5 魔法捜査一課の日々
篠原雄介はパイプ椅子の背にもたれ、ふてぶてしく言った。
「栄さんとは気が合ったんだ。お互い、魔法をよくないことに使った経験があったから。それに家庭環境も最悪だった。毒親だよ、毒親。栄さんの話、聞いた? 父親が厳しくてさ、小さい頃からひたすら勉強させられてたんだって。オレのとこも似たような感じだった。だからお互い、気持ちが分かり合っちゃったんだよね。
しかも出会ったその日に、一緒にでかいことやろうって誘われたんだ。店でアルバイトさせてくれて、事務所で寝泊まりしてもいいって言われたら、断る方がもったいないでしょ? その時、オレは家出中だったしさ。
それに栄さんと一緒にいるのは楽しかった。『グロロの会』のことも復讐代行のことも、まったく後悔してないよ」
童顔に浮かべた笑みは言葉通り、何の後悔も抱いていなかった。どこか誇らしげにさえ見えた。
根岸栄は伸びた顎髭をさすりながら語った。
「確かにちょっとやりすぎたかなっていう気はしてるよ。でもどうやって社会を綺麗にしていくか、話し合ってた時に雄介が言い出したんだ。復讐代行なら社会のゴミを確実に見つけられるって。それを幻獣に殺させることにしたのは杉田の提案だ。あの時、俺が止めるべきだったな。
はあ、俺が主犯? 指示してたんだろうって? そう思いたいならどうぞ。どうせもう一生ムショ暮らしだもんな。むしろそっちの方が楽でいい。こんな腐った社会に未練なんてねぇよ。輸入雑貨店をやってたのも、密輸した幻獣を入れるための倉庫を、怪しまれずに確保したかったからだしな」
十五人もの人間を殺した罪は重い。根岸栄は終始、何でも隠さずに話した。開けっぴろげとも言える態度だった。
そして最後にふと思い出したようにたずねた。
「そういや、流に会わせてくれないか? 長年離れていた兄弟の久々の再会だ。いいだろ?」
取り調べを担当していた野上は告げた。
「悪いが、うちの根岸は兄なんていないと言ってる。お前の思い違いだ」
栄はその時、初めて表情を変えた。ショックを受けたように動きを止めると、寂しそうに微笑んで「そうか」とだけ言った。
一足先に杉田を検察へ送り、根岸栄と篠原雄介も送致することが決まった。
復讐代行を依頼した者たちの逮捕も続々と進み、事件はもうほとんど終わった午後だった。
魔法捜査第一課で、温井がため息をつきながら言った。
「結局、魔法協会は『グロロの会』のことも隠蔽してたんだな」
「仕方ないですよ。『グロロの会』の最初の目的が、魔法使いの存在を正しい形で世間に広めることだったんです。そりゃあ期待もするし、手も貸すでしょう」
菱田が軽く苦笑いをし、根岸が後を続けた。
「その事実がバレたら、当時の理事や職員たちにも捜査の手が伸びます。傷は浅い方がいいんですから、隠蔽もやむなしです」
もっとも魔法協会は、今回の幻獣連続殺人事件に直接関与していたわけではない。ただ無関係を決め込みたかっただけだった。
「本当、無事に解決できてよかったですよね」
と、葉沢がほっとした顔をすると、野上が戻ってきた。
自然と四人は彼へ視線をやり、野上は自分のデスクの脇で足を止めた。
「上層部から今回の件について、よくやったとお褒めの言葉をいただいた」
四人の目がぱっと輝く。
「魔法捜査一課がいなければ、未解決事件になっていたかもしれない。今後も期待している、とのことだ」
たまらず温井ががたっと席を立ち、喜びの声を上げる。
菱田は心底安心した様子で笑い、葉沢も嬉しそうにガッツポーズをした。
根岸はそんな仲間たちを見て静かに微笑し、野上は言った。
「というわけで今夜は打ち上げだ」
「いいですね! 店は?」
「もちろんウミガメの紅茶だよ。紗千香ちゃん、来月結婚するそうだから、そのお祝いも兼ねてな」
明るくにぎやかだった室内が、途端に静まった。
「え、結婚?」
温井が呆然と聞き返し、何も知らない野上は言う。
「ああ、前から年上の彼氏に求婚されてたんだが、やっと決心がついたとかでな。めでたいだろ?」
根岸は菱田と顔を見合わせ、苦笑し合った。直後に温井が声を震わせながら言う。
「そ、そう、だったんですか……美藤さんが幸せなら、僕はそれで……」
「何だ? どうした、温井」
「何でもないですっ」
温井は野上へ背中を向けるように椅子へ座った。大きな背中を丸めてうつむき、涙をこらえている姿は、申し訳ないが少し笑えた。
野上は首をかしげつつも、それ以上は詮索しなかった。葉沢もまた不思議そうにしており、根岸はいつかちゃんと話してやろうと思った。
人生には出会いと別れがあり、うまくいくこともあればそうでないこともある。魔法捜査一課の日々はまだ終わらない。
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晴坂しずか
魔法捜査一課の事件簿 晴坂しずか @a-noiz
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