22
「おい!迎撃の準備をしろ!」
扉を勢いよく叩き開けた魔法使いの男が息を切らしながら叫んだ。その男は部屋に入ると同時に体勢を崩して倒れ込む。
入ってきた時よりもはるかに人数が増えた広間がざわめいた。こんな状況で寝ることもできず、かと言ってできることもないのでとりあえずアリアとフェリスに布団を掛け直した。入口の方に人がわらわらと集まっていく。
「どういうことだ?いつも通り適当に相手して撤退させるだけじゃ足りないのか」
入ってきた男に紅茶を差し出したアネリはその男の腕が千切れていることに気付いた。背後に集まってきた者たちも息を吞んだり、悲鳴を上げる。にわかに騒然となった部屋の中心で、アネリは手を叩いて注目を集めた。
「みんな、とりあえず落ち着け。どういうことか話せるか?」
「そんなこと話してる場合じゃない、あいつらに見つかったらここも危ない!」
その生々しいぼたぼたと血が流れるが、恐怖にかられた様子の男は身を捩りながら叫び続けている。
ふと、弟子たちの集まっている区画に目をやると、不安げなセシルがこちらを見ている。隠れた目は感情を隠しているが眠るアリアの手を握り、しきりにこちらを気にしている様子はどう考えてもこの事態に対する不安が表れている。
すぐにでも傍に言ってやりたい気持ちを抑えて、せめてもの防音結界を展開する。
「今の結界は何重になってる?」
「二十だ、見つかったところで奴らには破れまい」
「できるとしても、そんなものを開発するような余裕はあるのかえ?」
「お前が油断してただけじゃないのか」
集まった魔法使いたちは口々にあれやこれやと話し始める。元来おしゃべりな
「里長はあれはバクダンだって言ってた、この世界にはないと思っていたと…とにかくやばい、里長が張った三重の結界が余裕で破られるんだ!」
「ばくだん?」
一同は一斉に首を傾げる。しかしその事実はその武器の威力を説明するには十分すぎるほどだった。
「噓だってんなら、自分で確かめて来い!首が吹っ飛んでも知らねえがな!」
「ああ、そうそう俺の腕も取ってきてくれたら嬉しいなあ、はははは!」
狂気を含んだ笑い声が結界の中を一周する。腕一本無くしていながら狂ったように笑っているその異様な光景に恐ろしさを感じて誰もが無言になる。次の瞬間、小刻みな揺れと轟音が外から響いてきた。その場にいる誰もが動揺し、初めて事態の重さを実感した。
「奴らが来る!」
「こりゃ本格的にまずそうだね」
また、血が吹き出すのも構わずに叫んだ男と対照的に、隣からゆったりと歩み出てきた老婆が体を支えていた杖を持ち上げ、一振りした。光が散って男の腕はたちまち元の状態に戻る。男は戻ったばかりの腕を大げさに振りながら拍手する。
「さすがおばばだ!じゃあ俺は戦いに戻るよ、里長たちはまだ生きてるかなー」
「あぁ、どうも。ま、レーナがやられるならここにいる者が生き残っても終わりさ」
腕をぐるぐるとまわして具合を確かめた後、あっけらかんと言い放った男は、入ってくると同時に振り落とした帽子をかぶりなおして外に出て行った。通常ならこのまま安静にと忠告するところだろうが、彼のような戦闘狂には意味の無いものだ。
その無謀で勇敢な背中に向かって返事をした老婆はいつから生きているかはわからないが、少なくとも里長をやっているレーナの師匠であることからして五百年以上生きていることは確かだ。
「どこに行くんだ?」
「弟子を見捨てて逃げるようでは師匠の名前が泣くからね。お前たちもあの子たちをしっかり守るんだよ」
「待ってくれ、あなたが出ていくのか?それなら私が援護に…」
「おばば、もう若くないんだから」
「そうそう、俺らが行けばいいんだ。弟子はおばばにまかせるから」
アネリの他にも後ろから他の者達が口々に止めるも、彼女は頑として動かない。
「すまんがこの老骨には、弟子を育てるよりも戦う方が楽なんだ。それに私にはもう
切実に訴える彼女に再び沈黙が訪れた。
この間までは小競り合いと呼ぶのも躊躇われる、些細な争いだったはずだ。双方に犠牲を出さぬように戦い、しばらくしてから誰かが殺された振りをして人間が撤退することを促す。そんな接待のようなものが人間にとっての侵略戦争という概念だったはずなのに。
余裕を持って戦っていた立場から転落して初めて、魔法使いたちは自分たちが驕っていたことを自覚した。我らから犠牲が出ることは永久にあるまいと。
「きっとレーナを連れて帰ってきてくれよ」
「あぁ、もちろん。しかし皆、何を想像してるのやら」
悲痛な雰囲気を打ち消すかのように、おどけたように言ってみせた老婆は次の瞬間、若い女の姿になっていた。
「私のような大魔女がすぐにくたばると思われてるなんて心外だね」
縮れた白髪から美しい艶やかな茶髪になった髪を、無造作に払った女は、颯爽と部屋を出て行った。
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