消したい。

津麦縞居

消したい。


 不思議な話、ですか?


 わかりました。鮮明に覚えていること自体が不思議、という話なのですが、それでも……? 


 ありがとうございます。

 どうせ、家に帰っても眠れないのです。お話しさせてください。


 中学生……多分、受験生だったと思います。

 夏休みもあと1週間の頃でした。

 ありがちな話ですが、このときになって初めて、私は重大な事実に気付いたのです。

 1科目、足りない。

 提出課題のワークブックやノートを見返していると、理科が足りないのです。得意科目だと自負していた私は、夏休み初日に取り掛かり始めたので、終わらせたつもりになっていました。

 ずっと思い出すことなく、すっかり忘れていました。


 ……いいえ。ここまでは良いのです。よくある話ですし、多分すぐ終わると思ったので。


 問題は、夏休み最後の週はお盆だということ。


 私にとってお盆は、山の向こうの家に集まって食事を、近所の付き合いにまで始末。

 親戚だけならまだしも、よくわからない人たちによくわからないまま笑われるのは気分が悪いものです。それでも、時々気の合う子と出会えることがあったので、私は何とか付き合っていました。

「去年来てた、なにがしちゃんって知ってる?」

 けれども、そんな風に従兄弟たちに尋ねると、

「誰それ?」

と、返ってくるのです。

 多分、私が仲良くなった子は従兄弟の記憶から消されてしまうのでしょうね。


 こんな身内のいざこざなんて、どうでも良いですよね。

 ごめんなさい、話を戻します。


 お盆の間は、親戚に会ったり家の掃除をして回るので課題を終わらせる暇がありません。

 もし、お盆に入る前に終わっていなければ新学期までに、家族の話し相手からのがれることが出来たほんのわずかな時間にこなすのです。


 しかし、この年は自業自得とはいえ始業式の前日しか時間を作れませんでした。


 そう、その日です。

 深夜にことは起こりました。

 

 私は家族が寝静まった頃にそろりそろりと二階の寝室から抜け出し、一階の居間に勉強道具を広げました。

 私が寝室からいなくなると、そこから気まずい空気が流れてくることがあります。多分、その日もそうなると思ったので、あらかじめ居間の襖を閉めておきました。

 やっと課題を終わらせることが出来る、と思った矢先でした。


 机に置いた消しゴムが、ゾゾゾ、ゾゾゾ……と音を立てて1センチほど横に滑ったのです。


 ケースが変な折れ方をしていたんだな。


 私は強がりました。


 その後は特に不思議なことは起こらず、学校の課題は日付が変わる直前に終わりました。


 良かった、少しだけ眠れる。

 そう思い、安心した私は寝室へ戻ろうとしました。

 ところが、ゴソゴソという物音の中に両親の声が聞こえてくるのです。

――ああ、オールナイトだ。

 私は絶望しました。

 仕方ないので、居間へ戻る決意をし、階段を振り返ろうとしました。

 その時でした。

「お姉ちゃん……」

 そこには、ゲッソリとした顔の妹がいたのです。

「うわあ!」

 両親、徹夜、従兄弟、親戚……すべてへの感情がなにもかも一瞬で溢れ出し、私は思わず叫んでしまいました。


 始業式の日の朝は、家族全員が気まずかったこと、この上ありません。


 消しゴムがひとりでに動いただけなんですよ?

 どうして、忘れられないんでしょうか。



 

 了

 

 

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消したい。 津麦縞居 @38ruhuru_ka

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