水没都市 池袋《ルーインズオブセイレーン》

湖畔の山小屋①


「なぁんで……! 都心で山登りなんかしてんだろねアタシャ……っ!」


「仕方ないだろ……っ! 進めそうなルートがこの山しか無かったんだからっ! みんなで決めたろっ!?」


「はぁ、はぁあ、大河、私、もう」


 険しい岩肌が露出する急な斜面を、三人が額に汗を浮かばせながら登っている。


「悠理、ほら俺が背負うから。お前は休んでろ」


「でも、大河も疲れてるのに……」


「大丈夫、頂上は見えてんだ。ここからなら『剣』を出して登っても体力は保つだろきっと。ほら」


「う、うん。ごめんね?」


「謝るのは無しだって、言ったろ?」


「……ありがとう」


 そんなやりとりをして大河は悠理を背負い、右手にハードブレイカーを顕現させた。


「あー! アタシももうダメだー! 息切れ眩暈めまいに動悸と肉離れと腰痛と持病のしゃくと吹き出物とニキビでもう一歩も動けないなー!!」


「大変だな。治ったら登ってきてくれ。頂上で待ってるからゆっくりでいいぞ?」


 わざとらしい朱音の悲鳴にそう告げて、大河は斜面を天高く跳躍して登っていく。


「薄情者め! 扱いに差がありすぎるだろ!」


 大河への文句を叫びながらも、朱音は右腕に伏龍を顕現させる。

 そして軽やかな足取りで大河の後を追った。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ぜはぁあああっ! やあっと登り切ったぁああ! 富士山くらいあったんじゃないのこれ!?」


「はぁっ、さすがに富士山よりはかなり低いっつの……ふぅ……結構な標高だよな……」


「かなり登ったもんねぇ……」


 息も絶え絶えで頂上に到達し、三人は腰を下ろして息を整える。


「と、登山装備も無しに山登りは……さすがにしんどかったな……」


 大河は額に流れ伝う汗を右手で拭い、カーゴパンツの右ポケットからスマホを取り出す。

 アイテムバッグから三人分の水を取り出してそれぞれ手渡すと、蓋を開けて一気に煽った。


「見て二人とも、あれ池袋かな?」


 登ってきた方とは逆の方角を指差す悠理が、二人に声をかける。


「どれ?」

 

 朱音が悠理の指差す方角へと目を凝らす。


「あれ、あの真ん中の高いビルってサンシャインだよね?」


 確かにそこにはビルが一本、存在感を放ちながら建っている。


 しかし──。


「馬鹿でかい湖のど真ん中、遥か遠くにビルが数本……」


 朱音がぽつりと零す。


 そう、山を越えた先にはとてつもない大きさの湖が広がっていた。


 それはこちらから向こう側の岸がまったく視認できないほどの規模で、そしてその水の青の深さが、かなりの水深を持つ湖だと示している。


「これが、ドワーフのおっちゃん達が言ってた……水没都市、池袋」


 飲み干したペットボトルをアイテムバックであるリュックに放り投げ、大河が立ち上がって湖をまっすぐに見た。


「本当に、池袋がまるまる沈んでるんだな……」


「……異変の時に池袋に居た人たち、大変だっただろうね」


 遠目から見る池袋の景色には、地面が見当たらない。

 湖の中から生える様に伸びているのは、サンシャイン60を含めて池袋でも指折りの高さを誇る高層ビルだったと大河は記憶している。


 つまり異変時に池袋に居た多くの人間は、運良くあのビルの中に居た人々を除いて皆、湖の底に沈んだ事になる。


「てゆーか、生き延びたとしてもあそこでどうやって生活できるってのよ」


 どかっと地面に腰を下ろして、朱音は嘆息する。


「こりゃ、人はほとんど残ってないんじゃないの?」


「あ、でも見て」


 頬杖をついてビルを見る朱音の肩を、悠理が叩く。


 そしてその手を湖からかなり下──足元へと向けて指差した。


「あれ、家っぽくない?」


 今立つ山の頂上から少し降ったところに、連なった木製の山小屋の様な物が見えた。


 円を描く様に立てられたその山小屋群の中心に、見慣れたモニュメントがそそり立っている。


「煙突からは煙も出てる……人が居るんだよ!」


 約一ヶ月ぶりに見る人工物に、自分達以外の人間。

 悠理のテンションが上がるのも分からない訳ではない。


「聖碑があるから、行かないって選択肢は無いんだけどな……」


 だが新宿、目白と碌でも無い人間に続けて出くわした事を考えると、大河はあまり手放しで喜べない。


「んしょっと、でも食料や生活品も残り少ないんだし、ここでウダウダやってもらちがあかないってもんよ。なによりアタシは、ちゃんと風呂に入って柔らかいベッドか布団で寝たいわ」


 大河の微妙な表情から察した朱音が立ち上がり、腰に手を当てて背伸びをしながら答えた。

 疲れで凝り固まった背筋から、コキコキと小気味良い音が連続して鳴る。


「そうだね……慣れたとは言え、テントで寝るの辛かったしね……」


 この一ヶ月の睡眠を思い出し、悠理が表情を崩す。


 テントの室内にベッドマットを敷き、その中で寝袋に包まるなどの工夫はしていたが、それでもやはり地面の硬さには辟易していた。


 なにより、聖碑があると言うことはモンスターの襲撃を気にしなくても良いと言う事だ。


 三人の中で一番〔感知〕ステータスが低いのは悠理で、一番高いのが大河だ。

 それにテントも一つしか無い以上、夜の見張り番は男女でローテーションをしていた。

 

 つまり、朱音と悠理のペア。

 そして大河が一人。

 必然的に、大河の負担が一番大きい。


 悠理はそれをずっと気にしていた。


「一応、警戒だけは怠るなよ。あんまり人を信用しすぎないこと」


「うん、わかった」


「りょーかい」


 息を整え終えた三人は、眼下に見える山小屋郡を目指してゆっくりと斜面を下っていく。


 その時、遥か遠くにそびえ立つサンシャイン60の最上階が淡く赤い光を放った事など、三人には到底気づく事などできなかった。

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東京ケイオスRPG 不確定ワオン @fwaon

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