26
「さっきのは?」
セシルはアキを見送った後に首を傾げた。色とりどりの派手な首飾りは身なりを整えることに無頓着そうなアキには全く合っていないように見える。その上石も大きく不格好なものが多い。装飾に向いているとは到底思えなかった。
「あ、あぁ…あの人は魔法が使えないから簡単な魔法が使えるようになる魔道具をやったんだ。これが落ち着いたらお前にもしばらくあれを貸してやる」
「そう、なんだ」
ホッとした。みんながみんな魔法を使うわけではないのなら、そのせいで孤立することもないだろう。ただ、人間だとバレなければいいだけだ。胸をなでおろしているとネルがひょこりと前に出てきた。
「セシルも魔法が使えないの?」
「あぁ、見た目は何ともないように見えるが、長年貴族の屋敷で囲われていたみたいでな」
そのためらいの無い話しぶりからして、誰かに聞かれた時のために用意していた話のようだ。とりあえず黙ってアネリの手を握っておく。母よりも大きく少し大きく荒れた手は一瞬ためらったように動きを止め、静かに手を握った。
「あなたも苦労したのね」
「大丈夫、里は安全だからね」
話を聞いたフェリスとネルが入れ替わりで頭を撫でてくる。その様子にはさっき感じたような憎しみはなく、代わりにこちらへ憐れみを感じる。貴族の家で囲まれるという言葉に、彼らがどんなことを想像したかは分からないがあんまり良くないことであるのだけは察せられた。
「は、はは…ありがとう」
存在そのものにすら、うそをついている感覚はとても苦しいのだと知った。こういう時、顔を隠してくれる布は便利だ。
「ほら、私たちも出発するぞ」
アネリは口を結んでなんとも言えない表情になっている弟子を片手で抱え込み外へ出た。焦げ臭い匂いが鼻につく。遠くにかすかに見える煙を見て目を細めながら帽子から分厚い絨毯を取り出して地面に敷く。荷物や複数人で飛んだり、くつろぎながら飛びたいときなどは箒以外のもので飛ぶことも多い。魔法で浮かせたものに乗るだけなので、必ずしも箒である必要はないのだ。
セシルと気持ちよさげに眠るアリアを乗せると絨毯を軽く浮かせる。その隣でハヴィもソファに子供たちを乗せて同じように浮かせている。セシルは眠るアリアを抱き寄せて落ち着かない様子だったが、フェリスとネルは慣れた様子で各々寛いでいる。
「オーケーです」
「おう」
それぞれ軽く確認してから絨毯に乗り、飛び立つ。高度を上げると館を覆う結界が2枚割れた。結界は術者がその範囲外に出ると消える仕組みになっているからだ。
「あれは…」
しばらく飛んでいると、空に箒を持たずに浮かぶ2人の魔法使いが見えてきた。アネリよりも視力の良いハヴィはその2人の正体に気付いて目を見開いた。
「里長とエリス様…?それにもう1人は…」
「こんなに近くで戦っていたのか…」
2人をよくよく見るともう1人、何者かがレーナに抱えられている。
「師匠?」
ネルが驚いた声をあげるとエリスが振り返った。
「おや、おチビちゃんたちじゃない」
「奴らは撤退したのか?」
「あぁ、心配はいらないよ。砲台は潰したし、他のの子が遭遇しても問題なく対処できると思う」
アルフィを持ち直して言ったレーナは、彼女をハヴィのソファにそっとおろす。起きる気配は全く無く、夜風を受けて気持ちよさそうに眠っている。
「大丈夫なの?」
「心配しなくていいよ、ひと暴れして眠ってるだけだからね。まぁ、明日明後日起きるかどうかは分からないけど」
心配そうと言うよりかは驚きと呆れをないまぜにしたような声のネルはソファにおろされた師に薄い布を器用に巻きつけ始めた。ミノムシのようなその姿に思わず疑問が飛び出る。
「何してるの?」
「こんなところで寝かせたら寝返りを打って直ぐに落ちるに決まってるから拘束してるんだ」
「へぇ、慣れてるわね」
質問に答えながらあっという間に自分の師をソファに巻き付けて、一仕事終えたネルはその腹に寄りかかるように座る。いつの間にかソファの上で我関せずといった様子で本を読んでいたフェリスも、思わず感心したように言いながらネルの隣に並んで座った。ネルはそれ以降一言もしゃべらずに眠り始め、それを追うように寝始めたフェリスによってその場は一旦静かになった。
子供たちのやり取りをニコニコと見守っていたレーナは、大人たちに向き直る。エリスは孫弟子にあたるアネリに手作りのクッキーを渡し、素直に受け取ったアネリは困ったような笑みを浮かべている。ハヴィは子供たちの方をぼうっと眺めている。こちらもまた子供のようだ。
ハヴィの肩を叩くとハッとしたような顔でこちらを振り返る。思わず笑いながら、火の消し止められてきた森を確認する。
「とりあえず帰ろっか?」
黎明の魔女は爪を喰らう ねぎしお @yanderusato
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