雨止みを待つ。

ところで、

第1話

 ロボットが、朽ちたバス停で雨止みを待っている。大きなカメラアイを少し下へ傾け、体を朽ちかけたベンチに預けて雨止みを待っている。ゆっくりと閉じた目に、赤い長靴が映った。


 日照り続きの季節、しばらくぶりの雨天。ロボットは初めて傘をさした。なんだか愉快な気分だ。傘が雨に打たれる音は心地いい。博士がそう言っていたことを思い出した。防水加工のされたロボットにそんなことを教えても、とかつての助手が揶揄うように言ったことがある。ロボットは懐かしいと思った。当時の音声ファイルが破損しているために、今はもう聞くことができない。

 ロボットは、博士を好きというプログラムだった。博士もロボットを好きだったと思う。知識を与えてくれ、部品のメンテナンスをしくれて、共にお茶を飲んだから。防水加工のしてあるロボットはお茶を浴びることしかできない。けれども、お茶を飲むという意味の無いことが、ロボットには嬉しかったのだ。博士に会いたい。データファイルを漁ってしばらくすると、システム内でデータ破損のビープ音が流れる。過去のデータは検索するだけで負荷がかかる。


 ロボットはゆっくりと目を開けて、赤い長靴の少女を見た。大きなリュックをおろして

隣に腰掛けた少女が、こちらをじっと見つめる。

「こんにちはロボットさん」

 意を決したように口を開いた少女に、ロボットはデフォルトの音声データで返事をした。

「こんにちは、お嬢さん」

 スピーカーが故障しているらしい。ざらついた声に怯えるかと思ったが、しかし少女は目を輝かせた。

「あなたはどこから来たの? 随分と古いロボットなのね! でも足は最新式。SpaceQのN-137でしょ? それに見たことない右腕だわ! 劣化が激しいわね。交換しないの?」

少女は目玉が溢れそうなほどに目を見開いて、矢継ぎ早に質問をする。

「詳しいのですね。私は20xx-PRR-015モデルです。研究のために遠くから来ました。今まで旅をしてきたのです。劣化はそのせいでしょう。」

 少女はまた目を見開いた。いよいよ目玉が溢れそうとロボットは思った。しかしロボットは人間の外科手術には対応していない。少女は信じられないというふうにこちらを上から下までジロジロと見ると、興奮気味に言う。

「すごいわ! もういつ壊れてもおかしくないのに、20xxタイプのロボットがまだ稼働しているなんて! しかもPRRって心理研究ロボよね? ぼろぼろな腕もよく見たらレア物じゃない! コレクションにないパーツがいっぱいついている……。あなたに会えるなんてなんて幸運なのかしら……! ねぇ、新しい腕をあげるからその腕と交換しない!?」

 ロボットは少女のまぶたに仕舞われた目玉に安心して、少し間をおいて答えた。

「残念だけど、私が稼働している間はこの腕は渡せません。博士が私に特別に作ってくれたものなのです。こんなふうに花を出すマジック機能付きのね。」

 プシュっと蒸気音がした後、肘の辺りからゆっくりと花が出て来る。それを見て素敵素敵と少女が燥いだ。2人はしばらく互いの話をした。久しぶりに人間と交流をした気がする。過去のデータを見たがった少女に、ロボットはできる限りの思い出話をする。とうとうロボットのスピーカーからビープ音が鳴った。重大なシステムエラーのため、もうまもなく自己終了システムが作動するとの予告だった。


「お嬢さん、見ての通り私はもうまもなく機能を停止するでしょう。残ったパーツは差し上げますので、どうか一つお願いを聞いていただけますか」

「えぇ、聞いてあげるから話してみてちょうだい。」

 ロボットは雨が弱くなった空を見て指を指す。

「人は死んだら、良い行いをした者は天国に行けるそうです。博士は世界のために多くの功績を残しました。そんな偉大な博士の最後の研究が私でした。私は博士にたくさんのサンプルを持っていかねばならないのです。しかし、博士にはもう会えません。ずっとずっと前に、天国に行ってしまったのです。」

 少女はロボットが指した空を見上げる。

「どうか、私の集めたサンプルを博士の元に届けてもらえますか。私はロボットなので天国には行けません。データだけでも天国に行けるといいのですが。」

 ロボとして研究の役に立てなかったと嘆くロボットに、少女はかける言葉を探して、そうして黙った。

「きっと連れて行くわ。あなたの生きた証のサンプルをきっと博士に渡すわ。」

 そう言い切る少女に、ロボットは肘から生えた花を千切って少女に渡した。

「これはあなたが持っていてください」

 少女が花を受け取ると、ロボットはそのまま動かなくなった。


いつのまにか雨は止んでいて、少女は濡れた傘を杖代わりにしながら朽ちたバス停を出た。パンパンに詰め込んだリュックには、ロボットに託されたサンプルが詰まっている。

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雨止みを待つ。 ところで、 @nekobot

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