24

「レーナ!アイツらもう止まらないぞ!」


 恐怖の滲んだ声音で、爆弾に吹き飛ばされた指を抑えながらある魔女が叫んだ。周りには人、魔法使い関係なく爆発に巻き込まれた者たちの嘆きで満たされている。こんな悲劇をこの目で見る日が来るとは露ほどにも思わなかった。対物理結界を貼り直して他の者を逃がす。


「逃げていいよ!みんなが逃げ終わるまで私が食い止めるから!」


 かく言うレーナもここまでに何度か体の一部が飛ばされる感覚を味わった。即座に回復させることでなんとか五体満足のままでいるが、魔力が尽きる前にこの戦いを終わらせなければ確実にこちらは負けるだろう。


 かつてないほどの重症を負い、阿鼻叫喚の地獄絵図へと化している里を見ていると、数百年前に突然別れを告げることになった故郷で叫ばれていた平和主義という言葉が思い出される。

 かつて戦争を体験し、幾度となく若い世代に平和を訴えてきた彼らは飽きるほどこのような光景を見たに違いない。魔法で失われた手足が治ることも無く、ただ故郷の役に立つことだけを考えて命を散らしていく兵士たちを。


「誰がこんな入れ知恵したんだか」


 ついこの間までは慎ましく、古いしきたりに則って馬と徒で攻めてきていたのに今日に限ってこの世界には無いはずの砲撃を使ってきた。あの大きさの大砲を作るとして、この世界の住民が発案から製造まで辿り着き、実戦に投入しようとすれば途方もない時間がかかるだろう。急に現れたこの兵器の背後に同郷の人間がいることは確かなはずだ。実践投入するのが初めてだからこそ人間側にも怪我人が出てきている。かろうじて死者は出ていないが、運びれていった人間たちの中には魔法の治療なしでは助からないであろう者たちも数人いた。


「あっはは!」

「…ちょっと!」


 考え事をしている隙に、結界から一人の魔女が楽しげに飛び出して行く。いつだって問題児のアルフィだ。好戦的な彼女が戦場を独占するチャンスを見逃すはずない。

 結界から出たのをいいことに彼女に爆撃が集中する。箒に乗ってそれらを機敏に避けながら、煽るように人間たちの頭上に花火を打ち上げると、敵は一瞬その輝きに目を奪われた。血と硝煙に満ちた戦場には眩しすぎる光だった。


「お前ら、ボサっとすんな!」


 先頭の男が慌てて周りの人間に怒鳴る。しかし、その時にはアルフィは大砲の場所まで辿り着いていた。


「ばーんっ」


空中から大剣を三本取り出したアルフィは、それらを操って三台の大砲に向かって一本ずつ投げつける。真っ直ぐに飛んでいった剣は弾かれることなく砲台を貫通した。


「なっ!?」


 周囲の人々は驚いたように後ずさる。そして、直後に砲台は本体ごと弾き飛んだ。装填された弾が内部で弾けたのだ。


「見て見て!あの変なやつ片付けたわよ!」


 周囲の人間を巻き込んで爆発した砲台を無邪気に指さしながら戻ってきたアルフィに曖昧な笑みを返す。砲台の周りには人間だったものが散らばっている。生き残った者たちも破片が刺さったり、衝撃で気絶したりしている。掛ける言葉すら思いつかずに思わず黙ってしまう。


「よくやったね」


 とりあえず、言葉だけでも褒めておく。これまでの小競り合いはともかく、爆弾が持ち込まれた戦争という非常時になるべく殺さないでなどと言うのは無茶なお願いだったのだ。


「貴様ぁ!!」


 先程の男が殺された仲間達を見て激高した。それを見て戦争に来ているのにおかしなことだと思った。どうやら弾を撃っていいのは撃たれる覚悟のあるものだけ、という道理は通じないらしい。

 その弾で私たちの里を、家を、大事な家族を吹き飛ばした上で返り討ちに合えば理不尽だと怒鳴り散らす。


「はは、人間も変わらないね」


 五百年前、人と魔法使いはどう足掻いても分かり合えないのだと知ったのに。つい最近になって新たな希望が現れてしまったために、淡い期待を抱いてしまっていたようだ。

 苦笑しながら空高く舞い上がる。熱を孕んだ風を背に受け、あちこちで燃え広がっている炎を眺めながら息を大きく吸った。声を広い範囲に伝える術を起動する。


「ここは誇り高き魔法使いの故郷、何人たりともここを侵す事は許さない!」


 低くした声で人間たちに知らしめる。元々同じ人間だとしてそれは他人の故郷を冒していい理由にはならない。


「さぁ、今言った通りだ。今ここから退けば吹き飛ばされた手足の一本や二本は見逃してやろう」


 こちらを化け物のように見る男に向かって笑いかける。男の中では攻め入った上で負けて撤退する屈辱と、今退いた方が身のためだと囁く理性がせめぎ合っているのだろう。

 あと一押しだとさらに近づく。男は目を見開いたまま固まっている。剣を握りしめている男の手にそっと触れると、力が抜けてその剣を取り落とす。周りの者たちも何が起こるかわからないからか、固唾を飲んで見守っている。


「もう一度、さっきみたいな悲劇を起こしたいの?」

「なっ…」

「あの子は私にも手が負えないから、機嫌が良いうちに退くといいわ」


 アルフィを指差すと、呑気にネイルを塗り直していた彼女はこちらにひらひらと手を振った。その姿はこちらを気にしている風でもなく、気ままなものだ。


「ひっ…」


 それでも先程の衝撃を思い出したのか、体を震わせて我に返った男は慌てた様子で剣を拾った。


「…てめぇら、退くぞ」


 そしてこちらを睨みながらじりじりと撤退していく人間を最後まで笑みを浮かべて見送る。最後の一人が見えなくなってからアルフィがあくびをしながら降りてきた。


「終わった?」

「やり方はあんまり良くなかったけど君のおかげだ、アルフィ」

「そう、よかったわね」


 戦っていた時の興奮が噓のように、さして得意になる様子もなく返ってきた生返事に苦笑する。


「眠いのかい」

「ええ、なんてったって夜だもの」

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