廃工場の声

@yuhaito

廃工場の声

「あ〜あ、やっちゃった」

 これは私がとある廃墟の探索をした時に録画された動画に入っていた音声です。最初に申し上げますと、この時、私は一人でしたし、そもそも動画など録画した覚えはありません。そしてこの音声が録音されていたのは私が探索中に怪我をした直後でした。

 いい趣味とは言えませんが私は廃墟が好きでこれまでに様々な廃墟を訪れてきました。中には心霊スポットと呼ばれるものもありますが、私の廃墟への関心は心霊的なものではなく、人工物が廃れていく過程を見ることにあります。〇〇県最恐心霊スポットと呼ばれる廃トンネルや某有名霊能者が立ち入りを拒んだ廃ホテルなどにも行ったことはありますが、霊的な現象は一度もありませんでした。私に霊感がないからなのかもしれませんし、単に鈍感なだけなのかもしれません。だからこそ、今回の動画には驚きました。

 その日、私が訪れた廃墟はどのサイトを見ても霊的現象に関する記載はなく、ブログなども私と同じように廃墟探索や写真撮影を楽しむタイプの方が書いているものです。つまり、肝試し向きではなく、廃墟に魅せられている人たちが行くような場所です。

 廃墟探索というものは不法侵入であることに変わりませんし、壁への落書きは器物破損になるという認識はこういったサイトの運営者やブロガーも認識しています。そのため、自分の事故などによって廃墟に入られなくなるのを防ぐために皆さん気をつけています。明るい時間に探索を行うのは当然ですし、釘が刺さらないように厚い靴も履きます。大声を出したら近所の方の迷惑になりますし、落書きなんてもってのほかです。しかし、その日は私の不注意で足に怪我をしてしまいました。例の動画が撮影される直前です。

 その日、私は一人で廃工場に向かいました。車を駐車してから工場までの道が少々険しいことで知られている廃墟です。以前は吊り橋から行くことができましたが、土砂崩れで崩壊してしまいました。今回のルートは駐車場から斜面を下って川を渡ります。渓流釣りの穴場であるため斜面から生えた木にロープが結んでありました。帰りは大変そうだなと考えながら下っているうちに川に辿り着きました。廃墟は目の前ですが、少しでも浅いところから渡ろうと思い、回り込んだ場所から川を渡りました。水深は膝ほどでしたが、流れがあると立っているのも難しいのですね。テレビでよく見る津波の実験を思い出しました。

 苦労して辿り着いた廃墟は素晴らしいものでした。建物の高さは2階建てといったところでしょうか。壁に沿う形で2階の足場はありますが、幅は人一人が通れるような幅なので感覚的には2階建ての高さがある1階建ての建物のように見えるため、開放感があります。そして壁は所々剥がれてコンクリートが見えていますがほとんどの塗装が残っていて、まるで白い宮殿のようです。川沿いの壁は全面が小さなガラス張りになっていて、割れた窓から入り込む緑の蔦と背景に見える夏の青空、そしてそれらが入り込む白い壁がレンズ越しに写ります。

 私は夢中で写真を撮りました。錆びた梯子に上り、室内を見下ろしました。機械室には鍾乳石のような大きな塊ができていました。地下室には地上とつながる大きな配管がありました。

 そして私は怪我をしてしまいました。

 1階を探索中に歩きながら天井の写真を撮っている時です。地下に繋がる小さな穴を見過ごし、踏み外してしまったのです。幸いなことに穴のサイズは私の片足がはまるほどしかなく、大きな怪我はしませんでした。しかし、踏み外した穴が錆びた鉄枠でできており、絆創膏では対処不可能な流血でした。少し大変ですがまた来ればいいと思い、その日は探索を中断して帰宅しました。

 家に帰り、写真の整理をしていると動画が一本撮影されていることに気が付きました。この日、私は写真を撮っていましたが、動画は撮っていません。動画は最後に撮影されたものでした。私は写真を撮りながら怪我をしたので、この動画は穴に落ちた後に撮影されたことになります。カメラにも少し傷がついてしまっていたので間違って録画してしまったのかと思い、一応見てみることにしました。動画はやはり私が落ちた時のものでした。タイミング的におそらく、踏み外した瞬間に撮影が始まり、穴から足を抜いた時に停止したと思われます。その時、私はあることに気がつきました。虫の鳴き声や川の流れる音の他に、人の声のようなものが入っていました。録画中、そして探索中は私一人でしたし、周りに釣り人もいませんでした。私は考えました。今までこのような霊的現象はあっただろうか。そもそもここは心霊スポットではありませんし、私に霊感もありません。音量を上げて聞いてみるとその声は私が足を穴から上げている時に聞こえています。男の声ではっきりと録音されていました。聞き間違いと疑いたくなりましたが、現実を認めざるを得ません。マイクの近くではっきりと声が聞こえているのです。さらに、内容が全く関係ないのであれば、無理矢理にでも何かの間違いだと思い込むこともできるのですが、あまりにも現場の状況と声が一致しています。録音された声の主はこう言いました。

「あ〜あ、やっちゃった」

 声の主は私でした。

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