25
「セシル、さっきは急で確認しなかったがもう一回空を飛んでも平気か?」
「大丈夫だよ」
不慣れな飛行中、必死に自分の腰にしがみついていたセシルことを思い出し、アネリは小声で問いかけた。セシルは確かに驚きはしたものの、思い出すと空を飛ぶという体験にまだ心を躍らせている面が強かった。
「何?空を飛ぶのが怖いの?」
ひそひそ話をしている師弟の間にすっと入り込んできたフェリスがセシルの顔を覗き込む。心配などなく
「最近来たばかりの子なんだろう。外に出ること自体に慣れてないんじゃないか?」
ネルはアリアやセシルよりも少し背が高く、セシルはいつも暇な時間に日の当たる窓辺で好んで本を読んでいたセラを思い出した。メイド長の息子でセシルの世話役を任されていたセシルより三つ上の彼は両親にもよく気に入られていて、暇な時間には自由に行動する許可が出ていた。
「僕はネル。よろしくね」
「よろしく」
穏やかに手を差し出して笑いかけたネルの手を握る。少しためらいがちなその手の迷いを見て取ったネルは、何かを思い出したように口を閉じた。そしてセシルの肩をやさしく掴む。
「まだ人が怖いのかな?大丈夫、ここにはあの忌々しい人間どもは絶対に入ってこないからね」
また口元は笑みを浮かべたままで言い放たれた言葉に思わず体が震える。微笑を浮かべた口元に反して、その言葉からは隠し切れない人間への憎悪があふれていた。
セシルの様子を見てアネリが間に入った。ネルは笑みを浮かべたままだったが、セシルの方を興味深げに見て手をぱっと離した。
「そうそう、まだ人見知りしやすくてね。…大丈夫、ゆっくり慣れていこうな」
後半の言葉はセシルの方を向いて放たれたが、ネルの言葉にまだ少し衝撃を受けていたセシルは一拍遅れて反応した。
「あ、ごめん…」
「それで、これからどこに行くの?」
少し気まずい雰囲気の中、ハヴィの袖をつまみながらあくびしたフェリスが手にある人形をいじりながら言った。ネルがそんなフェリスを小突く。子供たちのやりとりをはらはらしながら見ていたハヴィは動揺を誤魔化すように、自分の顔を触りながら答えた。
「あ、えぇ…里長の家がいいかしら。音は少し収まってきたしそろそろ終わるかもしれないですけどね」
あれほど外から聞こえてきていた爆音はいつの間にか収まって、避難を進めていた者たちの雰囲気も和らいでいる。
「…里に戻るの?」
そろそろ退屈していたアリアは目をこすりながら聞いた。ずっと眠気と戦っていたようだ。いつも眠りにつく時間はとっくに超えている。繋いだ手に伝わってくる体温につられて眠気が襲ってくる。
「あぁ、一応はそうだ」
「だが、今回のは雰囲気が違うからな。みんなあんまり油断しない方がいいぞ」
アネリの声にかぶさるように、少し遠くから男の声がこちらに飛んできた。ここに来た時に外で会った眼鏡をかけた男だ。身一つでこちらに来たらしいその男は、ぼさついた髪を撫でつけながらこちらに歩いてくる。
「アキおじさん!」
「ま、まだおじさんって程じゃないぞ…」
ショックのあまり涙声になったアキと呼ばれた男がアリアの額を軽く指ではじいた。里が危険にさらされていると思っていたセシルは意外に思いながら問いかける。
「里の中は危険じゃないの?」
「そっちの坊ちゃんは新顔だな。里長の家を見たことはあるか?」
首を振ると得意げに眼鏡を掛けなおしたアキがセシルの頭を撫でながら話す。ふと、ここに来てからはよく頭を撫でられるなとと思った。その優しい手つきから母の温もりを思い出して胸に締め付けられるような痛みが一瞬走った。それは次の瞬間には消えていった。引っかかるような違和感を覚えながらも目の前の男を見上げる。
「里長の家は木のなかにあるんだぞ」
「木?」
少しいたずら気に言った彼はかかったと言わんばかりに手をばっと広げる。まるで子供のような大げさな動きに少し笑うと、彼も満足げに笑った。
「そう、レーナは元々木のうろにさっき出て行ったエリスのばあちゃんと住んでいたんだ」
「で、いろいろあって魔法使いたちを率いてここに里を作ろうとしたときに、その木ごと引っ越してきたんだ。想像できないかもしれんがめっちゃ広いんだぞ!」
あまり実感の湧かない話だったが、楽しそうに話しているのでとりあえず頷いておく。大人たちの話は八割分かってなくても頷いておけばとりあえずどうにかなるものだ。
「話がそれたが、レーナの家は里の中心にあって、この人が言う通り見た目がただの木だから、あいつらがどんなに探してもバレないんだ」
雑に指さしたアネリに対して、彼は頭をかいた。ふと疑問が湧いて視線を上げると、そんな様子を見透かしたようにアネリは付け足した。
「なんで最初から行かないんだって顔だな。そこはあくまでレーナの家だからな、里長にだってプライベートがあるんだよ」
ぷらいべーととやらはわからなかったが、また頷いくとアネリはよしと言いながらアリアを抱えた。話している途中で既に彼女はもう夢の世界に旅立っていた。ほかの子供たちもうつらうつらとしながら話を聞いている。
「よし、じゃあとりあえずここを離れよう。そういえばあんたはこっちに乗っていくのか?」
「いや、なんだか人数が多そうだし僕は歩いていくよ」
また髪をいじりながら言った男はひらひらと手を振りながら笑った。
「そうか、気をつけな」
帽子から色とりどりの石が連なった首飾りを取り出すと、アネリはそれを無造作に男の方に投げる。危なげなく片手でそれを受け取った男は軽く手を挙げて礼をすると部屋から出て行った。
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