手向けの祈り
旅人が来たらしい。
しかも、話によると槍使いらしい。
なんていいタイミングなんだと、村人はみな口をそろえ旅人を歓迎した。
槍舞い、というものがある。
読んで字の如く、槍を用いて舞いを舞うことだが、古くからそれは、鎮魂の舞いとされていた。
そのゆえんは、一つの伝承だった。
世界を創り上げたのは、三体の神だった。
天を創りその下に大地を創り、大地に植物を生やし動物を創った神々は、大地を治める者として人間を創ることにした。
三体の神はそれぞれ知恵を絞り、自らの加護を込めた武器から人間を創ることにした。
一ノ神は自らの盾から、世界と関わりを持てるよう肉体を創り、二ノ神は自らの剣から、意志や信念を抱けるよう精神を創った。
最後に三ノ神が自らの槍から、肉体の朽ちし後も世界を見守れるよう魂を創り上げた。
そんな伝承があるため、槍は魂の象徴とされていて、槍を用いて舞うことが鎮魂とされるのだ。
もちろん戦士としての役割もある。が、槍使いは魂を鎮める僧侶としての役割も兼ねていた。
村の集会所に人が集まっている。
村長と向かい合うようにして座っている人間には見覚えがなく、俺は彼女が件の槍使いなのだと思った。
よく見れば、手元には短槍が置いてある。
「ようこそ、この村へ。何もないところですが、旅の疲れを癒やして行ってください」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、そうさせていただきます」
村長の言葉に続いて聞こえたのは低めのしっかりとした、周りに落ち着きを与える声だった。
その声が続けて語る。
「そういえば、ここに来るまでの家が、やたら傷ついているように見えましたが?
……何かに襲われた後、のように感じましたが」
集会所の空気が、僅かにその重みを増す。
「実は……あなたが来られる一週間ほど前に盗賊に襲われまして……」
「―――犠牲者が出た?」
「はい。本当なら村の祈祷士に頼んで、すぐにでも鎮魂の儀を執り行うのですが、今回の襲撃で祈祷士も斬殺されてしまい……」
彼女の顔が曇った。なんとなく、何かを思い出しているようにも見えた。
「なるほど。―――で、その盗賊は?」
「知らせを受けた近くの街の兵が、すぐに対処してくれました」
「では、私は槍舞いをすればいいのですね?」
重かった空気が、にわかに明るくなる。
「引き受けて、いただけますか?」
「わかりました。やりましょう」
話を聞いていた村人から、歓声が上がった。
村は槍舞いの準備で賑やかになった。
広場には薪が組まれ、四方には篝火が置かれる。
普段なら10年に一度の光景だが、それが今、ここに完成しつつあった。
子供ながら、俺も少しは手伝いをする。
薪を運んだり、槍舞いの後の宴会に出る料理の材料を取りに行ったり。
なんだかんだと忙しくなってしまった。
「―――あれ?」
村の外れ、材料を取りに行ったときに、俺は旅人の姿を見つけた。
自身の身の丈ほどしかない短槍を手に、畑をじぃっと見つめている。
「なにしてるんですか?」
俺は声をかけた。それでこちらに気が付いた彼女は、近づきながら答える。
「畑の様子を見ていたのさ。近年、妙に作物の出来が悪いからね」
「わかるんですか」
「坊や。私は元農民の子だったのさ。ちょっとした事情で槍使いになったが、今でも作物を見れば出来の良し悪しはわかるつもりさ」
俺は感心した。普通、農民の子なら一生農民のままである。
しかし、この旅人はその枠を壊していた。世間からは良く思われないだろうが、彼女は萎縮せずに堂々としていた。
「農民の子は農民だなんて、誰が決めたんだい? 機会さえあれば、可能性を試してみるのも人生さ」
彼女は笑いながら言った。それが凄く豪快で、思わず見ている俺も笑みがこぼれた。
「おっといけない。なにか用事があったんだろう? 早くしないと、親にどやされてしまうよ」
その言葉に、俺は視線を落とした。
「―――どうしたんだい?」
彼女の言葉が聞こえる。仕方なく、俺は質問に答えた。
「俺の親は、先日の襲撃で命を落としました」
「……そうかい」
それが聞こえると、そっと、柔らかい温もりが俺を包み込んだ。
「それは辛かったね……」
俺の眼から、涙が溢れる。今まで我慢していたものが、堰を切ったように溢れ出した。
ひとしきり泣いたあと、俺は涙を拭いて彼女に礼を言った。
「ありがとうございました。泣いたら、だいぶ楽になりました」
「そうかい。それはよかった」
彼女も笑いながら頷いていた。
俺は材料を取りに行くため、彼女と別れた。
夜になり、篝火に炎が灯された。
広場の中心には、高く組まれた薪を背に旅人が立っている。離れた正面には、犠牲者の遺骨を手にした村人が。
「では、始めます」
旅人がそう言った。
槍の穂先を保護する鞘を取り、石突を下に向ける。そのまま左手で槍を滑らせ弾ませると、それが合図だったかのように槍舞いが始まった。
スゥッと、白い筋が夜の闇を切り裂く。緩やかな円弧を描く穂先が炎に照らされ、ちらちらと瞬いている。
皆一様に黙り込んだ。元々槍舞いの間は静かにするものだが、これは意識して生まれる静けさではない。
槍使いの巧みな槍捌きによる、美しい槍舞いに、言葉を失ってしまっているのだった。
気が付けば自分の右足が一歩前に出ていることを俺は知った。他の村人も何人かはそうだったようで、慌てて直立不動の体勢に戻している人がいる。
気を抜けば穂先の軌道に吸い込まれそうになる。それほどまでに、その槍舞いは人を惹きつけるものがあった。
槍舞いはだんだんと佳境へと移っていく。穂先の動きは激しく、より速くなっていく。
もはや呼吸すら忘れるほどだった。瞬きすら惜しく、ずっとこの舞いを見ていたかった。
(凄い……)
漠然と、それだけ感じた。というよりも、それしか言える言葉が見つからなかったのだが。
同時に、体の中にある重たいものが、舞いに合わせて軽くなっていくのも俺は感じていた。
ぼんやりそんなことを考えていると、不意に穂先が天に向いてピタリと止まった。槍を高く掲げる姿は、神への祈りのよう。
穂先の動きに合わせ、ビタリと呼吸音が止む。パチパチという、木が燃える音しかしない。
静寂が永遠に続くかと思った時、旅人が硬直を解き槍を下ろした。
「終わりました」
彼女が言う。ぽかんとしていた村人だったが、彼女の言葉を理解すると拍手が湧き起こった。
「いや素晴らしい!! 今までで最も素晴らしい槍舞いでした!! ―――では、宴といきましょう」
村長の言葉で、たくさんの料理が運ばれた。
結局、俺から旅人に話しかける機会はもう無かった。
遠巻きに旅人を眺めつつ、俺はめったに食べられないご馳走に舌鼓を打った。
翌朝。
畑仕事の途中、村から出ていこうとする人影を見つけた。よく見ればそれは旅人で、思わず声をかけてしまった。
俺は彼女に近寄る。
「もう行っちゃうんですか?」
「ああ。あんまり一所にいると、どうしても旅に出たくなくなるからね」
見つかってしまったと、苦笑しながら旅人は答えた。
「昨日の槍舞い、凄かったです」
「そうかい? そりゃ、嬉しいね」
「俺もあんな槍舞いを舞ってみたいです。もちろん、もの凄い鍛錬が必要なんでしょうが」
俺の言葉に、旅人の顔が曇った。
「―――槍使いに、なりたいのかい?」
「え? ……そう、ですね。たぶん、そうなのかもしれません」
「止めておいた方がいい」
旅人は苦々しい口調ながらも、はっきりそう言った。
「槍使いになるということは、否応なしに戦いに身を投じることにもなる。
一時の憧れだけでなってしまうと、後々後悔することになるよ」
彼女の言葉は、諭すようなものだった。まるで、自分の生き方を否定しているかのような。
「私は槍使いになるべくしてなったが、坊やはまだそうじゃない。いろいろと、しばらくは模索してみるといい。
―――それでももし、槍使いになるんだとすれば、坊やとはまた会うことになるだろうね」
彼女は言って、俺の頭の上に手を乗せた。
「約束だ。もし坊やが槍使いになるのなら、そのときは私が武術を教えてあげるよ。
それまでに自分の生き方と信念を見つけな。
信念が無ければ、辛いものも我慢できないからね」
その言葉を残し、彼女はじゃあねと言って旅立っていった。
その後ろ姿が、俺の脳裏にいつまでも焼き付いていた。
あれから十数年。
俺は短槍を手に、世界を旅してまわっている。
オーウェンの短編妄想 オーウェン @owen_bb
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