妻として初めてのお願い
……強い光が収まると、私たちは見覚えがある部屋に立っていた。照明一つついていない薄暗い部屋、天蓋付きの寝台。でもここがどこか分からず混乱してしまった時の私では無い。
「ここ……ジーク様のお屋敷?」
「みたい、ですねぇ。状況が怪しくなったらまずティアーナさんを連れて逃げると決めてありましたから。命優先作戦、上手くいったようで良かったです」
つまり現状は……魔王の封印を解くだけ解いて、そのまま帰ってきたことになる。それはこの世界の目線で見てみれば──魔王の復活。私達は世界を救う勇者一行でありながら、状況を悪化させたにすぎない。
私とヨハンナはキョロキョロと周りを見渡す。しかしジーク様の姿がない。まさか一人魔王のところに残ったのだろうか。
「ジーク様? ジーク様!?」
「ティアーナさん、心配せずとも転移の術は三人共にかかっていました。きっと一人だけ降り立つ座標がずれたとか、そういう事ですよ。念の為、部屋の外を探してきます。ティアーナさんはまだ体が上手く動かないでしょうから、ここで待っていてくださいね」
心配で気が気でなかった私を気遣ってくれたのだろう。ヨハンナは部屋の外を見てきてくれるという。「大丈夫ですよ」と私の肩をポンポンと叩いてくれたヨハンナは、足早に部屋を出ていった。
(……いけない、私も早く体の感覚を戻さなくては)
私は自分の体を確かめるかのように、手を握って開いて、恐る恐る足を踏み出して……ゆっくりと、動作を確認していく。鏡に近寄って自分の姿を見れば、違和感の無い自分がそこに映し出されていた。ジーク様が作った人形の体は、見た目は恐ろしくそっくりではあったが、やはりどこか本来の自分の外観とは違ったのだろう。
「体は魔王を封じ込めた時のままの、二十三歳なのね」
「年齢は当時のままで安心したよ。せっかく年上好きなティアの好みのタイプになれたのに、本来の年齢通りになったらショックが大きいから」
どこからともなくジーク様の声がして、私は慌てて振り返る。するとそこには『私』を抱えた……いや、私の姿をした人形を抱えたジーク様が、それを寝台に横たえている最中であった。
「ジーク様、いらっしゃらないから心配したのですよ!」
「それは申し訳なかった。ティアの人形を回収しに寄り道をしていたんだ。……魔王城に置いたままにしていて魔王に奪われては嫌だからな。ティアそっくりの見た目をした人形だなんて、ティアを好きな者からすれば使い道が色々と多すぎる」
「使い道……?」
一体どのような使い道があるのかは分からないが、私は寝台に近寄ってジッとその人形を見つめる。瞼を下ろして眠っているような姿の自分を見るなんて気味が悪いが、先ほど鏡で見た自分より人形の方が若干美少女度が高いような気がするのは気のせいだろうか。
「……睫毛、人形の方が長いですよね。胸も若干大きいし、そこはかとなく腰のラインも本物より綺麗なような」
「気のせいだろう」
ジーク様は即座に否定してくるが、私と目を合わそうとはしない。若干気まずそうでもある。
(……さては、人形を作るときに自分の理想を足して作ったのね?)
「ジーク様の変態! その人形の体で初めて鏡を見たときに違和感があると思ったら……ジーク様の好みに改造されていただなんてッ」
「な……! 別に変態扱いは構わないが、俺は改造したかったわけじゃない。本当に俺の記憶上のティアはこんな感じで、人形はそれを忠実に再現しただけで」
「記憶上ほど美少女じゃなくてごめんなさいね。それにジーク様、私に嘘をついていたでしょう!」
私は皮肉を言いながら、ズイッとジーク様に寄っていく。
「嘘? おれはティアに嘘なんてついてない」
「ティアじゃなくて、ティアーナにです。だって私達……元々恋人なんかじゃなかったわ!」
私は自分の体に戻ってきて、今まで全ての記憶を取り戻していた。楽しかった旅の思い出も、仲間に真実を言えなかった辛さも──それ故にジーク様の告白を一切受け取らなかったことも。
「なのに元々恋人だった振りして、私を騙して!」
「騙してない。俺はハッキリと恋人だったとは明言しなかったはずだ。ただ俺は昔からティアを妻にするんだと決めていたから、恋人のように扱っていただけで」
「ズルい! 私の記憶が無かったからってジーク様卑怯だわ」
私が記憶を取り戻すのをジーク様が嫌がっていたのは、これが要因だったのではないかとさえ思ってしまう。すっかり膨れっ面の私を、ジーク様は笑いながら抱きしめた。
「それでもティアーナは、俺と一緒に過ごした日々を楽しいと思ってくれたのだろう? だから好きだと言ってくれて、今度は俺の手を取って……ティアとして戻ってきてくれたのだろう? その気持ちだけでいいじゃないか。今が良ければ過去なんて、どうでもいい」
「でも……ずるいのに変わりありません」
「そうだな、俺はズルい男だ。俺にとっては、魔王から君を引き剥がして結婚するのが一番の優先事項。今回魔王は封印を解かれて復活、俺たちは安全のため逃げ帰ってきたわけだが。……こんなリベンジを大前提とした流れであっても、君の旅はここで終了だ」
「……は?」
ジーク様が満面の笑みでまさかの言葉を吐くので、私は耳を疑う。
「だってティアーナは約束してくれたじゃないか。万が一魔王討伐に再度失敗した場合は、そこで諦めて俺と結婚すると。だから今からティアには俺と結婚して、子を産んで、死ぬまで俺と一緒に暮らしてもらうよ? 魔王なんてもう関係ない」
「あ……え、えぇ!? 確かに約束しましたけど、この展開でそれを言い出すのって……正気ですか? だって魔王復活しちゃったんですよ?」
明らかに、今後の展開としては「再度仲間を集めて魔王にリベンジし、今度こそ雪辱を果たす」というのがお決まりのストーリーだろう。なのにジーク様は私との約束を高々と掲げて「志半ばエンド」を取ろうとしている!
「俺は君と結婚したいがためにもう一度魔王の元へ向かったんだ。その結果は心底どうでもいい。命があって君と夫婦になれるなら、他はどうなったっていいんだ」
「待ってください! ジーク様は私の我儘な選択を許してくださるって話だったじゃないですか! だから魔王を倒して世界を平和に導くという目的にも同意してくれたんじゃ……」
「相反するものは、先約束の方が優先だろう? 無駄な抵抗はやめて、この屋敷に死ぬまで閉じ込められてくれ」
「……さてはジーク様、それが目的で殆ど戦わずに逃げてきたのですね?」
「それは想像に任せる。さぁティア、待ったは無しだ。今度こそ俺と結婚してくれ」
(どうしよう!? このままジーク様の要求を受け入れてしまうのはダメだし、でも勇者であるジーク様がいないと魔王討伐に向かえないし)
どうにかしてこの闇堕ち勇者を再度魔王討伐の旅に向かわせられないかと、私は必死に考えを巡らせる。そして一つの案が思い浮かんだ私はそれに全てをかけて口を開いた。
「……わかりました。今すぐジーク様と結婚しますし、死ぬまで一緒にいると約束します」
「ティア……嬉しいよ。ついにこの日が来たんだと思うと感無量だ……!」
ジーク様は心底嬉しそうに私の額と頬にキスをして。最後に唇に触れようとする。しかし私はその直前で言葉を発した。
「だからこそ、私たちの可愛い子供のために、安全で平和に暮らせる世界が欲しいのです。……妻としての初めてのお願い、聞いてくださいますよね?」
唇同士は触れる事なく止まり、ジーク様は呆気に取られた顔で私を見つめる。
「魔王なんかが存在する世界だと、私……怖くて、安心して子供を育てられません。だって魔王はあれだけ私を花嫁に迎えたがっていたから……私の子供に手出ししてくる可能性がゼロだとは思えなくて」
まだ存在もしない子供を質に取っているような気分だが、背に腹は変えられない。何でもいいから、ジーク様には魔王を討伐しに行く気になってもらわないと困る。私は必死の思いで頼み込んだ。
「お願いジーク様。私、ジーク様と幸せな家庭を築きたいの」
「……流石ティアだな、どう言えば俺が動く気になるか熟知している。分かった、今度は本気で魔王を倒しに行こう。その代わり、次回も自己犠牲は無し。ちゃんと俺の妻として振る舞うように」
「──ッ!! ありがとうございます。ジーク様、大好きです」
そうして私は自らお互いの唇を合わせ、お互いの約束の印とした。
記憶が無いのに勇者様に結婚を迫られました。恋人だったのですよね? 雨露 みみ @amatuyumimi
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