エピローグ プラカノン運河、魂の渦

プラカノン運河、魂の渦

ここはプラカノン、澱む熱帯の息吹。

運河の水面は鏡のように、空を映し、星を映し、そして底知れぬ闇を映す。

ここは、忘却の淵、記憶の墓場。

黄色い扇風機、錆びた羽根は絶えず回り続け、生者と死者の境界線を曖昧にする。

まるでロートレアモンの詩のように、美しい悪夢が、この運河に渦巻いている。

かつてナチスの科学者、クラウス・シュミットはこの地に逃れ、禁断の知識を探求した。 彼は扇風機に悪魔を呼び込む力を与え、時空さえも歪めようとした。 だが、彼の企みは、未来からの干渉によって阻止され、扇風機は闇へと消え去った。

プラカノン運河は、彼の残した闇を飲み込み、新たな悪夢を育んでいく。

美しいメナーク、愛に狂い、水底に沈んだ魂。 彼女の嘆きは、夜風となって運河を彷徨い、生者を誘惑する。 そして、あの黄色い扇風機は、彼女の悲しみと、無数の魂の苦しみを閉じ込めた、呪いの器と化した。

お笑い芸人ユウタは、事故物件の安アパートで扇風機の呪いに触れた。 彼は恐怖に駆られ、かろうじてその魔の手から逃れることができた。だが、彼の心に植え付けられた恐怖は、決して消えることはないだろう。

日本人女性たちは、次々とプラカノン運河の闇に引き寄せられる。 語学留学、観光、あるいは逃避行。彼女たちは皆、あの黄色い扇風機と出会い、運命の歯車を狂わされていく。

失踪、殺人、狂気。 繰り返される悲劇は、まるで運河の水のように、淀み、腐敗し、そして新たな犠牲者を求めて渦巻く。

コールセンターで働く奈々子は、不気味な老婆に扇風機を勧められ、悪夢のような現象に悩まされる。 彼女の運命は、まだ定かではない。だが、あの黄色い扇風機が、彼女の日常を侵食し始めているのは確かだ。

プラカノン運河は、巨大な胃袋のように、あらゆるものを飲み込み、消化し、そして新たな怪物を生み出す。

昆虫食研究者、桜井桃子は、巨大なカブトムシと奇妙な扇風機に導かれ、古代の秘密結社、人間と昆虫の融合という、さらに深淵な謎に足を踏み入れる。

記憶を失った男、誠一は、AIの助けを借りて、過去と向き合おうとする。 しかし、彼の記憶は断片的で、現実と虚構が入り混じり、真実にたどり着くことはできない。

ここはプラカノン運河。

過去と現在、現実と幻想、生と死が、複雑に絡み合い、一つの巨大な悪夢を織りなす。

黄色い扇風機は、その悪夢の中心で、絶えず回り続け、新たな犠牲者を待ち構えている。

そして、この詩を読んでいるあなたも、すでにその悪夢に足を踏み入れているのかもしれない…。

静寂を破る轟音、死の鉄道の亡霊たちが、プラカノン運河に集う。 彼らは、過去の怨念を吐き出し、生者を呪い、そして永遠に続く苦しみを共有しようと手を伸ばす。

ここは、終わりのない物語。

黄色い扇風機は、その物語を語り続け、新たな章を紡ぎ出す。

プラカノン運河は、静かにそのすべてを見守り、そしてその底知れぬ闇に、すべてを飲み込んでいく。

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バンコク怪奇譚 中村卍天水 @lunashade

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