後半戦

 さきがけ泰斗たいと。S県の山間やまあいにある小さな村の出身。両親は泰斗がまだ小さい頃に農作業中の事故で亡くなっていて、じいちゃんばあちゃんや村の人たちに育てられたらしい。


 友人らに引っ張り出されて車に乗って東京は原宿に遊びに来た際、芸能事務所にスカウトされて芸能界入り。そこからちまちまと歌とダンスのレッスンをしてアイドルのような活動をしていたが、自分なりに「このままだとやばいかも」と一念発起して受けたオーディションが『仮面バトラーフォワード』だった――という話。


「村には行きましたよ✨」

「行きましたって、いつ?」

「この間です✨」


 このあいだ……?


「イラストをお勉強して、おじさんと仲良くなりました✨サキガケくんの昔話も知れてよかったです✨」


 テーブルのナプキンを一枚取って、ボールペンでさらさらとイラストを描き始めた。泰斗にそんな一芸はない。


「オニーサンを描いてみました✨」

「上手いな」

「あげますよ?」

「ああ、ありがとう」


 受け取ってしまった。俺の似顔絵か。村とイラストの勉強が結びつきそうで結びつかないが、特徴を捉えていてよく描けているとは思う。


「村を出てから、ボクはこのイラストを販売していました✨」

「……ちょっと厳しいんじゃないか?」


 上手いとは思う。だが、売れるかというと、疑問符がつく。芸術方面には詳しくないが、このぐらいのイラストが描ける人間ならゴロゴロいるだろう。


「買ってくれたのが、今、いっしょに住んでいる人です✨」

「泰斗の大ファンって人か」


 つながってきた。泰斗のファンなら、死んだはずの魁泰斗のイラストを喜んで購入する、のかもしれない。死んだことを認めておらず、奇跡の生還だと思い込んでいるのだとしたらこれほど悲しい話はないが、さっき『正体と目的』を話したがと言っていたのだった。わからないな。ファンの心理はわからない。


 泰斗の姿であれば中身はどうでもいいのか。……でも、ファン目線だとそうなのか。ファンはあくまでファンで、泰斗と直接交流しているわけではないから、泰斗がどういう人間だったかなんて知らないか。そう考えれば、どうでもいいのか。


「ボクは、この広い宇宙の果てにある星から来ました✨本当は、地球を侵略しないといけません✨」

「急になんだ!?」

「オニーサンの質問に答えているんですよ?」


 そうだった。俺が『一体何者なんだ?』と聞いたのだ。このラーメンの味で、懐かしくなってきてしまって、ついつい昔話を聞かせてしまった。思えば、泰斗と最初に来た店もここだったな。


「で、宇宙人だと」

「そうです✨侵略しないといけないのですが、恐怖の大王様からは『破壊活動はせず、人類の文化を守れ』とも仰せつかっています✨」

「難しい上司命令だな」

「はい✨なので、ボクはサキガケとして人類の文化を学ぼうと思っています✨芸能活動はその一環です✨ボクがサキガケとして活動すれば助かる人類もいるので『一石二鳥』ですね✨」

「……なんで泰斗なんだ?」


 サキガケの『正体と目的』は理解した(ことにする)。なら、次は、なんで魁泰斗が選ばれたのかだ。


「うーん、そうですねー……」


 泡が落ち着いたコーラをがぶ飲みする。俺と泰斗のオーディション秘話を聞きながら、ギョウザは食べきっていた。


「魁泰斗という人間は、不運にも亡くなってしまいました。確定した死を覆すことは、宇宙の神秘コズミックパワーを以てしても不可能です」

「死者蘇生しろとは言わないさ」

「ですが、この『魁泰斗』というを必要としている人はいるのです✨たとえば、望月勝利くんですね✨望月勝利くんは、演じてくれる『魁泰斗』がいて初めて存在するのですから✨」

「……」

「ボクの役割は『魁泰斗』を、未来に羽ばたかせることだと思います✨必要としてくれる人たちのために『魁泰斗』はこれからも生きていくのです✨」


 それは。


 それは……!


「おっと✨そろそろ帰らないと、鬼のように電話がかかってきますよ✨明日も早いですし、オニーサンも早く帰ってお風呂に入ってお休みしてください✨お代は、こ」

「お前に泰斗の何がわかる!」


 泰斗は、いや、泰斗が、この世でもっとも『仮面バトラーフォワード』を愛していて。

 十年後のエピソードを読みたがっていて、脚本家先生にもはぐらかされていて。

 誰よりも台本がほしかったはずなのに、泰斗は、もう。


「死んだ人のことはわかりません✨生きている人のことはわかります✨」


 サキガケは、魁泰斗とそっくりだ。

 ――そっくりなだけだ。


「けれども、オニーサンが怒っている理由は、よくわかりません✨」

「お前ぇっ!」

「暴力沙汰を起こしたら、作品はお蔵入りしますよ✨それこそ『魁泰斗』に迷惑がかかりますよね✨」


 今回の作品に関わっているすべてのスタッフと期待しているファンを盾にされたら、何もできない。俺はいったん落ち着いて、深呼吸をする。


「わかってもらわなくてもいい。もう、お前とは共演しない。今作が、


 さきがけ泰斗たいとは死んだ。


 俺は、思い出と決別して、次に進まなければならない。

 俺には俺の未来があるのだから。


「オニーサンはオトナですね✨そのほうがお互いのためだと思います✨賢明な判断です✨」

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ミライヘノツバサ 秋乃晃 @EM_Akino

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