お菓子の謎③

 僕には小学一年生の弟がいて、そいつの話なんだけどね、弟の友達には明石君っていう子がいるんだ。

 随分と色白でね、なかなかカッコいい見た目してる。


 それで昨日の放課後のことなんだけど、授業が終わって何人かで教室に残ってこれからの話をしていたらしいんだ。あ、これからって言っても別に将来の話じゃなくてあくまでこれからの遊びの話。


 それで一緒にいた一人が教室の前を通りかかった男子に声をかけたそうなんだ。

 その子の名前は中川くんていうんだけど、中川くんは弟ともクラスは違うし、彼らたちの中で誰も一緒の幼稚園の子もいないから殆ど知らない子だったらしい。でも最近合同授業があってそこでちょっと仲良くなったんだそうなんだ。

 だから一緒に遊ばないかって。

 そう声をかけたらしい。


 中川くんはきっとすごく嬉しかったんだと思う。何度も頷いた。

 それから弟たちは一旦家に帰ってから支度をして、ある公園に集まってから明石くんって家に行ったらしい。


 どうにも明石くんのお母さんの趣味がお菓子作りでお店で食べるよりもおいしいって明石くんが自慢するものだからそれじゃ食べてみたいってなったそうなんだ。中川くん以外は一度明石くんの家にはいったことがあるらしい。でもお菓子を食べたことはなかったんだ。だから今回はその日だった。

それからみんなして明石くんの家に押し掛けた。


 当然、みんな明石くんのお母さんに挨拶するよね。中には親から持たされたお菓子やジュースを渡す子もいて、僕の弟もそうしたそうだ。

 中川くんも例外じゃなくて食べ物か何かが入った袋と手紙を持ってきた。おそらく中川くんは初めて明石くんの家に来るし、面識も一切ないから、家に行くことを聞いた中川くんのお母さんが持たせたんだと思う。きっと「お世話になります」ってな感じのをさ。


 もしかしたら電話番号をとかも入っていたのかもね。

 子供が家にお世話になったりすると親が連絡して礼を言ったりすることって結構あるから。ましてやまだ小学一年生だし。

 それから明石くんの部屋にみんなしていったらしい。

 自分の部屋を持てていいなあ、とかそういうことを言い合ったりしていたそうだよ。


 で、すぐに明石くんのお母さんが焼き立てのお菓子を持ってきてくれた。

 飲み物も持ってくるからまだ食べないで待っててねって言って戻ったんだ。

 みんなちゃんと言いつけを守って――というか、明石くんが守らせたらしい。まあお母さんの自慢のお菓子だからちゃんとした状態で食べさせたいよね。それで待っていたんだ。


 けれど。

 急に大慌てで明石くんのお母さんがやってくるとせっかくのお菓子を持って出て行ってしまったんだ。

 これは失敗作だから。


 今からもっとおいしいお菓子を買って来るからって。

 明石くんは当然お母さんに縋ってどうしてって言った。半分泣きそうになっていたそうだ。まあ普通そうなるよね。


 でもお母さんは怖い顔をして、言うことを聞きなさいってきつく言ったそうだ。

 それからお通夜みたいに静かになって、十五分後に明石くんのお母さんが買ってきたお菓子を持ってきたらしい。


 みんなはそれを食べた。

 実際においしかったらしいけど、でも明石くんはずっと不貞腐れたままで結局食べたらすぐに解散になったそうだ。




「これで話はお終い」

「……なるほど。おかしな話だね」私は眉を寄せて唸った。「明石くんのお母さんは一体何がしたかったんだろう?」


「でしょ? 変だよね」

 小僧が同意する。

「うーん。本当にお菓子が失敗したのかな」


「それはないと思いますね」盗み聞きしていたであろうタンクトップイケメンが顎に手を当てながら息を吐く。「ふう。まあ――僕が思うにこれはそんな難しい話でもないですよ」


「本当ですか?」小僧が身体の向きを変えイケメンを見る。「よければ聞かせてください」

「いいでしょう」イケメンは頷いた。「そのお母さん実はショタコンなんですよ」

 ――は?

 いきなり何を言っているの?


「しょたこん……」

 小僧が額に指を当てる。


「小さい男の子が好きなあれですよ」イケメンが髪をかきあげ、「お母さんは沢山の子供たちに囲まれ興奮していたんです。さらにおそらくは新参者の中川くんが好みだったんでしょう。もっと気合を入れお菓子をつくるべきだと後悔したんです。本気でない菓子を食べられてこんなものかと思われるわけにはいかない。だから今回は涙を飲んで市販のものにしたんです」


「……なるほど。大人の視点から見ると全然違うんですね」


 小僧が感動したようにいう。

 違う!

 絶対に違うでしょ!

 大人の視点ってこいつを代表のように言わないで!


「いや違うな」


 再びテーブル席置くから声。老人らしいしゃがれた声色がイケメンの意見を塗り消す。


「……彼が大人? ふん、私からすれば子供と同じ」シルクハットの老人は新聞を折りたたむとコーヒーを一口飲み、「うまい……これはコーヒーのようにビターな話なんじゃ」


「ほう? ぜひお聞かせ願いたいですね」イケメンが挑発気味に言った。

「ふふん、よかろう」老人は腕を組むと語りだす。「この母親はな、昔パティシエに憧れておったんじゃ」


 ……はい?

 どっからでてきたその話は。

 私の疑問など当然のように届くこともなく老人はニヒルに笑う。


「しかしその夢はあえなく潰えてしまった。それから結婚し子を産み……夢の情熱はおそらく子育てに注がれたに違いない。母親はな、子のためなら本当に強いんじゃ。夢の挫折すら力に変える……」


「なるほど……」

 なぜかイケメンが共感を示す。

「……」メモを取る叔母が横にいた。

 もう意味がわからない。


「そんな母親は夢をあくまで趣味で続けることにした。子がそれを店よりもうまいといってくれるだけで生きていけた。充分満たされていたはずじゃ。それなのにその夢への未練を再燃させるものが届いてしまった――中川少年母の手紙じゃよ」


 老人はもう止まらない。


「そこにはきっとこう書かれていた。『あなたがまだお菓子作りを続けていたとはね。まさか子供が同じ学校になるなんて思っていなかったけれど。うちの子の舌は肥えているわよ。満足させられるかしら?』とな。中川くんの母親は何を隠そう明石母のかつてのライバルだったんじゃ!」


 老人は指をなぜか私に指をつきつける。


「だから最高の菓子を食べさせるために一度取り上げたんじゃ。きっと中川少年は近々再び家に呼ばれるだろう」

「おお……!」


 イケメンと小僧が驚嘆し拍手をする。叔母もしだす。

 老人は喝さいを浴びる歌手のように手を広げ天井を仰ぎ見る。

 ……もういいよそれで。

 随分と想像力がたくましいことで。


 私がそう諦めかけていたとき、今度は窓際から声がした。


「……恋。恋ねそれは」女子高生が気だるげに窓を眺めながら、「きっとその母親の元カレが……中川くんに似ていたのね……」


「……またなんか始まった……」


 この流れはいつからできあがっていたのか。


「母親は元カレに出したお菓子をまずいと捨てられた過去があったの……。だからそのときの思い出がフラッシュバックしたのね。可哀想に……」

 もう明石くんのお母さんは怒っていい。


「……でもそれなら怖い顔をして急にお菓子を取り上げたのも納得できますね」イケメンが頷く。お前は他人に同意しかしないのか。

「確かに……」と小僧も同様のようだった。


「最近の女子高生というのはなかなかなものを……」聞きようによっては酷く誤解を受けそうな物言いをする老人。


 この混沌とした状況にいい加減疲れ果てていたところ、今度は横から鈴の鳴るような声がした。


「あのー……」叔母さんが手をあげる。今度はなんだ。「私も自分の意見を言ってもいいでしょうか……?」


 私たちを見渡しながらおずおずと手をあげ、もう片方の手でお盆を持ち口元を隠す。人見知りなのかなんなのか、わかったもんじゃない。


「もちろん。弟のためにも」

「ぜひお願いしますよ」

「勝手にせい」

「……恋の予感」


 最後のは意味わからないが、とにかくみんなからの許しが出た。

 というか、ここ叔母さんの店なんだけどね。


「あのですね」叔母さんは一生懸命に話し出す。「中川くんって子、アレルギーがあるんじゃないでしょうか」

「アレルギー?」


 私が訊き返すと叔母さんは頷き、


「うん。その中川くんが持ってきた手紙もね、そうじゃないかなって思うの。ほら、中川くんってみんなとクラス違うから給食も別でしょう? そうなると違うクラスのみんなにはアレルギー持ちだって言わない限りわからないじゃない? でも小学一年生になったばかりじゃ自覚も殆どないでしょうし」


「確かにそうね」


 高学年になれば違うだろうけど、ついこの間まで幼稚園児だった子が自分の詳しいアレルゲンを理解しているなんて思えない。


「中川くんは家に帰ってお母さんにどこにいくとか何しに行くとか話したと思う。そのときにお菓子のことも。だけど子供だし、ましてや浮かれてるから言ってもきかないこともあると思う。だから手紙で明石くんのお母さんにそのことを伝えたの。

 でもその手紙を読んだタイミングがお菓子を出した後だったから、慌てて戻ってお菓子を取り上げたんじゃないかなって……」


「なるほど。でもしかしですね」イケメンが手をあげる。「それではなぜ他の子の前でそうと言わなかったのでしょうか? また中川君以外の子ならお菓子を食べられたでしょう」


「そんなこともわからんのか」老人が割り込み言った。「せっかく仲良くなり始めた子――それも初めて家に来た子に対してみんなの前で『この子はアレルギーっていうものを持っていてこのお菓子は食べられないの』なんていってみろ。きっと泣くぞ」

「むう……正論ですね」


 老人の言う通りかもしれない。

 そんなこと、私が明石くんのお母さんの立場なら言えない。


「そう」


 叔母さん既に冷えたお茶の入っている器を見つめ、


「だからお菓子を取り上げて、手紙に書かれているアレルゲンの使われていないお菓子を買ってきた。そうすることでその場で中川くんだけを仲間外れにしたり、もしくは特別に扱うことを避けたんだと思います。みんなにアレルギーのことを言わなかったのもそうで、他の子……特に明石くんが中川くんのせいでお菓子をみんなに食べてもらえないなんてことを考えないようにしたんじゃないかと」


「なるほどねえ……」


 私は心底感心していた。

 正直この叔母の事を見くびっていたかもしれない。

 こんな一面があるだなんて思いもしなかった。

 見れば一同私と似たり寄ったりの反応をしている。


「こりゃ一本取られたわい」と老人が唸る。


「いやあ、素晴らしい。これは喫茶店ホームズですよ。いや、女性だからマープルかな」


 イケメンが拍手する。


「マープルは老女だよ。それよりも新しいものがいい」小僧が人差し指を立てる。

「……ミス・フォレスト」


 女子高生がポツリと呟く。

 

「それだ!」イケメンが再び同意する。「それがいい! このお店にあやかりミス・フォレストがいいですよ」


「それで決まりだな」

 老人が頷く。


「……名づけ親は私」

 女子高生がふふと笑う。


「では名探偵ミス・フォレスト誕生に拍手を!」

「わあ!」


 イケメンが大きく手を叩き、小僧が声をあげる。

 老人と女子高生もそれに続く。

 なんだか私もやらなきゃいけないような気がして同様に拍手する。


「え、え?」叔母さんが戸惑ったように、「え、私? 私が……?」

「そうじゃ、あんさんは見事解決したんじゃ。今日からここは探偵喫茶ミス・フォレストじゃ!」

「え? うそ」


 叔母さんが俯き、お盆で顔を隠す。

 やりすぎたのかもしれない。

 私は騒ぐみんなを制するように、


「みなさん、悪ふざけはここらへんで――」

「ふふ」

「花蓮さん?」


 なぜかお盆の向こうから笑い声が聞こえる。


「なんかとても嬉しいので今日はおごりです!」

「花蓮さん!?」


 あんた人見知りっていうのはどこいった!

 治ったのか!?

 この短時間で!?


「うおー!」

 イケメンが雄たけびをあげる。みせつけるようにその筋肉を誇示し、

「我々は、ミス・フォレストの取り巻き第一号ですな!」


「しかり」


「……恋の悩みも解決してくれるかしら」


「今度は弟も連れてきたいな」


 どいつもこいつも好きなことを言っている。

 ああもう!

 誰か、この状況を解決してよ!

 私は心の中で精一杯叫んだのだった。

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ミス・フォレストーーお菓子の謎ーー 野中 春樹 @haru0148

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