雪華

たまご納豆

雪華-せっか

「雪華」


第二次世界大戦の激しい戦火が太平洋上に広がる中、ジョン・サリヴァン中尉は、仲間のアメリカ軍パイロット達と共に日本軍の戦闘機と空中戦を繰り広げていた。激しい銃撃戦の中、ジョンの操縦する戦闘機は敵機からの直撃を受け、右エンジンが炎上した。機体は制御を失い、黒煙を引きながら急降下を始めた。


「くそ…!」


ジョンは操縦桿を必死に引き、何とか機体を立て直そうとしたが、エンジンの故障は致命的だった。視界に霧が立ち込める謎の島が現れ、ジョンはこれ以上の飛行が不可能であることを悟った。彼は咄嗟に脱出装置を引き、戦闘機から飛び出すとパラシュートが開き、深い雪に降り立った。


***


ジョンが目を覚ますと、全身が雪に埋もれていた。冷たい風が彼の顔を切りつけ、体温が急速に奪われていくのを感じた。彼は震えながら立ち上がり、周囲を見渡したが、雪に覆われた森が静寂の中に広がっているだけだった。


彼の装備は、M1903小銃、M1911拳銃、手榴弾2つ、そして限られた弾薬。ジョンは戦闘に備えながら、森の中を慎重に進んだ。


しばらく歩くと、前方に人影が見えた。近づいてみると、それは白い着物を纏った女性が倒れている姿だった。彼女は身を丸め、明らかに苦しんでいる様子だった。ジョンは銃を構えながら近づき、彼女の顔を確認した。彼女の肌は雪のように白く、しかし、その美しい顔には痛みが浮かんでいた。


ジョンは一瞬ためらったが、戦場での経験から、人命を救うことが何よりも優先されることを知っていた。彼は彼女の肩を軽く揺さぶり、声をかけた。


「大丈夫か?しっかりしろ…!」


しかし、彼女は応答しなかった。ジョンは彼女の足元を見て、その原因に気づいた。足首には深い傷があり、出血が止まらずに凍りついていた。ジョンは軍用ナイフを取り出し、近くの木の枝を切り取って即席の添え木を作り、彼女の足に固定した。


「これで少しはマシになるはずだ…」


ジョンは彼女を助け起こし、彼女が自力で歩けるように支えながら進んだ。彼は彼女がどこから来たのか、何者なのかを知る術がなかったが、とにかくこの危険な場所から逃げる必要があると感じていた。


***


森の奥へと進むと、突然、彼らの前に巨大な蜘蛛の巣が広がっていた。ジョンはその異様な光景に息を呑んだ。巣の中心には、人間の顔を持つ恐ろしい蜘蛛、女郎蜘蛛がいた。彼女の赤く光る目がジョンを鋭く見据え、不気味な雰囲気が辺りを支配していた。


「なんてこった…」


ジョンはM1903小銃を構え、一瞬の躊躇もなく女郎蜘蛛に向けて発砲した。銃声が森に響き、弾丸が女郎蜘蛛の外殻に命中した。しかし、硬い外殻は弾丸を弾き返し、ほとんど効果がないことがすぐに分かった。


女郎蜘蛛は素早く反撃に出た。その長い脚が一気に伸び、ジョンに襲いかかった。彼は咄嗟に横に飛び込み、M1911拳銃に持ち替えて応戦した。次々と発砲し、女郎蜘蛛の顔や目を狙ったが、彼女の動きは非常に速く、狙いを定めるのが難しかった。


ジョンは弾薬が尽きる寸前に、女郎蜘蛛の巨大な脚に捕まってしまった。彼女の力強い締め付けが彼の体を締め上げ、息ができなくなりかけた。


「ここで終わるのか…」


その瞬間、凍てつくような風が吹き荒れ、ジョンを締め付けていた女郎蜘蛛の脚が氷に覆われた。驚きで顔を上げると、雪女が立ち上がり、力を振り絞って女郎蜘蛛に氷の刃を放っていた。彼女の目には強い決意が宿っていたが、その体は既に限界に近づいているようだった。


女郎蜘蛛は氷を破壊しながら激しく抵抗した。ジョンはその隙を突き、最後の手榴弾を女郎蜘蛛の腹部に向けて投げ込んだ。爆発が女郎蜘蛛を揺るがし、彼女の攻撃が一瞬止まった。


その間に、雪女が再び氷の刃を振りかざし、女郎蜘蛛の顔を斬りつけた。しかし、女郎蜘蛛の強烈な反撃が雪女を捉え、その鋭い脚が彼女の体を貫いた。


ジョンはその光景を目の当たりにし、怒りと悲しみが胸にこみ上げてきた。彼は残りの全ての力を振り絞り、M1911の最後の弾を女郎蜘蛛の赤い目に撃ち込んだ。弾は見事に命中し、女郎蜘蛛は断末魔の叫びを上げて倒れた。


***


激闘が終わり、ジョンは息を切らしながら雪女の元に駆け寄った。彼女の体は冷たくなり、すでに命を失っていた。ジョンは彼女の手を取り、その冷たい肌を握りしめた。


「ありがとう…君のおかげで生き延びられた。君の犠牲は決して無駄にはしない…」


ジョンは静かに彼女の体を雪に埋め、島を後にした。彼女が助けてくれたこと、そしてその犠牲が彼の心に深く刻まれた。


ジョンはその後、無事に救助され、戦場に戻ることができたが、あの島での出来事は彼の心に消えない傷を残した。彼は二度とその島を訪れることはなかったが、雪女の冷たい手の感触と、彼女が命を賭して戦ってくれたことを忘れることはなかった。

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雪華 たまご納豆 @Tamago-Natto

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