SONG GHOST

六脚かるこ

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「裏山で、面白いものを見つけたの。放課後、見に行かない?」


 学校の昼休み。私が食堂で弁当を食べているところに、友人の逆島はやって来て、いきなりそう誘ってきた。

 彼女が持ち込んでくる「面白いもの」は、大抵オカルトなものだ。重度のオカルト好きな彼女は、ネットでは簡単に見つからないような事や物を見つけては何度も誰かを誘っている。


 逆島ほどではないが、私も彼女同様オカルトに傾倒しており、度々彼女の誘いに乗っている。

 彼女の言う「面白い」は、大体、私にとっても面白い。

 私がその誘いに二つ返事で了承すると、彼女は静かに笑った。


 ◇


 放課後、裏山の麓で、私たちは待ち合わせをした。

 最初は一旦家に帰り、着替えてから行こうとしたが、逆島曰く「それだと間に合わない」らしい。なので学校が終わってすぐ、私たちは制服のまま裏山へと入っていった。


 整備された山道を彼女に案内されるまま、歩いていく。山中で聞こえる蝉の鳴き声が、肌に張り付くじっとりとした暑さを加速させている気がした。実際制服が汗のせいで張り付いている。大きめのタオルを持って来れば良かったと思っている中…。


「ねえ」

 不意に逆島から声をかけられた。

「幽霊の声って、どんなものだと思う?」

そんなことを聞いてきた。

「どうって…普通に生きている人間と変わらないんじゃない?」

そっちはどう思うの?と聞き返すと


「私はここにある、あれが幽霊の声なんじゃないかって思うの」


 どうやら件の場所に着いたらしい。そこは山に建てられた廃墟だった。

 建設途中だったのか、朽ち果てたからなのか、コンクリートが剥き出しになっており、この建物が元々どんな機能をしていたのか解らなかった。

 周囲は草木が生い茂っていて、侵入が困難のようだったが、そこはすでに逆島が開拓済みらしく、無理せず通れる通り道から私たちは入っていった。


 廃墟の中は、インテリアなどがほとんどないからか、外から見た時よりも広く感じた。よくある廃墟の内部のようだったが、その中で妙に目立つものがあった。

 部屋の中央に台があり、その上に古びたラジオが置かれていた。


 今にも壊れそう、というかすでに壊れていそうなラジオだった。

 逆島はそのラジオに近づくと、それの目盛りやアンテナをいじり始めた。

 そしてそう暫くしないうちに、ラジオから音楽が流れてきた。

 それと同時に人の声らしきものが流れてきた。


 『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪』

               『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪』



        『〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪』


「歌声?」

 のようだが、どこかはっきりとしない歌声だった。

 歌詞を聞き取ろうとすると、何故かモヤがかかったように聞き取ることができない。ラジオが古いからというよりも、歌声に理由があるようだった。

 なんとか聞き取ろうとして私の耳がラジオに密着するギリギリまで、近づけて聴いていると、逆島から声をかけられる。


 ここは彼女が裏山で廃墟探索をしている時に見つけた場所であり、ここにあったラジオの電源を点けたら、この歌声が聞こえたらしい。

 かなり偶然だったらしく、調べていく内にこの場所、この時間帯、そしてこのラジオに設定された周波数でこの歌声が聞こえるようになるらしい。

 逆島が家にあったラジオで周波数や場所、時間帯を合わせても、そのラジオからは聴くことができなかった。

 不思議なことに録音しても、録音機からはこの歌声が聴こえなかったらしい。つまり、このラジオだけで聴ける歌声なのだという。

 逆島がこういった代物を持ち帰らなかったのは珍しいなということを言うと、今にも壊れそうだったし、下手に触って壊れたらこの歌声がもうそのまま聴けなくなるじゃないと返された。


「私、これが『幽霊の歌声』なんじゃないかなって思うの。幽霊が歌を歌ったら、こんな風に霞かかった感じになるんじゃないかな。」

それに、と逆島は付け足す。

「そっちの方が面白そうじゃない?」

私はそれに同意した。


 ◇


 それから私と逆島は放課後、行ける日であれば、足繁くあの廃墟へと通っていった。

 廃墟の中で、ラジオを聴くと言うシチュエーションを楽しんでいたと言うのもあるが、何よりもラジオから流れる霞がかった歌声に不思議と惹かれていた。


 そんな日々を送っていると、ある日から奇妙なことが起こり始めた。

 ラジオでこの歌声を聴いていると、途中からもう一つ、別のところから重なるように歌声が聴こえるようになった。

 あの霞がかったような歌声だ。ラジオ越しではない。

 最初は気のせいだと思っていたが、逆島からも聴こえるようだった。

 そして歌声が終わる時間帯になり、ラジオから歌声が消えると、もう一つの歌声もそれを追うように消える。そういった日が続くようになった。

 そしてそのもう一つの歌声は、日を追うごとに大きくなっていった。


 ◇


 その日、私たちがいつものように、廃墟に入り、ラジオを点けるとそれは起きた。

 現れたと言うべきだろうか。

 ラジオから歌声が流れてすぐ、私たちはその存在に気づいた。

 歪みだ。陽炎とは明確に違う、球状の大きな、ヒト一人を包み込めそうなくらいの空間の歪みが廃墟の入口にいた。

 すぐに気づけたのは、その歪みから、あの歌声が聴こえたからだ。


 その歪みが私たちの方へ近づく。

 私たちは咄嗟に、ラジオから離れる。歪みは私たちを気にする様子はなく、そのままラジオの方へと近づいた。


 ラジオが歪みに包み込まれていく。そしてラジオが浮かび、歪みの中心でくるくる回転し始めたその瞬間。

 歪みの中心にあったラジオは、まるであらゆる角度から圧力がかけられたかのように潰れた。

 そして歪みから発せられた歌声は、歌声自体は変わらないが、絶叫のようなものになった。


 猛獣の咆哮のように、歪みの絶叫に身の危険を感じた私と逆島は一目散に、廃墟から逃げ出した。

 急いで山を駆け降りる。枝木などで傷ついたが、気にする暇はなかった。

 歪みは追いかける様子はないようで、私たちが走れば走るほど絶叫は遠ざかっていった。


 気づいたら私たちは、裏山の麓の入り口にいた。

 走り終えた私たちの服は汗でベタベタで、息は荒くなっていた。

 その日はもうお互い、何も言わず、それぞれの家に帰ることにした。


 ◇


 次の日、私たちは、特に何事もなくいつものように学校へ登校していた。

 最初は、そのまま1日が過ぎると思っていたが、昨日のせいか、自然と逆島とあの歪みの話について話すことになった。

 あれが幽霊?そもそも幽霊じゃなかったのかも。

 だったらあれは何だ?といった疑問や考えを重ねるような会話をしていくうちに、ふとこんなことが私の頭の中に浮かんだ。


「逆だったとか?」

「逆?」

「あれが幽霊が歌ってる歌声・・・・・・・・・なんじゃなくて、歌声そのものが幽霊になったもの・・・・・・・・・・・・・・・だったとか?ほら、なんかのマンガであったじゃん。人以外の物とかが幽霊になったってやつ――。」


 それを聞くと彼女は妙に納得したような顔になった。


「じゃああれが来たのは…」

「『仲間』だと思って引き寄せられたとか?」

「……」


 一瞬、その場で私たちは黙考した。

 結局は、彼女の幽霊が歌っている歌声かもしれないという考えに、想像を重ねただけだ。あれが歌の幽霊だという、確証になるものは無い。

 確証になりそうなものも、一瞬でラジオを圧壊させるような何かだ。

 そんなのに態々近づいてまで、調べに行こうとするほど命知らずではない。

 考えれば考えるほど迷宮入りになりそうなので、この話はそこで切り上げた。


「でも」


 最後に逆島は言った。

「そっちの方が面白そうね。」

 そう言って彼女は静かに笑った。

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