オーウェンの短編妄想
オーウェン
膿
嘘をついた男がいた。
元々、その男は近くの村に住んでいたのだが、ある時嘘をついてしまい、村を追放された。
今は村外れの小さな丘に、小さな畑と家を立てて暮らしている。
私は旅の途中、ふらりとその村に立ち寄った。
豊かではないが、貧しくはない。
互いに互いが支え合う、結束力の強い良い村だった。
村長と話し合い、なんとか泊めてもらえることになった私は、この村のある異変に気がついた。
「ずいぶんと、咳こんでいる人が多いようですが?」
「はぁ、少し前から、咳ばかりの風邪が流行っているようなのです。しかし、悪化したという話も聞きませんので、大したことはないのだと思います」
苦々しい顔をしてそう答えると、村長は一つ、小さく咳払いをした。
「医者はいないのですか?」
少し表情を鋭くして、もう一度私は村長に訊いた。
「おりません」
たった一言、村長は短く答えた。
それから村長とわかれ、村の周囲をぐるりと探索した私は丘の上にある一軒家を見つけた。
興味に引かれ訪ねてみると、そこには30代の若い男がいた。
「あぁいらっしゃい。お客様なんて、珍しい」
そういって彼は、突然訪問した私を歓迎してくれた。
彼の出してくれたお茶と小さな焼き菓子を口にし、私は彼に一つの質問をした。
「なぜ、このようなところに?」
彼は微笑んで答える。
「村を追放されたのです」
「なぜでしょうか? 差し支えなければ、お聞かせください」
「私はある嘘をついたのです」
微笑んだまま、彼は言った。
「以前、私はあの村で医者をしていました。
人はもちろん、家畜なども診ていて、私はそれなりに村人の信頼がありました。
ですが、ある時、私の元に重病の村人が運ばれてきました。
運んできた村人は、先生、彼女を助けてやってくれ、お願いだ、と言いました。
しかし、彼女の病気は既に進行していて、もう私の手に負える状態ではありませんでした。どうやらそれは彼女にもわかっていたらしく、彼女は私に向かって小さく首を横に振りました。
このまま苦しませるより、少しでも早く、楽に逝かせた方がいい。
そう思った私は、彼女に眠り薬と毒を盛り、安らかに眠れるようにしました。
最初は薬だとおもって安心した彼でしたが、なかなか彼女が起きないのでついに私に訊いてきました。本当に、投薬したのか、と。
彼は私に真実を伝えました。私が彼女にやったのは、薬ではなく毒だと。
途端に血相を変えた彼は、私の家から出て行ったかと思うと、すぐに村長や他の男を連れて戻ってきました。
彼は悪魔だ。助かるかもしれない人間に毒を盛って殺したんだと、彼は皆の前で喚きました。
彼女の死体が目の前にある以上、私が何を言っても聴いてはもらえません。私は村から追い出され、出入りを禁じられました」
男は笑っていた。私は辛くはないのか、と訊いた。
「辛くはありません。私が彼女を安楽死させたのも事実ですし」
彼はそういって、ふと入り口脇の、窓の外を見た。
「村では今、風邪が流行っているそうですね」
そのまま彼は続ける。
「あの風邪は咳ばかりが出て、他に大した症状はみられません。
ですが、そのまま放置して進行させると次第に血を吐くようになり、最後には呼吸ができなくなって苦しみながら死に至るそうです。
しかも、咳ばかりの初期症状の時でなければ薬も効かない、厄介な病気です。
……彼らはいつになったら気が付くんでしょうかね?」
「村人には、伝えていないのですか?」
思わず私は、彼に疑問を投げかけた。
一瞬キョトンとした彼はすぐさま微笑み顔を作り、
「ええ。そもそも誰もここに来ませんしね。
それに、最後に村長は言いました。
『あんたは彼の言うように悪魔だ。悪魔はこの村には生まれんし住み着かん。あんたはもう我らとは関係の無い者だ』と。
……関係が無いのなら、わざわざ教えてやる義理も無いでしょう?」
彼は、心の底から笑っていた。
その後すぐに私は彼の家から出た。扉から出て、見下ろす位置に村はある。
……明日にでもこの村から立ち去ろう。
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