第5話 夢見る少女じゃいられない
目を開けるとそこは見知らぬ天井だった。
なんで、こんなところに居るんだろう。私は、確か。
うつらうつらと記憶を掘り返す。
夜。コウが16歳になって。そう、昔は女性は結婚できる歳。大人の歳。
そのお祝いの帰り。
私は嬉しかった。
明日、私も大人になるから。
永遠を、紡げる予感があったんだ。
コウの部屋。私が初めてコウの誕生を祝って編んだくまのぬいぐるみの前にちょこん、とあった小さな箱。
そう、ここの所コウがバイトを始めて。で、私はそれが寂しくて。
で、ついわがまま言っちゃったんだ。「もー!コウー!!愛しのヒメちゃんをほっぽってバイトばっかりー!寂しすぎてコウの大事な大事なヒメちゃんの指が軽く浮いてお空の彼方へ飛んでっちゃいそうだから!」
そうむくれて。
苦笑してるコウにニコッと笑った後に私。
「今度の私の誕生日はティファニーじゃないと絶対やなんだからね!」
もうコウも私も高校生だから。
コウがバイトを始めても全然自由だし。
私も、好きな事をしてれば良いんだけど。
コウだけが私の世界の全てでは無いけど。
コウがバイトに行ってる間に喫茶店でおしゃべりしたりカラオケに行く友達たちだって居るし、お兄ちゃんのお店に行けば掃除なんかのお手伝いもできる。進級に必要な勉学も。
それでなくたって自分が進むべき道を見つけるために色んな経験や知識、見識ある人達の知恵を得る必要もある。
もう、小学生の子供の頃みたいに無邪気に夜のプリズムを追いかけて笑い合い馳け廻る、
そんな何もかもを恐れなかった幼い無敵の時代は終わりを告げている。
だから、代わりに。
過去には戻れないなら、これからを。
永遠を。
ね、コウ。
貴女は覚えているかな。
中学一年生。初めて私が貴女を自分の寝室へ招いたあの夜。
あの時、私達兄妹が親なしで、互いをよすがに生きているって、そう言ったあの夜。
貴女は言ったね。
「ヒメ、セイさんだけじゃないよ。私も貴女のよすがだよ。ずっと」
コウ。その後の言葉。
「ずっと、そばに居る。ヒメを苦しめるもの全てから私が守る」
その朝、私は初めて女性としての朝を迎えることになる。
お腹が熱い。頭がくらりとして目がトロトロととろけるような感覚。
足に、ぬる、とした感触。
鼻につく、鉄の匂い。生々しい、性の臭い。
初潮、だ。
隣で静かに横たわって休んでいたその体躯を少し伸ばしてから、パチリ、とその切れ長の瞳を見せた貴女。
目が、合う。
「あ、」
初めて少女じゃなく女性として私。向き合う貴女へと何て口を開こうかと迷う。
その時。
「コウちゃんヒメ朝だよ、良く眠れ、」「入ってこないでッ」
間髪を容れず、ってああいうのをいうんだろうね。
いくらずっと二人きりで生きてきた家族。大事な人、でも兄は異性だ。
異性には立ち入ってはならない領域が女性にある。
だからねコウ。
本当に、貴女はあの時から私の王子様は貴女なんだよ。
だから、お願い。もう私はヒーローになる夢を見てる幼い女の子じゃないの。
管に繋がれ、横たわって「私」が目を閉じて機械音だけ響く世界。病室の中で。
声を出さずに静かに涙を流すコウの隣で。コウには見えない「私」が。
強く、強く願った。神様に強請った。
どうかその手を握り返せる様にと、神様に誓って現実を永遠にするんだと。
もう、幼い夢を見続ける少女ではいられないんだ。
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