3. 壱花 ―おばちゃんを味方に付けろ―


「おばちゃん、明日のA定食、何かわかる?」


「明日? まだちょっとわからないね。仕入れ状況にもよるから」


 学食のおばちゃんならわかるかなと思ったけれど、だめだった。私もつくづく不器用だな、なんて落ち込んでしまう。


「よければあとで連絡しようか?」


「……いいの?」


「お名前は、いちかちゃん、だったよね。ID教えてくれる?」


 おばちゃんに名前を覚えられていることに驚く。そういえば、定食をもらう時に亜美がよく私の名前を言っていたかもしれない。


「うん、IDはね……」


「ん、登録したから空メッセージ送るね。A定食がわかったら教えてあげるよ」


「ありがとう……ございます。あの、お名前は……」


「急にかしこまっちゃって」


 おばちゃんに笑われながら、名前も教えてもらった。A定食はだいたいいつもアジフライ定食だけど、たまに親子丼になることがある。そのタイミングを事前に知りたいのだ。


 もし親子丼なら、と決めていることが、私にはある。卵料理が好きな人を、お昼に誘いたい。ただそれだけ。



 ◇



「小松くん、いつも卵料理の定食だなって思ってたの」


「変なところ見られてたなぁ」


 爽やかに笑っているけれど、本当は私とは話したくないかもしれない、なんてネガティブなことを考えてしまう。だって小松くんの好きな人は亜美なんだもの。


「親子丼、いいよね。レアだし」


「そうそう、たまーにしか出てこない」


「もっと親子丼の日があってもいいのにね」


 おばちゃん、ありがとう。でもあまり話が弾まない。親子丼の話から離れたいけど、どうしたらいいか……。私がそう思い悩んでいると、「小松くん」と横から細い声が聞こえた。亜美だ。


「ごめん、返すの遅くなって。これ、助かりました。ありがとう」


「……えっ、ああ、いや」


 小松くんは、差し出された折り畳み傘を受け取りながら笑顔を作っている。でも亜美の方はあまり見ず、「忘れてたなぁ」と言いながら気にしているのは、手に取った傘ばかり。いつもと様子が違う彼に疑問を感じる私に、亜美が話しかけてきた。


「壱花、あのね……、昨日……ごめんなさい。あれから反省したの」


「……いいよ、もう」


「でも、こっちにも言いたいことはあるんだから」


 小さな声で話し始めたくせにそこはきっぱり言う亜美に、「何を?」と返す。すると、私は亜美に腕を引っ張られ、学食の外に連れ出されてしまった。


「何? どうしたの?」


「ねえ、小松くんのこと好きなんでしょ」


「……何を、根拠に」


「好きなんだよね。あたし、わかっちゃったんだから」


「ちょっと、気になってるくらい、だよ。私、恋愛ってよくわかんないし」


 本当のことだ。私には小説や漫画によく出てくる恋愛がわからない。主人公が恋愛に価値を重く置きすぎている気がして。特に、友人を好きな男子を好きになるなんて不毛だと思う。でも亜美はきっと、私よりわかっている。


「何よ、すましちゃって。昨日怒ったのは小松くんのためなんでしょ? なのに『関係ありません』なんて顔して。あたし、壱花のそういうところ嫌い」


 驚いた。いつも人に接する時にはふわふわしている亜美が、そんなことを言うなんて。


「……ごめん。亜美の言うとおり、かもしれない。でも本当にわからなくて……」


 素直に謝る。何だか、うれしかったから。亜美は動画だけじゃなくて私のこともちゃんと見ててくれたんだ、って。


「もうっ、壱花は人のことよく考えるくせに自分の気持ちには鈍感なんだから。人のために怒るなんて、その人のこと好きじゃなきゃやらないよ?」


「うっ……」


 そこまで言われてやっとわかった。私、小松くんが好きなんだ。だからモヤモヤしたり、イライラしたり。亜美はやっぱり私よりわかっている。


「壱花から押さないと。あいつ鈍いからね? しかもあたしなんかに騙されちゃうくらいだから、女の子慣れしてないよ、きっと」


「……う、うん」


「がんばらないと。ね?」


「うん……、がんばる」


「今度あたしにメイクさせて。絶対もっともっときれいにしてみせるから」


「あ、ありがと……」


 亜美はうつむく私に「じゃあね!」と言うとさっさと学食に入り、自分のテーブルに戻ってしまった。私も戻らないと。小松くんを待たせてしまっている。


「ごめんなさい」と言いながら席に座り直すと、小松くんは心配そうに私を見た。


「大丈夫? ……もしかして、喧嘩してた?」


「えっと、まあ、そんなところで……仲直りしてたの。気にしないで」


「あ、うん。あのさ、どうして親子丼のことわかったの?」


「えっと……、内緒だよ? あそこにいるおばちゃんに教えてもらったの」


 目でおばちゃんを差すと、小松くんは「うそだろ!?」と、こちらがびっくりするくらいの大声で言った。


「僕も前に教えてくれって頼んだことあったんだ。でもダメだって」


「えっ、そうなの? 私が頼んだら、おばちゃん、スマホで連絡取れるようにしてくれたんだよ。わかったら教えるねって」


「……何でだ……。まあいいけど。おかげで親子丼食べられてよかったよ。売り切れになるのも早いから、事前情報って大事だよな」


 ああ、また親子丼の話に戻ってしまった。どうして私はこうも不器用なのだろう。自在に会話を操れるようになりたい。でも亜美と約束したんだから、がんばらないと。


「あ、あのね、鎌倉においしい卵焼きのお店があるんだって。こ……、今度、一緒に……行かない?」


「卵焼き、いいね! 行こう! いつがいい?」


 ちらりと亜美を見ると、こちらを見てニヤリとしたのがわかった。


「上田さん、土曜日でもいい?」


 がんばらなくちゃ。亜美に叱られちゃう。


「あ、うん、大丈夫だよ。他に行きたいところある?」


「今は思い付かないなぁ。考えておくよ」


「じゃあ、ID交換しよう」


 亜美、おばちゃん、ありがとう。私は心の中で感謝をしながら、約束を取り付けていった。


「楽しみだね」


 ふふふ、と笑うと、小松くんも微笑んでくれるのがうれしい。メイク、教えてもらわなくちゃ。着ていく服も相談したい。嫌いなんて言ってごめん、って、まだ亜美に謝ってない。あとで謝らなくちゃ。


「そうだ、友達連れていっていいかな? 亘って言って、顔は怖いけどすごくいいヤツなんだ」


 ……まだ、がんばりが足りなかったみたい。


「……うん、いいよ」と答えるしかない私を、亜美がじっと見つめていた。


「私も、亜美と一緒に行くね」


 今回はしょうがないの。次はもっとがんばるから。


 私は心の中で言い訳をしながら、亜美に送るメッセージの文面を考え始めた。

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ナイター 祐里 @yukie_miumiu

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