【第4話】異変(awakening)

 数日後、ダリウスはアナリシス社の本社に呼び出されていた。


 何か、やらかしただろうか。ダリウスは、微かに緊張しながら、巨大なビルを見上げる。そして、目的の部屋に向かう。


 そこは、幹部が会議をする為の部屋で、長机に椅子が並んでいる。そこには、質の良いスーツに身を包んだ男性が三人。全員がダリウスと同じか、それ以上の歳で、抑制された威圧感があった。


 一番若い男が、ダリウスを睨み、


「すまんね。突然。実は緊急の事案が発生してね、君を招集するという判断になった。私は、クアントリル。アナリシス社最高情報責任者だ」


 緊急の事案―ダリウスは僅かに指先が震えるのを感じた。


 クアントリルはタブレットを取り出し、


「現在、Analysisを運用、管理しているサーバにバックドアが仕掛けられ、何者かによる不正アクセスが行われていることが判明した。侵入者は、得られた情報を使い、数十人の行動制御を不正に利用しているらしい」


 行動制御―文字通り、Analysisの機能の一つであり、ユーザの行動を制御するシステムのことだ。睡眠を一定時間必ず取るように催促したり、悪習慣を行わせないようにするような単純な物から、資格取得やダイエットのサポートを行うものまである。


 ダリウスも一度、ダイエットでAnalysisを使用しているのを見たことがあるが、サポートとしては申し分ない働きをしていた。例えば、月に五キロ痩せたいとする。その場合、それをAnalysisが可能かどうか検討する。Analysisは(過去のデータがあれば、だが)膨大な生体データを分析し、現実的に可能かどうかを判断する。


 可能であれば、ウェブブラウザ使用時に、ダイエット情報の入ったサイト(同じような条件でダイエットをした人の満足度が高い)を自動表示したり、逆に悪習慣に繋がるような広告やサイトを表示されにくくする。


 また、ダイエット時(運動等をしている時)の生体データを取得し、苦痛度を測定し、習慣化が可能かどうかを分析する(余りにキツイと習慣化されない為)。また、習慣化されない場合は、生体データを利用し、その人にあったダイエット法を表示することもできる。


 もちろん、ダイエットをする際の引き金となった無意識的な「何か」をさり気なく生活環境に入れ込んでいくのも忘れない。例えば、痩せた美女のCM等。


 何人もの操り人形―そんな光景がダリウスの脳裏に浮かぶ。


「目的は不明。犯人を特定し、目的を暴く。逆でも良い」クアントリルが声を荒げる。


「待ってください。警察には通報したのですが?」ダリウスは枯れた声で訊く。


 クアントリルは、他の幹部と目を合わせ、苦い顔をする。


「この件には、ジョン・アルドリッチが関わっているとされている。つまり、分かるね?」


 ダリウスは、名前を聞き、微かに呻き声をあげる。


 ジョン・アルドリッチ。かつての戦友であり、お互いの信じる物の為に袂を分かった相手。彼は今、聖骸教会と呼ばれるカルト宗教に居る。


 聖殻教会―かつて、アドニスが潜入調査を進めていた新興宗教団体。AIによる徹底した行動制御によって、ヒトは幸せになれる、という過激派組織。ヒトをさらなる段階へと進化・発展させるという目的で、アナリシスを利用していた。


 アルドリッチは任務を放棄。教祖の指示の元、アナリシス社の情報を不正に入手するようになる。


「かつて、この社でAnalysisに関わっていた彼が、この件に関わっていると世間に公表されれば、どうなる」


「なるほど」ダリウスはため息をつく。


クアントリルは、タブレットで何かを見ると、「君は、かつて米軍でテロリストやゲリラを追跡、暗殺する業務を行っていたようだね」


「そう……ですが」ダリウスは、クアントリルを睨む。クアントリルは、視線を逃がし、


「アルドリッチの行動パターンを予測し、対処してほしい。勿論、他言は無用だ」


 ダリウスは無言で頷く。


「現在、操られている者たちだ。これらデータを元に、調査を行ってくれ」


 ダリウスは、タブレットに表示されたデータを確認する。


「人種、年齢、性別、職業、居住区、言語、経歴……どれも共通項がない。移動するルート等に交錯がないかも調べたが、何もない。お互いの面識もない」


 つまり、調査はどん詰まりという事だ。


 ダリウスは幹部らの視線が、自分に集まっていることに気づき、うつむく。

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ブラック・ウルズ 特殊軍事作戦 賢川侑威 @kawaibabu

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