鏡や、鏡、この世で一番美しいのはだれ?

桜森よなが

美しさに囚われた女の末路

 私は美しい。

 みんなからそう言われるし、自分でもそう思う。


 そんな私の目の前に、今、とても醜い女がいた。

 その女は血色の悪い顔とやせ細った腕だけを布団から出し、この白いベッドの上から、ずっと天井をうつろな目で見つめている。

 彼女は私の母だ、信じたくないが。


 今は見る影もないが、昔は多くの人に愛されてるほど美しかった。でも、病気になり、どんどん醜い姿になって、今まで散々ちやほやしてきた男たちは、すっかり母に冷たくなってしまった。

 今では私しか彼女の傍にいない。


 そんな母が、私を真っすぐに見つめると、震える唇でゆっくりと語り始めた。


「ねぇ、おまえは、私みたいになってはダメよ、人間は、特に男はね、表面上はきれいごとを言うかもしれないけど、なんだかんだ言って、結局、美しい女の子でないと、優しくしないの、ブスな女と美人な女、どちらかしか助けられないとしたら、迷わず美人を助けるのが、男という生き物なのよ、私を見れば、わかるでしょう?」

「うん」

「だからね、美しさを保つ努力をしなさい、毎日ちゃんと十分に睡眠をとって、頭や体を洗って、髪や肌の手入れも、こまめにするのよ」

「うん、お母さま、わかったよ……お母さま?」


 お母さまはそれだけ言うと安心したように眠ってしまった。そしてもうまぶたを開けることはなかった。


 それから、すぐに葬式が行われた。

 その日は皮肉なくらい、雲一つない快晴だった。

 牧師以外は、私一人だけだった。

 病気にならず美しいまま死んでいたら、もっと大勢の人がこの場にいたのかな。


「うっぐすっ、うぐ、お母さま、わたし、あなたのようには、ならないわ」


 私は絶対にこの世で一番美しくて、一番愛される女になってみせる。



* * *



「おかあ、さま……」


 気づいたら、口に出していた。

 閉じたまぶたから、涙がツーと流れていた。


 まただ、またあの夢。

 もう母が死んでから十年もたっているのに、いまだに呪いのように、あの醜くなった死ぬ前の母の姿が脳裏に焼き付いている。


 頭を軽く左右に振って、ベッドから起き上がり、鏡の前へ向かう。


「鏡や、鏡、壁にかかっている鏡よ。この世で、だれがいちばん美しいか、いっておくれ」


 私は鏡に映る自分の姿を見て、そう問いかけた。

 ほどなくして、答えが返ってくる。


「女王様、あなたこそ、この世で一番美しい」


 ふふ、でしょうね。

 そう答えが返ってくることはわかり切っているのだけど、私は毎日一回はこれを訊かないと、不安で不安でしかたがないのだ。

 この鏡は魔法の鏡で、聞かれたことは何でも答えてくれる。しかも、絶対嘘を言わない。

 つまり、私が世界一美しいというのは、自他ともに認める真実ということだ。

 ホッと一息ついた後、私は自室を出た。

 さて、朝食を食べに行こう。

 今日もおいしいご飯を食べられそうだ。


 美しい私の煌びやかな日々はそれからも永遠に続くと思っていた。

 しかしそれから六年後の月日がたったある日のこと。

 

  「鏡や、鏡、壁にかかっている鏡よ。この世で、だれが一番美しいか、いっておくれ。」


 今日も私は鏡にそう問いかける。

 まぁ答えはわかり切っているのだけどね。

 でも、念のため、確認を……

 あら、今日はやけに返事が遅いわね。

 どうしたの、早く言いなさい、私が美しいと、ほら、早く……


「女王様、ここでは、あなたがいちばん美しい。

 けれども、白雪姫は、千ばいも美しい。」

 

 …………は?

 一瞬、何を言われたか、わからなかった。

 今、なんて言った?

 顔から血の気が引いていく。


「はぁ、はぁ、はっ、はぁっ……」


 息が、苦しくなる。


「も、もう一度、言いなさい、今、なんて言ったの?」


「女王さま、あなたは美しいが、白雪姫はその千ばいもうつくしい。」


 バンッ!

 気づいたら、鏡にこぶしを叩きつけていた。


 いっつぅ……。

 ジーンと痛みが走る手。

 鏡を叩き割るつもりで殴ったのだけど、私の力じゃそんなことはできなかった。ただ、自分の手を赤く変色させただけだ。


 わ、私より、白雪姫が、美しい?

 そんなはず……

 彼女のことを思い浮かべる。


 白雪姫……王の前妻の子供。

 以前見たときは、まだほんの小さな子供だった。

 確かに整った顔立ちはしていたが、まだ幼く、美しさとは程遠かったはずだ。


 そう言えば、最近、彼女を見ていなかったな。

 王はいまだに亡くなった前妻を忘れられないようで、その子供の白雪姫に寵愛を注いでいるのが気に入らなくて、私はあの子にはほとんどかまってあげなかった。


 彼女の方は、私と仲良くしたいみたいで、以前は遊んでくださいと言ってきたが、私が冷たくあしらっていると、そのうち私の元へ来なくなった。


 あの子が、私より、美しい?

 いてもたってもいられず、私は白雪姫の元へ行くことにした。


 自室を出て、長い廊下を歩き、窓を掃除をしていたメイドに声をかける。


「白雪姫はどこにいますの?」

「え、白雪姫様でしたら、庭にいますよ?」


 私は急いで庭へ向かった。

 城を出て、外へ出た瞬間、視界の端で彼女が目に入った


 メイドたちとおいかけっこをしている。

 

「お母様、私と遊んでくれるの?」


 ぱぁっと花が咲くように微笑む白雪姫。

 その顔がとても可憐で、思わず、私は彼女をぶってしまった。


「私は、あなたの母ではありませんわ、二度とそう呼ばないで」


 頬を手で押さえて唖然とする白雪姫を尻目に、私は城の中へと戻った。

 ダン、ダン、ダンっと苛立ちを足に込めて、自室へ向かって歩いていると、私の顔を見たメイドがギョッと目を見張って、恐る恐ると言った感じで声をかけてきた。 


「女王様、顔色が優れませんが、何かあったのでしょうか」

「うるさい、なんでもないわ!」


 びくっと震えて縮こまるメイドを通り過ぎて、私はより一層床を強く振んで歩き出す。


 悔しい、悔しい悔しい、

 わかってしまった、いやでも。

 確かに、白雪姫はとても美しかった。

 おそらく、世界一……

 しかも、まだ限界ではなく、成長すれば、さらに美しくなるだろう。


「ダメよ、そんなの……」


 私より、美しいなんてだめよ。

 私から一番を奪わないで……。


 私はその時、ふとあることを思いついた。

 フフフフフ、白雪姫、アンタが悪いのよ?

 私から一番を、あなたが奪おうとするから……。


 私は、凄腕と評判の狩人を自室に呼んで、こう命令した。


「あの子を、森の中につれていっておくれ。わたしは、もうあの子を二度と見たくないの。いい? おまえはあの子を殺して、その証拠に、あの子の血をこのハンケチにつけてこなければならないわ」


 狩人は了承して、部屋を出ていった。

 あの男ならきっと白雪姫を殺してくれるでしょう。私はただゆっくりと待つだけでいい。

 とはいえ、きちんと殺してくれるか、不安はぬぐい切れず、この日はあ翼字がのどを通らなかった……。


 明くる日、狩人がやってきた。


「殺したんでしょうね?」

「もちろん」


 と彼は血のついたハンカチを私に渡してきた。


「ふふ、これで世界一美しいのは私よ」


 安心したらお腹が減ってきたわね。

 狩人を帰すと、私は食堂へ向かうことにした。

 その途中、廊下でメイドたちが何やら騒いでいるのを見かけた。

 なにかあったのかしら?


 注視するとどうやらブサイクなメイドがいじめられているようだった。

 ブサイク、お前はこの城に相応しくない、などと言われ、箒で叩かれている。

 そのいじめられているメイドと、目が合った。

 捨てられた子犬のような目で、私を見てくる。

 不意ッと、私は彼女から目をそらした。その瞬間、彼女の顔が絶望に染まるのを見た。

 私は彼女を助けない。だって、この世はそういう世界だから。美しくない者は、いじめられてしまう、残酷な世界だから。


 通り過ぎようとすると、いじめていたメイドたちが挨拶してくれた。


「女王様、おはようございます、今日もお美しいですね、あのブサイクなメイドとは大違いだ」

「ふふ、当然でしょう」


 当たり前なことをわざわざ言わなくてもいいのよ、私は世界一美しいのだから。


 翌朝、私はいつものように、あの鏡に語りかけた。


「鏡や、鏡、壁にかかっている鏡よ。 世界で、だれが一番美しいか、いっておくれ。」

「女王さま、ここでは、あなたが一番美しい。

 けれども、いくつも山こした、七人の小人の家にいる白雪姫は、その千倍も美しい」


 は……?

 どういうこと、白雪姫は死んだはず。いや、でも、この鏡は嘘をつかない、ということは……


「あの、狩人、だましたわね」


 城の兵士たちに狩人を探すよう伝え、城下町のいろんなところに指名手配所を張ったが、彼はすでにどこか遠くへ行っているようで、一向に見つからなかった。


 くそ、あの狩人め、他人を使うのはダメね、信用できないわ、白雪姫、私が直々に、あなたを葬ってあげる、フフフ……。


 私は自分の顔を黒く塗って、年よりの小間物屋のような着物をきて、だれにも女王さまとは思えないような外見になった。

 そして山をこえて、七人の小人の家にいって、戸をトントンと叩いた。


「よい品物がありますが、お買いになりませんか」

 白雪姫が窓からその美しい顔ををだしてきた。

「こんにちは、おかみさん、なにがあるの。」

「上等な品で、きれいな品を持ってきました。いろいろ変わったしめひもがあります」


 といって、いろいろな色の絹糸であんだひもを、一つ取りだすと、白雪姫は戸を開けて、私を家の中に入れてくれて、しかも締めひもを一つ買い取ってくれた。

 フフフ、バカな女。


「お嬢さんには、よく似合うことでしょう。さあ、わたしがひとつよくむすんであげましょう」

 というと、白雪姫は全く疑わず、私の前に立ったので、私はすばやく

そのしめひもを白雪姫の首にまきつけて、強くしめた。

 白雪姫は苦しそうに呻き、意識を失って、すぐにたおれた。


「さあ、これで、わたしが、いちばん美しい女になった、ふふふ」

 

 家に帰ると、すぐ鏡の前にいって、たずねた。


「鏡や、鏡、壁にかかっている鏡よ。

 この世界で、だれが一番美しいか、いっておくれ。」

 すると、鏡は、正直に前と同じように答えました。

「女王さま、ここでは、あなたがいちばんうつくしい。けれども、いくつも山こした、七人の小人の家にいる白雪姫は、その千倍も美しい」


 ……な、な、ななな、なんですって!?


 体中の血が、胸の方へ集まってくる感覚がする、心臓がバクバクとはっきりわかるくらい鳴り響いている。


 白雪姫が、まだ、生きている……?

 あの鏡が嘘を吐くわけない、ということは、殺し損ねたのだ。

 くそっ!

 

「だが、今度こそは、おまえを、本当に殺してしまうようなことをしてやる」


 私は魔法をつかって、一つの毒をぬった櫛をこしらえました。それからみなりをかえ、まえとはべつなおばあさんの姿になって、また七人の小人のところに向かった。

 そして、その家の前に着くと、またトントンと戸をたたいた。


「よい品物がありますが、お買いになりませんか」


 白雪姫は、窓からちょっとだけ顔をだして、


「さあ、あっちにいってちょうだい。だれも、ここにいれないことになっているんですから」

「でも、見るだけなら、かまわないでしょう」

 私はそういって、毒のついている櫛を、箱から取りだし、手のひらにのせて高くさしあげてみせた。

 白雪姫がそれを見て、目を輝かせだした。

 私はメイドたちから白雪姫の好みを事前に訊いていた、

 お前は好きだろう、こういうのが……

 彼女はすぐに戸を開けてくれて、櫛を買うと一言ってきた。

 私は顔がにやけるのを必死にこらえながら言う。


「では、わたしが、ひとつ、いいぐあいに髪をといてあげましょう」


 バカな白雪姫は私のいうとおりにさせてくれた。

 すると櫛の歯が髪の毛のあいだにはいるかはいらないうちに、姫はそのばで気をうしなってたおれてしまいました。

 ウフフフ、我ながらすごい効果の毒だわ。

「いくら、おまえがきれいでも、今度こそおしまいだろう」


 私は、家に帰ると、すぐに鏡の前に立っていいました。

「鏡や、鏡、壁にかかっている鏡よ。

 この世で、誰が一番美しいか、いっておくれ」

 すると、鏡は、前と同じように答えた。

「女王さま、ここでは、あなたが一番美しい。けれども、いくつも山こした、七人の小人の家にいる白雪姫は、その千倍も美しい」


 な……ん……で……

 体がぶるぶると震えている。

 ギリリリと口から嫌な音が鳴っている。いつの間にか歯ぎしりをしていたようだ。


「白雪姫のやつ、どうしたって、殺さないではおくものか。たとえ、わたしの命がなくなっても、そうしてやる!」

 

 私はすぐに、城の地下にある、秘密の部屋に行った。

 そこで、毒の上に毒をぬった一つのリンゴをこさえた。そのリンゴは、見かけはいかにもうつくしくて、白いところに赤みをもっていて、一目見ると、だれでもかじりつきたくなるようにしてある。だが、その一きれでもたべようものなら、たちどころに死んでしまうという、おそろしいものだ。

 これを白雪姫に食べさせてやる……フフフフフ。


 地下から出ると、待ち構えるように、王がそこにいたので、私は思わずびくっとしてしまった。


「な、なにかようかしら?」

「なにをするつもりだ?」

「なにを、とは」

「とぼけるな、お前が最近、何かこそこそとよからぬことをしているのはわかっている、さっき、お前が部屋でこう言っていたのが聞こえたぞ、『白雪姫のやつ、どうしたって、殺さないではおくものか。たとえ、私の命がなくなっても、そうしてやる!』とな。」


 しまった、大きな声を出しすぎたな。


「ええ、そうよ、私は白雪姫を殺すわ、私を止めるの? あなたは前の妻との間にできたあの子をいまだに強く愛していますものね」


 そう言うと、彼は大きなため息をつき、目を伏せて、


「なぜだ、あの子はあんなにも美しい子なのに」

「ダカラよ、あの子がいると、私は一番になれないわ」

「お前は十分美しいじゃないか、なぜそうまで美しさにこだわる、一番じゃなくてもいいじゃないか」

「黙りなさい、あなたにはわからないわよ、私の気持ちは」


 私がそう言うと、彼はこぶしを強く握りながらも、何も言わず、その場で立ち尽くしたので、私は彼を通り過ぎて、城を出ていった。


 ふん、一番じゃなくてもいい、ね。

 ほんとムカつくわ、偽善者は決まってそう言うのよ。結局一番すごい奴を皆一番ちやほやするくせに。

 現に、一番美しい白雪姫を、皆一番、愛しているじゃない。

 ああ、妬ましい……アイツさえ、いなければ、私が一番愛されるのに。


 私は顔を黒くぬって、百姓のおかみさんのような恰好をして、七人の小人の家へいった。そして、戸をトントンとたたきますと、白雪姫が、窓からほんのわずかだけ頭をだして、


「七人の小人が、いけないといいましたから、わたしは、だれも中にいれるわけにはいきません」

「いいえ、はいらなくてもいいんですよ。私はね、いまリンゴをすててしまおうかと思っているところなので、おまえさんにも、ひとつあげようかと思ってね」

「いいえ、わたしはどんなものでも、人からもらってはいけないのよ」

「おまえさんは、毒でもはいっていると思いなさるのかね。まあ、ごらんなさい。このとおり、二つに切って、半分はわたしがたべましょう。よくうれた赤い方を、おまえさんがおあがりなさい」


 私が美味しそうにリンゴを食べると、白雪姫は、私とリンゴを食い入るように見つめてきた。


「あ、あの、ヤッパリ、そのリンゴ、ください!」


 私は心の中でニヤリと笑う。

 扉から出てきた白雪姫に、私はもう半分の方を渡すと、白雪姫はそれを早速口に運ぼうとした。

 ふふふ、このりんごは、赤い方の側だけに毒が入っているのよ。ほんとばかね、ああなたは……。


 彼女はそれをひとかじりすると、とたんにばったりと倒れた。

 私は根おdこそちゃんと死んでいるか、確認する。

 うん、息をしていない。


「フフフフ、ふふふふふふ! やった、やったわ! 今度こそは、小人たちだって、助けることはできまい!」


 大急ぎで家に帰って、自室に入ると、まず鏡のところにかけつけて尋ねた。


「鏡や、鏡、壁にかかっている鏡よ。

 この世で、だれが一番美しいか、いっておくれ」

 すると、とうとう鏡が答えました。

「女王さま、お国で一番、あなたが美しい」


 フフフフ、フフフフ

 そうでしょう、そうでしょうとも!

 ああ、これで、心穏やかに過ごすことができるわ。


 そして幸せな日々が始まった。

 誰もが、私の美しさを賞賛し、私を一番大切に扱ってくれる日々。

 なにも不安なことはない、安心な世界……。


 そんなある日、隣の国で、王子の結婚式が開かれるという知らせが、その招待状と共に、私の所に来た。

 正直、めんどくさいけれど、これも外交の内ね。行くしかないか……。


 式の当日、私はドレスを着ると、鏡の前に立ち、いつものように言いました。

「鏡や、鏡、壁にかかっている鏡よ。この世で、だれが一番美しいか、いっておくれ」


「女王様、ここでは、あなたが一番美しい。けれども、隣国の若い女王様は、その千倍も美しい」


 それを聴いた瞬間、私は叫んでいた。


「なんですって!」


 若い女王? 

 白雪姫を殺したと思ったら、またなの?


「くそくそくそ、いったいだれなの、私から一番を奪うものは。死ね、死ね死ね死ね死ね……」


 こうしてはいられないと思い、私はあまり乗り気じゃなかった隣国の結婚式に、急いで向かった。

 その若い女王とやらがどんな奴か、確かめないと……。


 そして、隣国に着き、招かれた宮殿に入って、王子の隣にいる若い女王と呼ばれる女を見たとき、愕然とした。

 その女は白雪姫だった。


「な、ななな、なんで、あんたがここにいるのよ!」


 そう叫んだとき、王子が私を蔑んだ目で見て、こう叫んだ。


「その女を捕らえよ、我が妻に、仇為す者である!」


 城にいた兵士たちに私は一斉に囲まれる。

 何これ、どういうこと、私は、はめられたの!?


「あなた、助けて!」


 さっきまで隣りにいた私の夫は、遠く離れたところで、我関せずといった表情をしている。

 王子が私を見て、冷たく言い放つ。



「オマエが今までしてきたこと、全部わかっているんだぞ」

 

 それを聞いて、私は王子の隣にいる姫を見る。

 こいつが王子にしゃべったのか?

 いや、狩人や小人や私の夫の可能性もあるか……

 まさか、その全員……?


 と恐ろしい想像を膨らませていた時、ある兵士が火箸で掴んだ鉄の上靴を、私の前に置いた。


 ジュージューと音を立てている。


「なに、これ……」


 震える唇で何とか弧を出した私に、それを置いた兵士が言う。


「先程、石炭の火の上に、これをのせておいた。今からこの靴を、オマエにはいてもらう」

「は? なによ、それ、いや、そんなの!」


 逃げようとすると、囲んでいた兵士たちが、私の手足を掴んできた。

 そして、無理矢理、その靴をはかせようとしてくる。


「な。なにするのよ、やめなさい、やめ、いやぁぁぁぁあ!」


 兵士たちに足を掴んで持ち上げられ、地面に置いたその靴の中に、足を強引に入れられた瞬間、私は絶叫してしまう。


「ああああ、あぁあああぁぁっ!」


 熱い、熱い熱い熱いぃぃぃっっ!


 足どころか、全身が一気に熱くなる。

 踊るように、私はその場でのたうち回ってしまう。


 そんな私を、城の中にいる者たちが、何かの余興でも見るように、眺めていた。

 ああ。あああああ、

 痛い、痛い痛い痛い痛い、

 熱い、足が、熱い、全身が、熱い、苦しい、誰か、誰か……


 室内を見回しても、私を助けようとしてくれるものはいない。

 皆、私の無様な舞を、ただ見ていた……

 

 うふふ、ふふふふふ……

 私ね、本当は自分でも思っていたのよ、こんなに美しいことにこだわるのなんて、ばかげてるって。

 見た目はきれいでも、心はとても醜いってこともわかってた。

 でもね、それでも、一番を目指さずにはいられなかった。

 だって、わたし、美しいこと以外に、なにもない、

 それだけだったの、それだけが私の支えだったの。

 私、小さなころから、多くの人に優しくされてきたわ。

 でも、わかっていたの、それは私が美しいからだって。

 美しく無かったら、誰も私に優しくしてくれないって。

 私、見てきたの。ブサイクなものが、いじめられているところを、今まで、何度も何度も……。

 怖かった、美しくなくなることが。そうなってしまったら、今まで優しくしてくれた人たちが、手のひらを返して、私をいじめてくるんじゃないかって。


 だから、美しくないとだめなの。

 世界一美しいくない私に、価値なんてないのよ。

 ねえ、私から、美しさも、奪わないでよ……。


 白雪姫を見ると、彼女はひっと小さく悲鳴を上げて、私から目をそらした、


 ああ、私、今、どんな姿をしているんだろう。

 きっと、とても見るに堪えないような姿になっているんだろうなぁ……。

 お母様、ごめんなさい、私、一番美しい女になれなかったわ……。


 ああ、熱い。熱くて、熱くて、このまま、私だけでなく、なにもかも、溶けてしまえばいいのに……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鏡や、鏡、この世で一番美しいのはだれ? 桜森よなが @yoshinosomei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画