23

 聞こえなくなった大人たちの声が、再び聞こえるようになると広間は先ほどよりも騒がしくなった。叫ぶもの、悲嘆にくれるもの、一方で冷静に周囲を観察するもの。様々な反応をしている人々の間を縫って、アネリは弟子たちのもとに戻った。


「師匠…」

「うん、心配するな。でもここはもうじき敵が来るだろう。だから安全な場所に移動するんだ。手始めにまずはアリアを起こしてくれ」

「分かった」

「フェリス、起きて」


 セシルがうなずくと同時に、アネリの後ろから現れたハヴィは己の弟子を起こそうと、その薄い肩を揺さぶった。

 同じようにセシルもアリアを控えめに揺さぶった。


「アリア、起きて」

「う…ん」


 セシルに何度か揺さぶられてむくりと起きたアリアは、目をこすりながら部屋の様子を見渡して首を傾げた。


「どうしたの?」

「実はここからまた別の場所に行かなきゃならなくなったんだ」

「!」


アリアがその布越しに目を丸くしたとき、師匠の呼びかけを無理やり無視していたフェリスも渋々と起きてきた。


「なに?もう帰れるの…」


 起き上がって同じように周りを見渡したフェリスは、アネリの姿を見た瞬間にすばやくアリアの背に隠れた。苦笑したアネリは毎度のことなのであまり気にしてない。ハヴィ曰く、里に来る前に彼女の所属していた見世物小屋によく似た猛獣の調教師がいたらしい。

 気に入らぬことがあれば、彼女の猛獣に襲われる傷を抱えて震えながら眠った日々が蘇る。常に抱えている自分と同じ髪色を持った人形は、彼女に髪を無理やり切られた時にその髪を使って作ったものだ。


「それで、何が起きたって言うの?」


 アリアからじりじりとセシルの背に移動しながらフェリスが尋ねる。アリアの方がアネリに近いからだろう。戸惑いつつもされるがままになっているセシルを見ながらアネリは簡単に説明する。


「もう時期ここは危険になるから、みんなで避難する。だから全員支度を整えろ」

「はーい」

「帰れないの?めんどくさ…」


 各々、反応しながら慣れた様子でさっさと荷物をまとめ始める。置いてかれたセシルは、慌てて二人の手伝いをし始めた。


「いい子にしてますか?」

「あぁ、これ以上ないくらいな」


 子供たちに聞こえぬように交わされた、短いそのやり取りだけでもハヴィはほっとしたように息を吐いた。


「おわった!」

「師匠、これ入れて」


 魔法使いの荷造りは人間に比べればとても単純だ。大抵のものは被っているとんがり帽子の中に入るのだから、放り込めばそれで終わりだ。しかし、帽子の中の大きさは実力に左右されるため、自分より大きなものを入れるには相当の鍛錬が必要となる。

 そのため、フェリスはまだ自分のベッドを帽子に入れることは出来ない。そのため、そのようなまだ入れられない物は師匠に持ってもらうしかないのだ。


「はい、これで終わりですか?」

「うん」

「お前らも終わったか?」

「うん!」


 準備するものも特に無く、手持ち無沙汰になっているセシルの手を一緒に挙げながら、明るくアリアは返事をした。それと同時にアネリの背後から少年が声を掛けてきた。


「あの、すみません」

「ん?あぁ、アルフィのところのか」

「はい」


 たった今着いたばかりのようで、髪の隙間から流れた汗が頬を伝っている。

 大雑把で落ち着きのないアルフィは毎回、弟子を置いて人間との争いに駆けつけていく。好戦的なのは時に悪いことでは無いが、弟子にしたら迷惑もいいところだろう。


「また置いてかれたんだな。あと、来たところ悪いがもうここにはいない方がいいぞ、というかお前よく無事だったな」

「えっ」


 荷物を置いて一休みしようとしていた少年、ネルは驚きながら顔を上げる。


「ここはきけんだから、また避難するって」


 セシルと一緒に近寄ってきたアリアが胸を張って付け足した。汗を拭って身なりを整えたネルはアリアを一撫ですると、近くにいるセシルを不思議そうに見た。しかし、次の瞬間にはアネリの方を見て真剣な顔を作って言った。アネリはよくもまあの師匠に師事して腐らないものだと感心する。


「そうか…それなら僕も乗せていってくれませんか?」

「あぁ、いいぞ…と言いたいところだが、あいにく、うちのところには二人いるからな。すまないがハヴィに乗っけてもらってくれ」


 肩を竦めたアネリは、ネルの肩を叩いてハヴィの方に促した。その言葉が聞こえたのか、荷物をまとめ終わって暇そうにしているフェリスがげっという顔をした。


「構いませんよ、フェリスさえ良ければ」

「…まぁ、どうせそうしなきゃいけないんでしょ?」


 フェリスをちらりと見ながら行った師匠に対して、諦めたように返事したフェリスは不貞腐れたように俯いて手を体の前で組んだ。


「ありがとう、世話になるよ」


 手を差し出したネルに大してそっぽを向いたフェリスはさっさと出口の方へと向かっていってしまった。


「ごめんなさいね」

「いつもあんな感じなんで大丈夫です」

「さ、私たちも行こう」

「はーい」


 肩を竦めた二人とフェリスを追ってアリア達も歩き出した。

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