第5話
「可哀想なのは、樋口さんの方だ」
「どういうこと?」
「そのままの意味だよ、最初から順に説明するか?」
「お願いします」
「今回の事件っていうか悪戯の肝になったのは上靴に誰も近付いていない状況でどのようにして上靴が汚されたのか、ということだった。ここまでいいか?」
こくこく。樋口さんの首が動く。
「でも、考えてみれば近づいてるんだ、というか手に取ってる」
ぷるぷる。樋口さんの顔が険しくなる。美少女が台無しだ。
「意味わかんないよ」
「じゃぁ、単刀直入に言う。今回の悪戯の犯人は根木さんだ」
「根木さん、じゃなくて、美佳ちゃんね」
はいはい、そうでしたー。
「でも、どういうこと?自作自演?」
「そうも取れるけど、彼女は僕たちが捉えていなかった悪戯の犯人だ」
まず、一番の肝と思われた不可能状況下での犯行のトリックは驚くほどしょぼいものだった。今回の不可能状況を開かれた密室、と捉えるのならカーの密室講義その2の7に分類される。
だから、本当の肝はそうじゃなかった。ある意味入れ替えトリックだ。いや、ちょっと違うな。忘れてくれ。
オホン。では、どうして根木さんは上靴を汚す必要があったのか。自分って可愛そーをアピールするため?いいや違う。
上靴に書いてあった名前を隠したかったんだ。つまり、彼女が汚した上靴は彼女本人のものじゃなくて違う誰かのもの。足の甲の部分と踵中心に汚されているのがその根拠。足の甲と踵のところに大抵の人は名前を書くから。
おそらく、彼女も樋口さんのように上靴をなくしたんだ。だが、買ってそこまで経っていない上靴を買いたくない何かの理由があって今回のことを思いついた。
きっと、失くしたのは一昨日、つまり体力測定のあった日。その日は上靴がなくても別に授業がないから問題ない。そこで、脱いであった上靴を見て今回の悪戯に見せ掛けた、いいや、嫌がらせを思いついた。
そう考えると、彼女が上靴をなくして後買いに行けなかったのは親に叱られる——とまではいかなくとも、嫌味を言われたくなったからかもしれない。でも、誰かに汚された、と全力で被害者ぶれば親も特に何も言わないだろう。
脱線した。
まとめると、根木さんの行動は順にこう。
まず、一昨日、自分の上靴を失くしたことを知る。これは多分朝のこと。
その後、上靴がないまま、体力測定を受け、そこで見つけた。自分の23センチという小さい足を持つ人の上靴を。
さっき、樋口さんが特注、とか届くまで時間があるから、とか言ったのは小さすぎるサイズと大きすぎるサイズは値段も少しだが高くて特注になることを言ったんだよね?
それで、一昨日、帰る前に何にも支障のない他人の上靴を我が物顔で自分の下駄箱に入れる。
そして、昨日。普通に下駄箱を開けて、如何にも今汚れていることを知ったかのような顔をして上靴を出す。その後、名前を隠すように汚す。防犯カメラがあることを知っていただろうけど、さして性能が良くないから拡大鮮明化しても汚れているかどうか判別できるか判らない。いいや、もしかすると一昨日入れる時点で汚してたかもしれない。これも、防犯カメラでは汚れているかどうか判別がつかないことが理由だ。このどちらが正解かは本人に聞かないといけない。
で、最後、樋口さんの方が可哀想だと言った理由。
恐らく、僕の考えが正しければ、根木さんに汚されたのは樋口さんの上靴だ。彼女が上靴を盗んだ日に樋口さんが上靴を失くしたなんて偶然とは言い切れない。
これまでが僕の推測だ。
「そう。やっぱり」
僕が一息に喋り終わった後、樋口さんは目を閉じてそう呟く。
「判っていたのか?」
「うん、速水くんほど論理的に、ではないけどやっぱり私もミステリーファンの端くれだしね。それと女の勘ってやつ?
でも、ひとつだけ速水くんの推理は間違っているよ。
根木さんが汚したのは私の上靴じゃない。
私は名前を足の甲と踵じゃなくて、踵と甲の裏側に書いてたんだよ。でも、見せてもらった汚れた——ううん、違う、汚した上靴の甲の部分の裏側には私の名前がなかった。実は、私思ってたの。これが私の上靴だったらいいな、って。
他人に汚されたのだったらお母さんにも何にも言われないかな、って」
そう言って、自嘲するように笑う。
「でもね、多分速水くんの推理は合ってると思うよ。そう考えたら筋が通るし」
僕は何と言えばいいか判らない。
僕はどこかの主人公みたいに気の利いたことは言えない。
黙っていたら急に樋口さんが立ち上がった。
どうした、というか学習しろ。また、見たくもない何かを見てしまうかもしれないじゃないか。
「この前、良さそうなカフェを見つけたの。これから、一緒に行ってくれない? 速水くん」
「いいけど、どこ?」
「駅前のとこ。それとも、帰宅部くんはそこまで歩けないかな?」
舐めるなよ、普段もっと歩いてるわ。
そう言えば、樋口さんは目を細めて笑う。
樋口さんは笑っていた方がいい。どうしてか、そう思えた。
「あ、この本だけ借りて帰ってもいいか?」
「いいよ、待ってる」
こういう日があってもいい。
きっとお高いカフェだろうけど、今日は何でもいいと思えた。
探偵っぽいことが出来たからだろうか。
ちょっと違う。
そんなことをカーの『三つの棺』をササキさんの座るカウンターに持って行きながら思った。
「お願いします」
「今日は早いですね、まだ閉館まで時間がありますよ」
閉館時間に気づかず、ササキさんに声をかけられる時も珍しくない。
「ちょっと、これから寄る所が出来まして」
「最近来る、あの子ですね?彼女さんですか?あ、こういうこと聞いちゃまずかったですね」
手を振って気にしていないことを表す。
「まさか、友人ですよ」
————
最後まで読んで頂きありがとうございます。
これはカクヨム甲子園に応募中なのですが、何やら、今はキャンペーンがあって応援コメントやらレビューやらを書くと、図書カードなり黒毛和牛が当たる可能性があるらしいので是非。
また、反響が良かったら、この続き、或いは前の話も書きたいな、と思っていますので、もし、面白いと思われたら何かしら反応を下さると嬉しいです。
阪神の自力2位確保が消えた翌々日に
上靴は勝手に汚れない 田谷波 赤 @Hanshinfan
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