お菓子の謎②

 あれから三週間が過ぎた。

 勿論大学にも行かなければならなかったから毎日必ず来れていたわけではないけれど、それでもできるだけ来ようと努めた。

 なんというか花蓮叔母さんはあまりに危なっかしい。


 お皿は割りそうになるし、コーヒーの種類は間違えそうになるし、砂糖と塩を間違えるなんてもう漫画でもやったらべたすぎてつまらいようなことを平然としかける。

 しかしそんなんでも、容姿がよく、母に似て(私に似ていなくて)胸もでかいもんだから一回しつこいナンパにあって大変だった。

 私が商店街のでっかい魚屋のおっちゃんと仲が良くなかったら本当に危ないところだったろう。


 まあでも大変なことばかりではない。

 この店は人があまり多くない反面、それこそ静かで落ち着きがあるし、外からの見てくれと違って随分と中は小奇麗だし、風鈴も慣れれば季節感関係なく悪くない。流れるクラシックも私好みだ。むしろ勉強なんかには持って来いで、図書館行くよりも近いうえに客がいないときや用がないときは本を読んでたっていいっていうんだから、どう考えても他のバイトよりずっといい。


 給料弾むなんていってたけど経営は甘くないだろうからそれは辞退した。あくまで最低賃金で構わない。半分くらい読書しに来ているようなもんだし。

 私はコーヒーを片手に店内を見渡す。

 どうもこの店は通好みの客を獲得していっているようで、ちょこちょこと変わった格好をした人がいたりする。


 まるでチャップリンかおまえは、と突っ込みたくなるようなシルクハットを被った老人や、ひたすら窓際を選び続け恋をしているかのように窓外を見つめながらため息をつく女子高生。春先のめちゃくちゃ寒い日であっても頑なにタンクトップで現れる褐色肌のイケメン。

 そして、


「いつもの」

 とカッコつけながらホットミルクに砂糖をいれたものを頼むニューヨークヤンキースの帽子を被った短パン小僧。

 これら意味不明な人種に気に入られたこの喫茶店は一体どこを目指しているというのだろうか。


「固定客は嬉しいわあ」

 なんて言いながら自分だけ和風の器で緑茶を啜るこの店主がある意味で一番おかしいのかもしれないが。お前はコーヒーじゃないのかよ。


「あ、僕も緑茶を」

 イケメンが花蓮叔母さんに気づき手をあげる。

「ごめんなさい、緑茶はやってませんの」

「……そうですか」


 叔母さんは笑顔で断り、イケメンはしゅんと落ち込む。

 なんだこれ。

 確かにメニューには書いてないけれど。 

 でもさ、いいじゃない。出してあげれば。

 ずずず、ととても美味しそうに緑茶を啜る叔母さんを見ながらイケメンはコーヒーを啜っている。子犬みたいだ。もしくはお菓子を取り上げられた子供。

 ……なんか可哀想になってくる。


「……花蓮さん、出してあげれば? 緑茶。常連さんなんだし……」

 私がそっと耳打ちすると叔母さんは、

「うーん、でも喫茶店で緑茶って似合わないでしょう……?」

 あんたが今飲んでるんだよ! すごくおいしそうにな!

「じゃあ特別よ?」


 よほど私が不満げな顔をしていたのかどうか、叔母さんは指を振るとウインクして急須に茶葉を入れ始めた。それを見ていたイケメンはわかるほどに表情を弾ませる。


「……寒い日には日本人なら緑茶。そう、今日は冷えますね……」


 ぼそりぼそりと呟くイケメンはすごく気持ちが悪かった。なら上を着ろといいたい。

「さあ、できたわ。海子ちゃん持って行ってあげて」

 湯気の立った緑茶を渡され、私は渋々とイケメンに近づく。

「お待たせしました」

「どうも」


 イケメンはテーブルに額をつけそうになるほどの礼をし、爽やかな笑顔をこちらに向けてくる。いやあ、もう怖い。歯並び良すぎることが怖いって感じたの初めてだ。

 カウンターへと戻り、茶を啜るイケメンを見ているとわかったことがある。

 喫茶店とタンクトップと緑茶って組み合わせ悪いってこと。これはウナギに梅干し――それは食い合わせか。どっちにしても同じようなものだろう。

 視線を逸らし息を吐くと読みかけの本を開いた。

 しかし、


「ねえお姉さん」

「……なによ」

 短パン小僧の呼びかけにため口で答える。

 なんだかこいつはよく話しかけてくるのでいつの間にかため口になってしまっていた。


「……今、僕悩んでいるんだ」小僧はふうとまるで涙を隠す高校球児のように帽子を目深にかぶり直し、ちらりと「話を聞いてくれない?」

「やだ」

「そこを頼むよ」

「なんで私なのよ」

「そこにいたから」

「じゃあ、はい」カウンターの端に移動する。「これでもうそこにはいないでしょ」

「そういうのは先生に屁理屈って言われるんだ」

「残念。もう先生にそういうことを言われる歳は過ぎてますう」

「年上が歳の話をするといたたまれない……」

「ずっころすよあんた」噛んだ。「ぶっ殺すよ!」


 随分とこなれたガキんちょだ。小僧はくくと笑いを漏らすと、


「でもお姉さん、本当に聞いて欲しいことなんだ」

「……」

「お願い」

「……」


 私が黙っていると、テーブル席の奥から声が聞こえた。「……ここのウエイトレスは胸もなければ度量もないの……」

 きっと視線をそこへ向けた。見れば老人は新聞で顔を隠している。しかしあいつしかいないだろう。


「はあ……」今度は窓際の女子高生の方から溜息が聞こえてくる。「恋か……そういえばあの人は子供に優しい女が一番素敵だって言ってたな……」


 なんだ。

 なんなんだ。

 何かを仕組まれているのか?

 それともこいつら全員グルなのか?

 私はどうにもいたたまれなくなって、


「わかったわよ。話しなさいよさっさと」

「ようやく許可が出た」小僧はにたりと笑むと両肘をつき手に顔を乗せる。「では……」


 しん、と店内は静まり返る。

 明らかに誰もが耳をそばだてている。

 なんだよ、怖い話でも始まるのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る