第10話 美少年は精神を削られて回復する
東入生高校生徒会執行部、副会長の本渡律貴は、生徒会室でぐったりとパイプ椅子に身を委ねていた。
理由としては、先程まで積まれていた仕事の山によってである。
なんとか色々な作業が終わり、後は帰るだけといったところだった。
体育祭では東入生特有で、何かしら対策を考える必要がある。
具体的には、身体能力がずば抜けている人のための対策である。
その筆頭が、非常に不本意ながらよく話すことになってしまう、北音鈴の存在であった。
元々、東入生高校は体育会系の部活が強く、全国大会に行っている部活が数個ほどある。それ故に、その部活動生の活躍の場とも、他の一般生徒が駆逐される場ともなっていた。
そのせいか、体育祭後に生徒会に寄せられる苦情は専ら、『全員が楽しめるようにして欲しい』というものだった。
それ以降、生徒会としてはその要望を無視する訳にもいかず、なんとか全員にとって楽しめる体育祭にすることは出来ないかと探ってきた。
その結果、体育会系の部活の生徒用と一般の生徒用のプログラムを二つ作るということだった。
そうすると、無論生徒会としての仕事は単純に2倍となる。
そういったことが積もり積もったのが、律貴の現状であった。
律貴はふっと息を吐いて身体に力を入れると、椅子から立ち上がった。
家に帰るために荷物を纏めると、生徒会室をさっさと立ち去った。会長がまだいた為に、戸締まりは丸投げした。
廊下を歩くと、自分の上履きがキュッキュッと鳴らす音と重なって、もう一つの足音が聞こえてきた。
相手は自分と反対側からやって来た。
律貴は顔を顰めて、思いっきり相手の顔を睨み付けた。
すると、相手も同じ様に返してきた。
相手は――音鈴だった。
この二人の仲の悪さは学校中に知れ渡っており、廊下等で言い合いに発展した時には必ずと言っていいほど、見物人が現れていた。
そんな時に二人が必ず思うことと言ったら――――晴河が同じ学校に通っていれば、ということだった。
律貴個人としては、音鈴の様な身体能力バケモノのせいで仕事が増えている為に、恨みが募るのも分からなくもないが、音鈴の方は何故律貴を嫌っているのか、律貴自身よく分からなかった。
音鈴はふっと目に籠もっていた力を抜いた。
「何してたの?」
「お前らみたいな奴のためのマニュアルと予定作りだ。プログラムはもう配ったろ」
「あぁ、そういえば」
音鈴からの質問に、律貴は眉間を揉みながら答えた。音鈴はその返答に、間の抜けた声を上げて、明後日の方向を向いた。
そんな『私、そんな事したっけ?』みたいな顔が律貴の癪に障った。
「お前らさぁ……本当に自覚しろよ。ヤバい動きしてるじゃん。だから俺達に仕事が回ってくるんだよ」
「そんな事言われたってしょうがないじゃん! 私は全力でやってるだけだもん!」
「だもん! じゃねえよ! お前らの尻拭い全部俺達じゃねえか! セーブしろとは言わん。なんとか穏便に収めろ! 何故壊す?! 何故ルールを破る?!」
「私分かんないもん!」
「知るかぁ! お前の理解力の悪さの問題だろ! それで許されるもんじゃないわ!」
放課後の誰もいない校舎に、二人の叫び声が響き渡った。最終的に、二人共息が続かなくなり、荒い呼吸音だけがその場に残った。
すると、外からはいつもながら太陽の光が射し込み、しとしとと何かが降る音が鳴り始めた。
二人はバッと窓の外を見て、外に向かって駆け出した。
お互いの顔を見ることもなく、ただひたすらに、一人の友達と会うために走った。
こういう時には二人の息はぴったりと合い、猛然と駆け続けた。
グラウンドで練習をした部活動生はポカンと口を開けて呆けていた。
「あれ、なに?」
「なんか仲良さそうに笑いながら走ってったな」
「アイツラ仲悪いじゃん?」
「……なんなんだ?」
「さぁ……」
そんな話がされているとは露も知らない二人は、爆走を続けた。
雨が降っているというのに、二人は傘も差さない。
急坂を登って、二人はいつもの公園へ辿り着く。
そこには既に晴河がいた。
二人を見つけると、晴河は微笑んで傘を持って近寄った。
「二人共傘さしてよ……濡れちゃってるじゃん」
「あぁ……ごめん」
「ごめんなさ〜い!」
律貴は少し申し訳無さそうに目を伏せ、音鈴は晴河に飛び付きながら元気よく謝った。
晴河は笑いながらそれを受け入れて、二人をタオルで拭いた。
律貴は濡れた猫の様に大人しく、音鈴は犬のようにブンブンと頭を振り回していた。
「それで、ケンカしてたの?」
「ケンカなんかしてないも〜ん!」
「こいつと喧嘩するのは時間の無駄だからな」
「なんだとぉ!」
「あ?」
晴河からの質問に二人は返すが、やはり喧嘩に発展して睨み合った。
晴河は呆れながら、二人の肩を無理矢理下に押してベンチに座らせた。
「ほら、二人共ケンカしない! 律貴も疲れてるんだから変に言い合わない!」
「「は、はい……」」
晴河からの一声で、二人はベンチに座って大人しくした。そんな二人に満足気に晴河は頷いて、その二人の間に座った。
雨は静かに降り注ぐ。
彼等はゆったりとした時間の共有者であり、居心地のいい空間を創る創造者であった。
その中枢たる晴河は、二人の間に笑顔で座っていた。
そんな一人から発されるオーラに、二人は眉を下げた。
((かなわないなぁ……))
二人は口角を上げると、背凭れに身を委ねた。
音鈴は晴河の腕に飛び付き、律貴は隣で本を開いた。
音鈴は満足したようでそのまま動きを止め、律貴は本が濡れなかったことに安堵した。
三人はそうして、天気雨を過ごした。
狐の嫁入りは天気雨 シト @shitowisdom310112
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