第6話 トドメの一撃



 皇妃姫。彼女が16歳を迎える前日、12月24日。

 神の子の生誕前夜祭、等しく幸せであることを強要するクリスマスイヴ。

 その静けさが立ち込めた雪の夜にクリスマスだから呑みたかったという理由の。

 本当に、本当にバカみたいな理由で。

 ヒメが、たった一人の血の繋がった家族。

 飲酒運転した暴走トラックに。


 それを、断片のように理解しつつ、俺が頭に浮かんだのは今はもう亡き両親だった。


 親父も、お袋も。


 飲酒運転したクソ男によって帰らぬ人となった。


 そのクソ男は、遠縁とかいうバカ女の交際相手だった。

 俺が8歳、ヒメが2歳。

 その夜、今でも覚えている。

 お正月で、親戚の集まりがあって。

 二人とも立派な医師であった両親は「いつでも出動要請に応じられるように」と飲酒をすることはせず、勿論正月だろうが緊急オペ要請があったその夜も俺たちを本家に預け車で職場へ向かって行った。


 眠りについたヒメの頭をそっと撫でたお袋。

「姫を頼む、帰ってきたら今度は四人で初詣に行こうな」

 落ち着いた、しかしどこか深みのある口角を上げた顔で笑う親父。


 そして俺はこう言った。


「任せて!父さん達が帰ってくるまで俺がヒメを守るよ!」


 その年、俺たちは神社に行くことはなかった。


 次のお正月も、初詣に行くことはなかった。

 その次の年も、また、その次も次も。


 ずっと。


 俺たちに神様を詣でる時間も余裕も信心も無かった。


 笑えた。


 そのクソみたいな男。

 飲酒運転だけでなく人として最低な…人を辞める薬を常用し、その日も静脈にその成分を注射器から打ち込み、ハイになった状態で両親の運転する車へと体当たりしたそうだ。


 何度も、何度も。


 倹約をよしとする両親だった。


 その為、俺が来年小3になった時、クラブに入る時に買い替える様にしようと、軽自動車で運転を賄っていた。

 ここは都市部だし、普段の移動ならば公共交通機関で事足りる。


 両親が車を使うのは、交通機関が止まっている時間帯…深夜、職場からの緊急要請が入った時だ。

 急変した患者さんだったり、突発的な事故や病気でいつ招集されるか分からない大変な職種。


 人の命を自身の時間を、命を削って助ける尊い仕事。


 その、大切なものを拾い上げる両親の両手は何も掴めずちぎれていた。らしい。


 検死にあたった両親の友人であった医師がそう、泣きながら警官に吐き捨てたのを影から俺は聞いていた。


 葬儀は、両親の顔を見れないまま流れ。人が二人分あると思えないくらいの大きさ、その二つの棺が鉄の塔にはこばれて煙が上がり、小さな箱が二つ、俺たちがただ幸せに暮らしていた小さくとも住み心地のいい家に音なく戻ってきた。


 そこからは、音の無い暮らしのほうがマシだと思えるほどの騒音に塗れた。


 両親が急逝した、死因は身内の恋人の薬物接種と飲酒運転による「殺人」


 世間は口さがなかった。


 薬物中毒者による車を使用した犯罪だ。それが身内。被害者は医師。

 面白おかしく世間は騒ぐ。


 親戚連中の両親を尊敬していた眼差しも、その騒音でおかしくなったのか根本の所はあのバカ女の血が入ってるからおかしかったのか。


 本家の人間から俺たちの事を「あいつらが犯人に薬を横流ししたに決まってる。それが明るみに出ないのは被害者だからだ。あいつらは警察上層部とも繋がりがあった様だし上っ面がいいだけで警官が隠蔽したに決まってる」と、三流のさらに下のネットの憶測をそのままツルツルの脳みそにコピペしたバカ女の親どもに告げられ、これまた先代が逝去したばかりでなんの経験もない(当時の俺から見ても)うどの大木の方がまだ立っているだけマシ、と言ったお坊ちゃん率いる本家は、俺たちの処遇についてこう結論を出した。


「犯人の身内が身内、被害者の身内が身内、我々は不干渉をもってこの件から手を出さない。」


 笑えるだろ。


 つまりはさ、俺たちはあの女どもの世話になれって事だよ。

 綺麗なお言葉を使ってても解るさ。

 厄介払いだよ。俺たちは厄介なもの。疫病神だとさ。


 何もしらない姫は俺の後ろでちんまり座ってぼんやりしている。


 親父の言葉が浮かぶ。

「姫を頼む」


 お袋が姫を撫でたあの優しい手。


 俺が、姫を守るヒーローになる。




 そう、あの寒い、心まで凍てつく日に誓った。



 誓った、筈なのに。


 目の前で静かに機械音と共に横たわる妹に兄である俺は姫を守るヒーローとしてトドメの一撃を刺された。

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王子様になれない従者とヒーローになりたい眠り姫との3年と25年の間に流れるキセキみたいなコイガタリ。 うさぎパイセン、オーナーはもうダメだ。 @shinkyokuhibiki

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