の水はぶよぶよ膨れていた。水面に明かりが映り、ぬらぬら光って黒いゼリーみたいだ。ここにもゴジラは来るだろうか。

「——すみません、うそです」男は唐突に言った。とてもかぼそい声だった。

「うちの父親も死んじゃったんですけど、父はこの車になってしまったんです」

「はい?」

 車?

「そうです、この車です」男は言った。いま乗せてもらっているこの車が父親? この男の? 見似等はぶるっと震えた。掘り出し作業で嗅いだにおい、腐ったようなにおいや血のにおいを思い出した。

 死んじゃったあと「大きな父」になる人はけっこういるじゃないですか。でもうちの父は車になったんです。意味がわからないしどうしたらいいのかもわからない。とりあえず乗れるから乗ってるんですけど、後悔してます。どうして乗り始めちゃったんだろう。車っていますごく高いじゃないですか。もったいないから何かにしなきゃって思ってライドシェアを始めちゃったんです。でもあんまり儲かんないし、変なお客さんも多いしで嫌になってきた。もうやめたいんです。でも車ってどうやって捨てたらいいのかわかんなくて……。

「だから、ゴジラになっちゃった人はいいなって思います。どうしたらいいのか一応やりかたは決まってるでしょ。掘り出しに行くのぜったい大変なのにこんなこと言って申し訳ないんですけど、とりあえず言われたところに行って掘るってことをやっていれば怒られない。もしくは、遠いとか時間がとれないっていえば掘るのも保留にできるらしいじゃないですか」

 男は言った。それからよくない言い方をしてしまったと思ったのか「すみません」とつぶやき、黙った。

 廃車手続きの方が簡単なんじゃないのか? 見似等は思った。でもそれはふつうの車の手続きか。元が父親だとどうなるんだろう。べつに何も登録しないで勝手に乗っているだけなら廃車手続きなんてものはないのかもしれない。タクシーの登録だけしちゃってる? わーくにの仕組みは全部意味不明だ。たしかに急に出現した車をどうしたらいいのかおれもわかんないなと思った。母親ならわかるだろう。だいたいの大人はわかるだろう。おれがばかなだけだし、この男もけっこうばかなんだろう。ステアリングを握る男の手はなんだかパンみたいだった。白くてずんぐりした手だ。

「そのへんに乗り捨てちゃえばいいんじゃない?」見似等は言った。

「わかんないけど、山とか空き地とかでぼろぼろの車ってあるじゃん。たぶんずっとほったらかしにされてる車。ああいうふうにすればいいんじゃないの」

「それって誰かに怒られないですか」

「ちゃんと登録してない車なら連絡しようがなくない?」

 どこかに放っておけば捨てたことになるよきっと。見似等は言い、おれは自分にできないことを言っているなと思った。放置して知らんぷりをする。それはいま見似等がいちばんしたいことだった。

 じゃあ、いま捨てちゃおうかな……男は言った。ちらっと見似等を振り返った。

「一緒に捨てに行ってくれますか」

 それで遠くへドライブした。なんだか妙なことになったなと見似等は思った。まあでも夜生活の時期だからそういうこともあるだろうと思った。昼夜が逆転しているのだから、死んだ父親が動き回ってまた死んだのだから、いろんなことが起こり得る。いやそんなに遠くなかった。同じ東京都、東京湾だった。ごみを埋め立ててつくられた公園で、団地島より新しい島だ。橋をいくつか渡った。さまざまな明かりが遠くでちかちか瞬き、夜の海は果てがないように思えた。生ぬるい風が吹いていて、団地の島よりいくぶん涼しい。プールかもしれない。子どものころのプール。おれはいま子どもだけでプールに来たのだと見似等は思った。

 男は公園の端っこに車を停めた。いろいろ荷物を下ろして鍵を閉めた。座布団とかゴミ箱とかそういうので、見似等も手伝った。それから鍵を自動販売機のゴミ箱に捨てた。缶に当たってがちゃんとひどい音が鳴った。海には捨てないんだと見似等は思った。海に投げちゃえばよかったのに。いやこの車だって海に沈めてしまえばよかった。ゴジラの映画にはそういうラストのものがあった気がする。あったか?

「ああ、せいせいした」男は言った。ありがとうございますと頭を下げた。暗いからよくわからないが男はちょっと震えているようだった。

 まあでもできっこないよなと見似等は思った。ぼちゃんとやるのはとても勇気がいる。おれには勇気がないから父の掘り出しなんてことをやっている。そうして、男は捨てるという儀式をやりたくて鍵をゴミ箱に投げたのだと思った。車はまだ降りただけだ。この車が捨てられたと見做されるのは車がぼろぼろに朽ちてからだ。いまは車から離れただけ。この男が——いや、きっとおれもだ——父を捨てるには時間がかかる。その長い時間への決意表明として、いま鍵を捨てた。おれはその証人にされた。見似等は男がうらやましくなった。やっぱり勇気あるかもと思った。

 パンクした自転車は引きずって帰った。家に着くころには夜が明けていて、二人は汗びっしょりだった。一緒に風呂に入り、おれシャワー浴びながらおしっこしちゃうことがあるんだと見似等は言ってみた。おれもですよと男は笑った。日が昇る前に寝て、なんか話の流れで二人は彼氏になった。見似等は父に感謝した。父親が死んでゴジラになったから彼氏ができたのだ。


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