第8話

 アレックス・ウォーレン・エリオット・ジョージ・アーサー・ウィリアム。アレックス王子と呼ばれる彼は正真正銘王族である。

「ニーナ嬢はどこだ」

 但しその性格は王族としてあるまじきものであった。婚約者であるカサンドラ・コロンブス公爵令嬢ではなくニーナ・クレメーンス男爵令嬢に思いを寄せてしまったのだ。婚約者としての義務を果たすこともなく二言目には「ニーナ、ニーナ、ニーナ」。ニーナ本人が迷惑だと思ってもお構い無し。王子に苦言を呈せる者も少なく、自然とニーナが責められる流れになってしまっていた。

「教室にはおりません」

「図書室でしょうか」

「そうか」

 ならば教室に用は無いと立ち去る。最近、彼はニーナに会えていなかった。ニーナが意図的に避けているからだ。だがそれをアレックス王子は「運がない」や「照れ屋なのだな」と己の都合が良い方に解釈していた。迷惑な男である。世界が違えばストーカーとして捕まっていただろう。

 図書室へと行く途中にある扉の前で立ち止まる。食堂への扉だ。そういえば不思議な噂が学内に流れていた。食堂で御飯を食べると悩みが解決するというものである。

「暫しここで待て。私は少しこの場所に用があるのでな」

「はっ!」

 護衛の者に悩みがあると知られるのは恥ずかしいと思い、一人で食堂に向かう事を決めた。

 食堂に入ると白い服を着た男が真ん中に立っている。男の声が埃っぽく黴臭い食堂に響いていた。

「お前はシャンデリアの埃を落として。お前は窓開けて換気。お前はテーブル拭いて。お前はオレと床の掃除ね」

 小人達に指示を出して食堂の掃除をしている男にアレックスは見覚えがあった。

「何故ここに居るキサマァ!!」

 アレックスは人差し指で真っ直ぐに男を指差した。男ーリベルテーはアレックスに気付くと意地の悪そうな笑みを浮かべる。

「これはこれは。久し振りですね、お坊ちゃん。ブロッコリーは食べられるようになったんで?」

「喧しい!相変わらず腹の立つ奴だ!私が王になった暁には真っ先にお前の特権階級を取り上げて平民に落としてくれるわ!」

 このままで本当に王になれると思っているのかね。

 敢えて口には出さずにリベルテは笑みを深めた。それがアレックスの苛立ちを更に募らせる。

 アレックスとリベルテの出会いは、アレックスが5歳のときだ。王であるアレックスの父によって引き合わされたが、その時から既にアレックスはリベルテが苦手である。魔のモノを食べさせようとしてくるし、アレックスの行動に一々口を出してきて気に入らない。「私は王子だ」という傲慢とも呼べるプライドがリベルテの存在を許せなかった。王子に意見するなど何様のつもりだ、と。

 リベルテは苗字持ちであるが、正確には貴族ではない。王がリベルテに「特権階級」を与え、リベルテはこの国で特別な扱いを受けている。例えば「個人がリベルテを独占してはならない」「王族であってもリベルテに行動の強制は出来ない」といったものがある。これによりアレックスがいくら命令しても従わないし、現王が許して居るのでリベルテに不敬罪は適応されない。

 たかが料理人風情を特別扱いする意味がアレックスには分からなかった。料理人など女神の力により不要のものとなった骨董品にも劣る存在であるというのに。

「それで?何しに来たんだ」

「ふんっ。敬語すら使えんのは変わらぬようだな。キサマに用などあるものか。私は…」

 流れで噂の事を口にしてしまいそうになったが、それでは自分が悩んでいるとリベルテに伝えるようなものだ。この男に弱味を握られたら、どうなるか分かったものではない。

「いや。食堂がどんな場所か見ておこうと思ってだな」

「ふぅん」

 リベルテは興味を失ったのか掃除を再開した。噂の真偽は気になるが、この男の前で食事をするなど考えただけでも悍ましい。急いで食堂から出ようと扉へと引き返す。

「そうだ、お坊ちゃん」

「なんだ」

「今度食べさせたいものがあるんだ。だから、またおいで」

「二度と来るか!」

 そう吐き捨てて扉に身体を滑り込ませてアレックスは食堂から出て行った。


「いいや。お前はまた来るよ」


 その声が妙にアレックスの耳に残った。

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飢えなき世界の料理人 怪畏腹 霊璽 @motipuni30

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