第3話  再会と都市伝説

 幼馴染のユキの姿を再び目にしたのは、僕たちの通い慣れた学校ではなく、学校側からはあまり近づかないことを暗黙の了解とされている繁華街でのことだった。


 ユキはそこで知らない男と親し気に歩いていた。

 商売女のような赤い口紅を塗り、カラーコンタクトレンズ、艶やかだった黒髪はパサついた金髪になりそこなったみたいな茶色に染められていた。

 一方で爪だけはそういう女とは違った、あのとき初めてキスをしたときと同じ

 唇の端をつりあげ、目じりは無理やり下げられた作られた笑顔を張り付けていた。

 どこまでも生真面目でまっすぐな優等生だった俺の知っているユキとは別人だった。

 だけれど、どんなに別人のように見えてもユキであることは確かだった。


 むき出しになった太ももにうっすらと残る白い傷跡は、小学生の頃、子猫を助けようとしたとき木登りでできた傷だし。

 そして、なによりも俺が幼馴染であるユキを見間違えるはずはなかった。


 男と一言二言交わしたあと、ユキは男の腕に絡めていた腕をほどいて「バイバイ」というように小さく手を振った。

 そして、次の男に流れていく。

 どうやらさっきの男は親しくともなんともないようだ。

 次の男にも同じような笑顔を貼り付け媚を売っていた。


「ユキ……?」


 俺が声をかけると彼女はびっくりした顔をして固まった。

 他の男に向けていた媚を作るような表情や声はこちらに向けられない。

 カラーコンタクトレンズの向こう側にある本物の瞳は収縮し確実にこちらを捕らえていた。


「「なんでこんなところにいるの?」」


 俺とユキの声が重なった。

 俺の声は疑問を示す一方、ユキの声は震えていた。


「ずっと心配していたんだ」


 俺が何とか言葉を絞りだす。

 だけれど、ユキは俺のことを拒絶した。


「私、汚れちゃったから。もうふさわしくないの。約束していたお嫁さんになれない」


 そう言って、ユキは俺を押しのけた。

 その手は昔と変わらず清潔で、丁寧に整えられた爪は初々しいベビーピンクをしていた。


 ***


 結局、その後なんとかユキを説得した。

 ユキは一年浪人したが、俺と同じ大学に入学した。

 ユキは勉強ができなかったわけじゃなくて、出席日数が足りなくて高校を卒業できなかったのだ。

 真面目だったユキが高校生活を留年するのにはいろいろな噂がたった。

 ひどい先輩にレイプされたとか。

 不治の病から奇跡的に回復したとか。

 そんな、あり得ないような噂話。


 ユキが大学に入ってすぐ、俺とユキは同棲した。

 親たちには反対されるかと思ったけれど、ユキの両親の後押しもあってすんなり受け入れられた。

 ユキの両親としては、高校時代に娘が学校に行かなかった苦い記憶を思えば、俺の側で学校に通う方が安心だと思ったのだろう。


 ユキは料理も上手いし、掃除も得意だった。

 高校の頃は俺と大して変わらないと思っていたのに。

 あるとき、「家事が得意だね」と褒めたら、顔を赤くして「練習したの」と教えてくれた。

 どうやら、留年している間に余った時間に家で家事スキルを身に着けたらしい。

 俺と暮らすために。


 俺たちは問題なく大学生活をすごした。

 以前と変わらない平和な時間だった。


 ユキの爪は大学を卒業するまできれいな淡いピンク色をしていた。



 大学を卒業後、俺たちはすぐに結婚した。だが、俺はユキの身に何が起きたか、なぜ俺の一言で学校に来なくなってしまったのか聞くことはなかった。


 ***


 なんでこんな昔話をしたかというと理由がある。

 最近、SNSである噂を目にしたのだ。

『未成年で性交渉をすると、爪が紅くなる』

 そんな都市伝説がまことしやかにささやかれ、証拠の写真まで上げられる始末だった。


 その噂はすぐに嘘だと指摘されたが……。


 ふと思うのだ。

 きっと、俺がユキに「爪が赤くない?」と指摘したときユキは誰かと関係を持っていたのではないだろうかと。

 だけれど、確かめる術はない。

 俺たちはもう未成年じゃない。

 関係を持ったところで爪が赤くなるかどうか試しようがない。


 でも、ふと思うのだ。

 あのときユキが誰かに奪われていなければもしかしたら俺たちはこうして結ばれることはなかったのではないか。

 俺は自分の気持ちに気づくことができなかったのではないかと。


 彼女への気持ちに気づくことができずユキと結婚できないことのほうが、俺にとってはよっぽど怖い話である。

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セッ◯スすると爪が紅くなる 華川とうふ @hayakawa5

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