第14話
『え? 聞いてない? 嘘? 冗談? 嘘でも冗談でもないですよ。実は最初から横で待機してもらっていました』
彼女は彼女はカメラの位置を直しながら、興奮した様子で視聴者に向かって話していた。
きらきらとした表情は、「さいこうっ」って感想の、まるでいい試合した運動部の女の子みたいだった。
写生したい。
『えっと、とある友人にお借りしたんですが、スーちゃんが急遽呼び出したんです。気になってる彼との来るべき時に備えてお勉強をと。何せ私、ガリ勉優等生なので』
全部まるっきりの嘘なんだけど…。
怖い。女の子はやっぱり怖い。
『えっ、ムチムチ? ひど〜いっ、Gカップありますしっ、でもお腹は出てないでしょ? 週二回の運動のおかげですね』
そんなぼくの恐怖なんて知らない坂東さんは、珠のような汗を浮かべながら手招きしてきた。
『じゃあヤル男くん、こっちに来てください』
『…ッ』
画面には映りたくはないけど、ぼくと新井田さんの写真をチラチラ見せてくる。
しかもカメラに映らない位置でずるい。
これがメディアの嘘って奴か…。
だけど、言う事を聞くしかないぼくは、手を縛られてるから動きにくいけど、せめて不本意が伝わればと正座のままずりずりと前に進んだ。
まるで古い戦車みたいだなと、馬鹿みたいなことを思った。
だってもうカチくなってるんだもの。
『ほら、ヤル男くん、みんなにご挨拶して』
どうやって?
『…ッ、…ッ』
とりあえずぼくは声無き声を上げた。
そのぼくの無言のボディ言語にwがいっぱい並んでいた。
『ふふ。じゃあヤル男くん、すぐ立ってください。今からみんな彼と同じ気持ちになってくださいね〜…えっと、ムラシティーさん、もうやられてるじゃん? フロントさん、悪い子だな? ふふ、そうです。スミレは悪い子なんです』
『青ミカンさん、えっとNTR? ネトラレ? ふふ、それって何ですかぁ? ええっと、気になる彼がかわいそう? その展開は嫌だ? BSS? 代わりたい? ふふ、ごめんなさい。マシマシさん、すみれセプテンバーラブ? やっと七月になったばかりですよ〜。襲われない大丈夫? ご心配ありがとうございます! でも大丈夫ですよぉ。彼にそんな度胸はありません。しかも手も縛ってますし。ヤレないじゃん? スミレが襲うの? 違いますよ。お勉強です。私まだリアルは処女なんですよ〜』
いったい何が何だかわからないけど、またぼくの頭の中は、気づかないうちにパレードが始まっていた。
篠崎さんの時と、新井田さんの時と同じようにシャウトしていた。だけど、掻き鳴らせない。
つまり不味い。この高さも不味い。
でも手が動かせないから少し安心だ。
『度胸はないヤル男くんだけど、こっちの度胸はどうなんでしょうか。わたしも実は写真とかおもちゃ以外初めてなんですよね。ドキドキしますっ』
『あっ、心配ないみたい…これ大きいのかな? そういえばどうやって平均とるんですか? 男子の身体測定中って謎でしたけど、そっか。皆さん中学でポケットの中のモンスターでバトルしてるんですよね。え、違う?』
そう言って、坂東さんはぼくの剥き出しの太ももの付け根に指を添えた。
いつもならボクサーが守ってくれているVな位置だ。
つつっと這い寄るその冷たい指に、ゾワゾワとした鳥肌が一瞬で立つ。
というか、さっき彼女が掻き鳴らしていた指だと思うと、泣きそうなくらいにギターが悲鳴を上げるし、頭が白く金色に染まっていく。
彼女は感触をコメントしながら、視聴者と会話していた。正直何言ってるかわからないくらいぼくは溶けていた。
『(アファッ!!?)』
ぼくは突然の速弾きに膝がガクガクに揺れた。どうやら弦に触れたようだ。
『あはは。ヤル男くん、私の攻撃にメロメロです! ん? 何これ…わっ、すっごい匂いです。今日は暑かったですもんね』
『(ほぉへん)』
『ふふ、ごめんですって。ちゃんと謝れて偉いですねっ』
そういえばシャワーなんて浴びていないし、クラスメイトとこんなことになるとは思ってなかった。というか何も考えてなかった。
恥ずかしい。
これは誰だって恥ずかしい。
『でも何て言ったらいいのかな…エッチな匂い? そう、そんな感じ…? もっと嗅いで? すんすん…あ、嫌いじゃないかも。なんといえば…鼻の奥底をくすぐるって言いますか』
『(フンンンンッッ!?)』
『あれあれ? 雑魚過ぎませんか? サワサワしてるだけですよ? 名前負けしてませんか?』
『お漏らしなんてしたらお仕置きですよ』
お仕置き…? これがもうお仕置きだと思う。お漏らしなんかはしないけど、これは辛い。
『お仕置きされたいんじゃね?』
『すみれたんが小悪魔に? ふふ』
『情け無い?』
『名前負け?』
『ヤル男(ヤルとは言ってない)頑張れ』
『ラレ男』
『おまえ代われ? あはは、もー皆さんも楽しんでるじゃないですかぁ』
ヤバい。限界が近い。このままじゃ放送事故になってしまう。
そう思って腰を引いて逃げようとしても、坂東さんはお尻に手を回してサワサワして逃がさないようにしてくる。
そんなのすぐさま膝を伸ばして仰け反って膝がガクガクと震えてしまう。
コメントには「敏感過ぎ」とか「裏山杉」とか「演技上手い」とか「やりかえせ」とか好き放題書き込みされていた。
画面にはぼくのブリーフと座り込む坂東さんとチャットしか映ってないけど、画面の中のぼくは現実と同じように好き放題されていて、その現実の感触が、二倍にも感じるような、バーチャルとアナログの境目にいるようで頭がふわふわしていた。
今ぼくはどこに立っているのだろうか。
『皆さんの好きな触り方教えてくださいね。やっぱり男性の方が詳しいですから』
『サワサワ?』
『グリグリ?』
『強いとダメ?』
『強い方がいい?』
『つねる?』
『こしょこしょ?』
『すぐる? くすぐるかな? 皆さん好みバラバラですね〜』
坂東さんは、そんなことを言いながら弾いていて、ぼくは天井に目を向けて歯を食いしばり耐えていた。
多分いまぼく白目だと思う。
『じゃあこれくらいにして…一番応援してくれた夏ミカンさんの好きなテイストでいきます! バンされちゃうので、ヤル男くんには一旦フレームアウトしてもらって…シチュエーションは何が良いですか?』
何のことかわからないけど、促されるままに後ろに下がった。というか、少し押されただけでよろけた。
『ふむふむ。わかりました。行きますよぉ…わっ、ドキドキしてきました。皆さんもしてきましたよね?』
これ以上何をするんだろうか。どうもぼくだけが状況を把握出来ていない。頭の中もスカスカで、浮かんだ記憶や思考がぶつかっては砕けて消えていくから仕方ないとは思うけど、正直もう放っておいて欲しい。
すると坂東さんは、ぼくのギターの眼前で、息を大きく吸った。
『すぅ──お兄ちゃんっ! 洗濯するから早く脱いでって言ってるじゃんっ!」
そして勢いよく脱がされた…かに見えたブリーフはそり返ったギターに引っ掛かって上手く脱げず、少し戻した瞬間に、あのいつ使うかわからない開口穴が牙を剥いた。
坂東さんがズリあげる際に、横に引っ張ったからか、ぼくが腰を引いたからか、彼女が目を瞑っていたからか、偶然にもぼくのギターがそこからギュィィンとシャウトし、いつものギャル語な口調もあるけど、ぼくのバブルはついに弾けてしまった。
「ってそこから!? 熱っ!? え? 何ごとだしっ!? うべっ!? うびゃ、ぎゃあぁぁぁっっ!! お兄ひゃんのばかぁぁぁぁっっ!!!』
そうして、画面には画面外から大量にジェッソで汚され、ピロンピロンと喝采も同時に浴びている坂東さんがいた。
だってもう括約筋が限界だったんだもの。
金魚たちの黄金迷路 墨色 @Barmoral
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