ミス・フォレストーーお菓子の謎ーー
野中 春樹
お菓子の謎
どうしてこんな辺鄙なところで営業している喫茶店でバイトをしているかといえば、ただの親戚の付き合いであるという以外に説明ができないようである。
私はもっとおしゃれで気取った、それこそ雑誌で取り上げられるようなカフェで給仕したいのだけれど、どうも親がしつこい。
「花蓮ちゃんのとこでしか認めないよ」
そう母はずいと鼻と鼻がくっつこうかってくらいに近くまで顔を寄せてきて私に言った。
あ、毛穴綺麗だな、とか、シミとか皺とか全然ないな、とか、こりゃ私もこれくらいの歳になったときは安泰だな、などと思いながらその母の迫り顔と言葉を顔面一杯に受け止めていたわけだけど、いやまあしかし……これは私の方が肌荒れてるんじゃないって思っちゃったね。
思春期のニキビは青春の証なんてよく言われるけれど、ニキビって結構跡に残るというのに青春もくそもないのだ。
大人になっても残る跡なんて青春だったね~で済ませられない現在進行形で悩みになるんですけど! とかなんとか言っても毛穴の油とストレスはなかなかコントロールも効かないしどうしようもない。
いやまあ、全く話に関係ないんだけれども。しかも未来の話だし。
「花蓮ちゃんのとこで働きなさい」
ちなみに花蓮、というのは私の叔母である。つまりは母の妹に当たる。
「なんでよ」
私がそう疑問を口にすると母は腰に手を当てとても偉そうに言った。
「花蓮ちゃん人見知りだからバイト雇えないのよ!」
「喫茶店などやめてしまえ!」
そう私が叫んだのも仕方のない話である。
どうして喫茶店などを始めてしまったのか。
「夢だったんですって。お金だって必死にやりくりして始めたのよ」
少なくとも人見知りが持つような夢ではない。
「無口な渋いマスターに憧れたそうなの」
そりゃ憧れの意味を自分ではき違えたのではなかろうか? 憧れといっても恋愛的な意味で『無口で渋いマスター』に憧れたんじゃないのだろうか? なんで自分が無口なマスターになっちゃってるのだろうか。
しかも渋くない、どちらかといえば愛らしい方へ……。
「と・に・か・く――花蓮ちゃんのとこでしかお母さん、バイト認めません」
母が身を乗り出すように上半身を前屈させ、人差し指を私の鼻にちょこんと当てる。胸でけー……私貧乳なのに。
「わかった?」
「……あい」
巨乳の圧に押されるように私は返事をしてしまう。
しかしこりゃおかしくないだろうか?
いや、胸の話じゃなくて。遺伝子の話じゃなくて。
大学生になった娘のバイト先を勝手に決められちゃうなんて、絶対おかしいでしょう?
▲
かくして喫茶店のバイトウエイトレスとなった私こと白羽見海子は叔母の経営する喫茶店に向かっていた。
叔母――と一口に言っても母と花蓮叔母さんの年齢はそれこそ姉妹と言うにはやや気後れするくらいに離れている。だからこそ母はああも花蓮叔母さんに対して過保護的なのだけれど、だったら実の娘である私にはどうして過保護じゃないのとか色々な疑問は尽きないのだが、まあとりあえずは心のうちにしまっておく。
人生初バイトである。
高校生の時は特に何もせず――というか親の許可も出ず、ただ家に帰ってはスマホを弄っているようななんの面白みもない生活を送っていたものだから「ええ、叔母の喫茶店?」とか言っていても案外口元は緩かったりする。
微妙な賑わいを演出する商店街を抜けるとその端っこの端に喫茶店はある。
私もまだ行ったことはない。
見れば叔母の店だと知っていなければ「こりゃすぐ潰れそう」と口に出してしまうであろうものがそこにはあった。
「……これは」
本当に新しくオープンした喫茶店なのだろうか?
絶対おしゃれではつけていない完全な天然らしき蔦が茂っているその様はまるで今にも取り込んだ虫を溶かそうとしている食虫植物のようだ。もしくはRPGで出てきそうな蔓で相手を締めあげるモンスターに掴まったかのよう。
ようするにこれは……。
「ひどすぎる……」
なんなのだこれは?
絶対に雑誌なんて取材に来ないやつじゃないか。というか、乗せたらダメそう。いや、むしろツイッターで「HP赤ゲージに入った喫茶店」とか書かれて人気になったりして。現在ダメージを受けていますとか煽り文入れたら面白いんじゃない?
なんて冗談を巡らしていても意味がない。
私は看板を探す。
「フォレスト……? 森?」
なんだ、自虐か?
森で出くわした感じなのか?
それとも商店街が森で、その奥にある希少価値のあるなにかって設定なのか?
「……」
どちらにしても私はここで働くわけだし、なんといっても叔母の店だ。せめて潰れるまでは手伝おう。……あまり長く持ちそうにはないし。
息を吐き深呼吸する。
かっと目を開くと私は取っ手に手を掛けてドアを開いた。
ちりりん……と音がする。
「あ、涼しい……え」
見ればそれは喫茶店によくある鈴やベルではなかった。
「風鈴? え、意味わかんない」
「い、いらっしゃい」
それこそ鈴の鳴る様な声がして、目の前のカウンターの奥を見ればそこにはお盆で口元を隠した花蓮叔母さんが子猫のように若干の警戒を滲ませたようにぷるぷるしている。
「あ、海ちゃん……」
花蓮叔母さんは私だと気づくとぱあっと表情を変えて駆け寄ってくる。
「来てくれてありがとう……本当心強いわぁ」
「こんにちは花蓮さん」
花蓮叔母さんは叔母さんとつけるとへこむので普段はそうは呼ばないようにしている。まあ、実際私とそこまで歳変わらないんだからそりゃそうかもしれない。
「うんうん」
花蓮叔母さんは私の両手を握ると何度も頷き、
「これで私は何もしなくて済むわ」
「え?」
「ありがとう。お給料は弾むからね! 貯金崩してでも!」
「はあ」
なんか重い。
「それよりも訊きたいことが……」
「なあに」
無垢なる笑顔で訊ねてくる。本当に年上か? この人。
私は咳ばらいをひとつすると訊いた。
「まず花蓮さんがなにもしなくて済むとはいったい……」
「ああ!」
花蓮叔母さんが手を叩く。
「それはね、接客の事よもちろん。姉さんから聞いてるでしょう?」
「まあそれは……」
それにしたって接客は私に全投げというのはいかがなものだろう……。
「それと」
「それと?」
「あの風鈴のことなんですが」
「あれね」
花蓮叔母さんは扉に視線を向けうっとりという。
「風鈴の音って私好きなの。だからあれ」
「……そうなんだ」
花蓮叔母さんは赤子も悔しがるほどの無垢な顔で笑った。
なんだろう。やっぱり花蓮叔母さんに店とか無理だと思う。
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