幼馴染のAT君へ

@teine_inaho

第1話

幼馴染のAT君へ


君とは高校の受験以来疎遠になったため、ここへ辿り着くこともきっとないでしょうが、長年封印してきたあの件のことを、そろそろ告白しても良いのではないかと思いました

中学生の頃からずっと僕を苦しめつづけてきた、君のお父さんの自殺のことです


あの日、僕は朝の5時すぎに、母親に叩き起こされました

「Tの家へいかないといけない」「はやく」

などと意味不明なことを言われベッドから引きずるように出され、

わけもわからずに、いつもの散歩ルートとは全然違う道で犬の散歩がてら、遠い君の家の前まで連れていかれました


君のお父さんは社長さんで、家は三階建。ガレージがマジックミラーで、大きな吹き抜けのある大きなお家でしたね

君の家の前に着くまで母は不気味なほど静かでしたが、君の家の前につくなり

「あれ、何かおかしくない?」と言いながら、君の家とお隣の家の間を指差しました


そこには、青い犬のリードを首にかけて宙に浮く君のお父さんと、その足元には転がったスツールがありました


母はわざとらしくその場にへたりこみ、僕は気が動転しつつも君の家の高い玄関まで階段を駆け上がり、チャイムを鳴らしました

朝5時すぎという時間だったのもあり、もし万一勘違いだったら、迷惑だったらどうしよう?と

そんなことが頭のなかをぐるぐるとまわっていました

人間というものは、パニックになると意味のわからないことを考えるものなのだなと思いました


普通であれば、こんな時間に何?などという反応をされてもおかしくはないと思いましたが

意外とはやく、そしてあっさりとおばさんがインターホンに出ました

僕が「おじさんが首を吊っているので来てください」と伝えると、おばさんと君のお姉さんが出てきました

お姉さんはドアから出る時点で既に泣いていました

僕は、こんな時間なのによくすぐに起きられたなと、妙に冷静に考えていました

お姉さんが「お父さん!」と叫びましたが、おばさんが静かにするように諭したのち、おばさんとお姉さんでおじさんを下ろし、ガレージの方まで引きずって行きました


僕は母に家に帰るよと言われ、心臓がばくばくしたまま家路につきました

家に帰るまでに特に会話らしい会話をした覚えがありませんが、大事にしたくないから人には言うな、とだけ言われました

帰り道の途中で、救急車のサイレンが近づいてくる音が響いていました


そして、家に帰ってから…

何もありませんでした

中学生の息子が知人の自殺現場を見たというのに、一切なんのケアもありませんでした。警察に事情を訊かれることもなく…

あまりにもいつもどおりの母の姿に困惑しました

その日はそのままいつものように登校しました

もちろん君は欠席でしたね

怖くて他の友人にも何も言えませんでした


僕には、あの件はただの自殺とは思えませんでした

おじさんの会社がうまくいっていないという話も少しだけ聞いていたし、何より母の行動があまりにも不可解でした

おじさんがあそこで亡くなっているのを事前に知っていたかのようでした

僕を第一発見者にさせたのは、おそらく警察に怪しまれた時のための予防策だったのだと思います

多少不自然なことがあっても「実は中学生の息子と一緒に犬の散歩をしていたら発見した」と母がいえば、警察もそう疑いはしないでしょう

「自殺に見せたいけど、近所で噂になるのもいやだから、死後なるべく早くに発見させたかった」と考えれば筋は通るかと思います

遺体は状態が悪いようにはみえず、生きているかのようにも見えたのでおそらく死後まもなかったはずです


僕はこの件に関して、真実を知るのが恐ろしく、母にも君にも何も聞けませんでした

母が犯罪者かもしれないというのも考えたくなかったし、遺体発見に自分が利用されたなどと考えるのもおぞましいことです


君は、僕がおじさんの遺体を見たことを知っていましたか?

おばさん、お姉さん、僕の母を怪しんだことはありましたか?


僕はこの時のことを今でも夢に見ます。

本当は、時効を迎えるころに警察に相談してみようかとも思っていましたが

時効が撤廃され、もし自分が相談したことで逆恨みされたら…と思うと、何もできませんでした


未だにあの光景を夢に見て、消耗する朝が多いです

家族連れを見るたびに、あの「父親」の姿を重ねて見てしまい、心が枯れていくようです

ハンガーに垂れ下がった衣服も苦手です

僕はあの件以降「家族」というものがおそろしく、誰も信じられずに1人で静かに生きています


願わくば、君はあの件に関与しておらず、ただの自殺としておじさんの死を乗り越えていますように

でも、万が一、あの件に疑問をもっていて真実を知りたいと思ったとき、これが君の助けになりますように




僕は最近、たまに何かに見張られているような気配を感じていますが、どうかそれが思い過ごしでありますように

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