4 純血の魔法使い
数日後、参考人として暁月善を呼び出した。事情聴取を担当するのは根岸と菱田に任された。
「まさか、こんなところで根岸さんとデートできるなんてね」
にこにこと笑いながら暁月が言い、根岸は苦々しい表情になる。すぐに横から菱田の声が飛んできた。
「オレは無視かい?」
「冗談だよ」
と、暁月はけらけらと笑った。こんな時でも自由奔放な彼に、根岸は内心でため息をつかずにはいられない。
時間がもったいないため、根岸は気を取り直して咳払いをした。
「事情聴取を始めます」
暁月が笑うのをやめて軽く座り直す。菱田も刑事の顔つきでパソコンを見る。
まずは暁月自身の情報を一通り確認し、いよいよ事件の話に入る。
「根岸栄と知り合ったのはいつですか?」
「四年前だったかな。時期的には送り犬の子犬が生まれる前だから、四月か五月。幻獣専門のペットショップを作れないかって名目で、協会や大学、高校にも出入りしててね。それで飼育部だった俺に声がかけられて、だんだん親しくなっていったんだけど」
どうやら栄は幻獣に関わるビジネスを想定していたらしい。もっとも表向きの理由だろう。
「幻獣があまりに俺になつくから、急に栄くんが俺のことを『救世主』と呼び始めたんだ。最初は冗談だと思ったんだけど、いつの間にかそれが定着して、気づけば信者集めの道具にされてた」
暁月はそこまで語ると口をへの字にした。
「『グロロの会』もその頃にできてね。今から三年前になるよ。そう、栄くんが雄介くんと組み始めた頃だね」
「なるほど」
「ちなみに『グロロの会』は最初、魔法使いの存在を正しい形で世間に広める、という目的を掲げてたんだ。それで協会職員や学生たちを勧誘して、信者にして、会費という名目で金を巻き上げてた」
「その会費はいくらでしたか?」
「月に五千円。年間だと六万円。『救世主』へのお布施とか言って、俺に直接金をくれようとする人もいたけど、それはきっちり断ってたよ。別に俺、金に困ってないし」
一言よけいな気がしたが、根岸は次の質問をする。
「『グロロの会』の会員はどれくらいいましたか?」
「十数人、かな。栄くんはもっと増やしたかったみたいなんだけど、裏でちまちまやってた幻獣の密輸が軌道に乗っちゃってね。そっちで金を稼げるようになったから、『グロロの会』の信者を増やすのは二の次になってた」
「それで?」
「さすがに活動までおろそかになったら、今いる信者が離れてしまうと思ったんだろうね。去年の暮れに、社会を綺麗にする浄化行動、というのが打ち出された。復讐代行、連続殺人はそうして始まったんだ」
「では、復讐代行の依頼を募集していたアカウント『アゲント』は、主に誰が運営していましたか?」
「雄介くんだよ。かなりネットに詳しくてね、ハッキングとか特定とかが得意なんだ。それで依頼者が現れたら、復讐相手のアカウントから住所や氏名を特定するんだ。でも、都内にいる人だけにしてた」
「何故ですか?」
「あまり遠くに行くのは面倒じゃん? 報酬だって受け取ってないんだから、できることには限界があるってこと」
根岸は納得して首を小さく動かした。いつか杉田がボランティアだと証言したが、嘘ではなかったようだ。
「あなたは事件に関与していましたか?」
「してないよ。結果的に見て見ぬ振りはしちゃってたけど、魔法捜査一課ができてからは、栄くんたちを逮捕してもらおうと思ってた」
「それで俺に接触を?」
「うん。根岸さんの名前を聞いて、ぴんときたんだ。栄くんの関係者に違いないって。雰囲気や声も似てたしね。
でも、栄くんたちを堂々と裏切るのは難しかった。俺は少なからず『グロロの会』に関わってたし、犯罪集団の片棒を担いでると思われたら、家族だけじゃなく、周りの人たちからも非難される。俺の信用は自分のことだけじゃない。魔法使いと魔法協会、さらには暁月大学への信用問題にもおよぶんだ」
若干二十歳でありながら、ずいぶんとしっかりした考えを持っていた。葉沢には見習ってもらいたいところだ。
「だから俺がすべて白状するんじゃなくて、あくまでも魔法捜査一課が自分たちで気づくようにしなくちゃいけなかった。回りくどい方法だけど、栄くんたちにバレないようにするためでもあったんだよ」
「なるほど」
根岸はひとつ息をついた。そのせいでこちらは振り回されたと文句を言いたいが後にした。
「事件の話に戻りますが、実行役は誰でしたか?」
「基本は杉田さんだったけど、何回か雄介くんもやってたよ。送り犬じゃなくてジャッカロープを使ったのは、送り犬の機嫌や調子が悪くて、外に出たがらなかったから」
動物と一緒だ。
「では、ここしばらく家に帰らなかったのは?」
「その方が怪しいでしょ? 俺が何らかの情報をつかんでるのは、根岸さんたちも分かってたはず。だからあえて事務所、『グロロの会』の拠点に寝泊まりすることで、意識をこっちに向けてもらおうとしたのさ」
暁月はにっこりと笑い、根岸は最初から彼の手の平の上で踊らされていたのかと複雑な気持ちになった。
「あの夜、智己兄ちゃんに会った時は嬉しかったなあ。ついに魔法捜査一課がここまでたどりついたんだ、って。やっと俺は『救世主』じゃなくなる、栄くんたちとの縁も切れるってね」
「彼らと縁を切りたかったんですね」
「当然さ。だって幻獣の密輸はしてるし、殺人だって犯すし、これ以上は黙って見てられなかった。信者から金を巻き上げるのもよくなかったけど、やっぱりそれとこれとじゃ罪の重さが違うもの」
そう言って暁月は少し悲しそうに微笑んだ。栄や雄介に対する情というよりも、彼らを止められなかった罪を背負おうとするような笑みだった。
根岸はふと彼の今後を見守っていきたいと思った。暁月善は純血の魔法使いにふさわしい人物だ。いつか名実ともに彼がトップに立つ日まで、彼との縁が切れないことをひそかに願った。
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