現実世界編その1

第20話 模擬戦

夜が明け、日が昇る。

僕は慣れない布団で、見知らぬ天井の下で目覚める。

起き上がり、ベッドを直し、着替えて部屋を出る。


昨晩は、あざみさんがもう遅いからと、彼の家に泊めてくれた。

正直、色々と気が気じゃなく、もしかしたら寝付けないかもと、思っていたのだが、疲れもあったせいか、僕はぐっすりと寝れた。


長い廊下を渡り、大きい階段を降りる。

2階に居た僕は、1階にあるリビングへと向かい、そこでコーヒーを飲みながら、パソコンで何やら調べ物をしている薊さんと鉢合う。


「あ、おはようございます、薊さん」


「ん?、ああ、おはよう雨宮くん」


朝の挨拶を交わし、僕は彼のついているテーブルへと着く。

そこには、パンにベーコン、そしてスープと目玉焼きが置いてあった。

多分、薊さんが用意してくれたのだろう。

とても豪華な食事だ。


僕は早々に自分の前に並べてある食事を掻き込み、お皿を片した。

そして、再度テーブルへとつき、今度は薊さんへと向かう。


すると、こちらの動向に気づいたのか、薊さんもまた、パソコンを閉じ、コーヒーを置いて、僕へと向き直った。

ここからが本題だ。


「さて、では雨宮くん、私が昨日言ったことを覚えているだろうか?」


真剣な眼差しでこちらを見てくる薊さんに僕も表情を変えて、返答する。


「はい、ダンジョンに一人で行く件ですよね?」


「ああ、そうだ」


彼は低い声でそう返答する。


ダンジョンに一人で行く。

昨日これを推敲すると決めたが、やっぱりまだ怖い。


本来、こういう行為は非常に危険極まりないことで、ほとんどの冒険者がやらないことの一つだ。

暗黙のルール、というより、政府公認で非推奨事項となっている。

まあ、例外はいるが。


とにかく、非常に危険であることに変わりはないが、別にやってはいけないというわけではない。

ただ、非常に大きいメリットに比例して、デメリットもそれに応じて付いてくるということだ。

つまり、最悪死ぬ。


それをわかっているからこそ、薊さんも僕も、こう空気が閉まるような緊張を催している。

しかし、薊さんはそんな心配をする必要はないと、首を振り、こちらをいくらか優しい目で見つめる。


「まあ、初日からやろうとは思っていない。ここ数日は、ダンジョンに向けて基礎を固めよう」


「基礎、ですか?」


「ああ、そうだ」


基礎を固めようと言う、薊さん。

どうやら、今日からダンジョンへと進むわけではないようで、僕はホッと胸を撫で下ろす。


「よし、行くぞ....と、その前にだが、家族に合いに行かなくても大丈夫か?」


薊さんがそう問いかける。

これは多分、僕が狙われるということは、僕の家族も狙われる可能性があると言うことで、心配しているのだろう。

多分、訓練の間は奏には会えない。


一応、薊さんが妹の安全は保証してくれるそうだが、それでも心配だ。

会うとしたら、これが実質最後のチャンスだ。


「僕は......大丈夫です」


「.....そうか、じゃあ、行くぞ」


最後のチャンスだとわかっていても、妹に心配はかけられない。

それに、彼女なら大丈夫だろう。

そう思える。

奏は僕が思っている以上に、強い子だ。


僕は振り返らず、自分の妹を信じて、進む。

これより、特訓開始だ。




☆☆☆☆




薊さんの家は、どうやら大豪邸のようだった。

中からはわからなかったが、訓練場へ行くという薊さんに付いて行くと、その外観が露わになった。

簡単に言えば、皆が想像するような豪邸がそこには広がっていた。


広い庭があって、広い廊下があって、幾多もの使用人が彼の家には点在していた。

全五階層からなる彼の豪邸は、平凡な生活をしていた僕からは、ただただデカいという言葉しか出てこないほど、壮観だった。


そんな大豪邸を横切り、その裏側へと行くと、そこには墓地があった。

そこの墓の一つに彼が手をかざすと、墓はその位置を変え、隠し通路へと僕らを導いた。


下へと続く階段を下っていくと、やがて広く広がる地下室へとたどり着いた。

石造の広い四角形の部屋。

頼れる灯りは松明の灯りのみ。

それでも割と明るいが、それでも所々暗い所はある。

まるであの闘技場のようだ。


「よし、ここだ」


そう言って僕の数十歩先で立ち止まる薊さん。

どうやら、ここが特訓の場らしい。


パッとこちらを振り返り、彼は黒色の手袋をポケットから取り出し、手に嵌めていく。

一体何をしているのかと気にしていると、薊さんは突然、こちらへと手を向けて何かを唱え始める。


頭の上にハテナを浮かべている僕に、彼は詠唱を終え、魔法を放つ。


「【氷結槍アイシクルランス】」


瞬間、彼の手から腕大の氷の槍が生成される。

それを勢いよくこちらへと放ち、僕は防衛本能に従うまま、横へと飛んでそれを避ける。


氷の塊は僕の横をヒュンと通り抜け、訓練場の壁へと突き刺さる。

冷や汗を垂らし、その後から動けずにいた僕を見て、薊さんは言う。


「まずまずだな」


冷静沈着な薊さんを見て、僕は思わず声を上げる。


「あ、薊さん?、一体何を...?」


「ん?、ああ、君の今の実力を測っておこうと思ってな。少し模擬戦をしようと思ったんだ。ほら、次行くぞ」


そう言って、もう一度いや、今度は3つ同時に氷の槍を顕現させ、こちらへと向ける。

僕に暇など与えないようにと、迫る氷の槍。

それを全て、紙一重で避けて、その次に来る攻撃をさらに避けていく。


攻撃は早いが、避けられないほどじゃない。

ここからさらに攻撃をいなして慣らしていけば、反撃の機会はきっと来る。


そう思い、薊さんの無数の攻撃を躱し、躱し、その時を窺う。

そして、ついに、僕は薊さんの攻撃に一瞬の隙を見出す。


(来た....!)


足に力を目一杯込め、次の攻撃が来る前に薊さんへと向かう。

この一瞬の隙を逃さないために。


「【疾風】【剛力】...!」


スキルを発動させ、常人ではなし得ない速度と力をこの身に宿す。

床が凹むほど力を入れて、一直線に薊さんへと向かう。


しかし、次の瞬間に、彼へと向かった時点で自分の敗北が決まっていたことを本能で悟る。


「良い判断だ、隙を突いて攻撃に転じる。誰もができることじゃない。だが、相手の力量を完全に理解できていない君は、未だ三流だ」


薊さんがこちらをギラリと睨む。

その影響で嫌な汗が体中を流れる。


迫った彼との距離はわずか1メートル。

およそ剣を振れば届く距離。


しかし、僕の体はそれを拒絶して、回避に専念した。


体を空中で大きく捻り、勢いよく詰めた距離を離すように僕は彼から後退する。

嫌な予感の正体を探ろうと、僕は薊さんの周囲をじっくりと良く観察する。


すると、うっすらと薊さんの周りを飛来する、小さな光の粒を目にした。


(あれは、一体....)


「氷の粒....?」


謎めいた物体を目に残し、警戒を引き上げていると、それに気付いた薊さんは自らその術を明かした。


「気付いたか。これに初見で気づけるとは、少し君を見くびりすぎていたようだな、雨宮くん。次はもう少しキツく行こう」


そう言うと薊さんは再度空中に氷の槍を生成する。

ただし前回と違うのは、その大きさが前回の2倍はあるという点だ。


「【氷結槍】」


生成された氷の槍は一直線に再度僕へと向かってくる。

今回はより早く、より重く、避けるのも困難な威力で放ってくる。


僕は迫り来る無数の氷の砲弾とも呼べるものを避け続けながら、反撃の機会を再度窺う。

しかし、今回は如何せん、数が多い。


このままでは、近づくことすらできないまま、僕は負けるだろう。

薊さんが加減してくれるとわかってはいるが、それでもやはり負けるのは何か悔しい。

彼に、一矢報いてみたい。



僕は彼に、勝ちたい。

勝ってみたい。



僕の中の闘争心が沸き立つ。

弱虫だった前の僕とは違う、力を手に入れてから芽生えた、強い思い。

それがこの強者を前に燃えてゆく。


そうした強い思いが僕の中で結集したのか、それに応えるようにシステム音が鳴り響く。


『プレイヤーの強い執着を確認。よって、深淵よりボーナスとしてSPスキルポイントを贈呈します』

『プレイヤー:雨宮 渉はSPを10000獲得しました』

能力自動付与オートスキルテイカーにより、SPを所持済みのスキルに割り当てます』


『おめでとうございます!、スキル【剛力】LV9【疾風】LV9を、スキル【怪力かいりき】LV1【俊歩しゅんぽ】LV1に進化しました』

『では、あなたの道筋に深淵より幸運を』


瞬間、自分の速度が飛躍的に上昇したのを感じた。

僕の速度は先ほどとは比べ物にならないほどに成長し、薊さんの攻撃をさらりと避けた。


その一瞬の成長に驚き、着いてこれなかった薊さんは一度だけ、攻撃の判断を間違える。


「.....」


(今だ...!)


僕は訓練場の床をめり込ませるように力を込め、重点的な加速を果たした。

およそ人間が出せるとは思えない速度で、一直線に再度彼へと向かう。

深淵より剣を取抜き出し、それを薊さんの一歩手前で全力で振る。もちろんスキル込みで。


「はあ...!」


剛力の力から進化を果たした今のスキルは、先ほどの腕力を卓越した力で虚空を振る。

勢いよく旋風が巻き起こり、薊さんの周りを浮遊していた透明な物体は風に乗って、一瞬にして消え去る。


チャンスを掴んだ僕は、勢いそのままに、体を捻り、回転させ、勢いを殺すことなく再度剣を振ることを試みる。

剣は素早く薊さんの近くまで迫り、その距離はすでに数センチ先へと迫った。



入った。


誰が見てもそう思える光景を、目の前の男は軽く否定した。


彼に刃が届いたと思った時には、僕はすでに彼の元から吹き飛ばされていた。


「うっ....」


強い衝撃が体を駆け巡り、近くにいたはずの薊さんは遠くに、遠くあったはずの訓練場の壁が気づけば近くにあった。

意識が朦朧とする中、体を見てみれば、出血しており、力を入れようとしても僕の体は言うことを聞かなかった。


そんな様子を見た薊さんは、こちらへとゆっくりと近寄り、僕の前で止まった。

血に染まる自分の顔をゆっくりと上へと上げる。

すると、トドメを指すように、薊さんはその腕を僕へと向けた。


「【氷結槍】」


彼の手から氷の塊が生成される。




どうして?




このままじゃその空中に浮かぶ氷は僕に当たる。

さすれば、死は免れない。


なのにどうして、どうしてそれを僕の方へと向けているんですか、薊さん。


心臓がバクバクと脈動し、僕の脳は考えるよりも先に動き出そうとしていた。

体を必死に動かそうとするも、指先の一本すら動かず、僕はその場にて静止した。


「悪いな」


そう言って、僕の必死の抵抗も虚しく、薊さんはその槍を僕へと放つ。

グサリと刺さる槍は僕の心臓を潰し、僕の息の根を止めた。



そう、止めたはずだった。



薊さんはトドメを刺し終わった僕から離れ、少し遠ざかった場所でとまり、僕の方へと向き直った。

彼は警戒の色を出し、先ほどの戦闘では見せなかった、臨戦体制へと入る。


「さあ、来い。お前の中にはいるんだろう?、が」


そう言って構える薊さんの前で、脈動が止まったはずの僕の心臓が再び動き出す。


「来たか....」


ぬるりと僕の体は起き上がり、黒い瘴気を纏って再度地に足をつける。


「【深淵付与フィールド】」


黒い霧が床を包み、それを深淵の領域とする。



☆☆☆☆



「いてて、こ、ここは?」


僕は意識を失ったのか、黒く暗い場所にて目覚めた。

どこまでも暗く、先が見えない暗い場所。

僕はこれを、どこかで見た覚えがある。


すると、少し遠くから何だか懐かしい声がした。


「やあ、久しぶりだな、雨宮くん」


「ば、バベルさん?」


「ああ、私だ」


どうやら僕は、あの場所へと、戻ってきてしまったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

深淵のアビス〜最弱冒険者の最強成り上がり伝説〜 ヤノザウルス @Yzaurusu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ