乳首を虹色に光らせたトナカイさん

春海水亭

メリークリスマス


 ◆


 昔々、まだ街に瓦斯灯すら存在しなかった頃、月と星の明かりだけが夜の道標をしてくれていた頃のお話です。

 

 あたり一面真っ白な雪に覆われた世界の中に、一人の太ったおじいさんが立っていました。誰がどこから見たって、そのおじいさんを見失うことはないでしょう。そのおじいさんは赤い帽子を被り、上下も赤い服を着ていました。白い雪の中で赤い服のおじいさんはとても目立ちます。おじいさんのおひげは雪と同じ白い色をしていました。そう、みなさんもご存知のサンタクロースのおじいさんです。

 今日は十二月二十四日の昼、そろそろクリスマスプレゼントを配る準備を始めなければならない頃でしたが、サンタクロースのおじいさんはうんうん唸って悩んでいました。


「こういう時に真っ赤なお鼻のトナカイさんが風邪を引いてしまうとはのう……」

 皆さんも一度はお歌で聞いたことがあるでしょう。

 サンタクロースのおじいさんが言っているのは、真っ赤なお鼻をピカピカと光らせてサンタクロースのソリを引いていたトナカイさんのことです。

 今の時代とは違って、夜を照らすものと言ったら月と星の光ぐらいで街だって暗い闇に包まれていた時のことですから、明かりもないのにソリを走らせるのはとても危険です。ソリをどこかにぶつけてしまったり、あるいはプレゼントを落としてしまったりするかもしれません。皆さんのところに届くプレゼントだって遅れてしまうかもしれません。


「ううん、困ったのう……こういう時に夜道を照らしてくれる誰かがいれば……」

 サンタクロースのおじいさんがうんうん唸っていると、背後から声がしました。

「サンタクロースのおじいさん、よければ僕の明かりを役に立ててはくれませんか?」

「おおう、君は……」

 サンタクロースのおじいさんはプレゼントをあげた子供の声を忘れたりはしません。おじいさんの後ろから聞こえた声は、十年前にプレゼントをあげた少年でした。今では立派な青年になっているはずです。

 振り返ると、そこには乳首を虹色に光らせた青年が立っていました。

 当然、上半身は裸です。


「死ぬぞ」

 サンタクロースのおじいさんは端的にそう言いました。

 サンタクロースのおじいさんが暮らすグリーンランドの冬の寒さは非常に厳しく、氷点下十度から二十度が平均気温と言われています。

 そんな極寒の地で上半身裸になって、虹色に光らせた乳首を尖らせているのです。青年の肌は雪のように白く、唇は紫色になっていました。虹色に光る乳首はまるでキャンバスに描かれたように鮮やかに見えました。


「とりあえず、その……服を着なさい、そして、どこから何を聞けばいいんだい?」

 サンタクロースのおじいさんは世界中の子どもたちのことを知っています。彼らが今年一年どのように過ごしていたかも、そしてどんな物を欲しがっているのかも。だから子どもたちのためにプレゼントを配ることが出来るのです。

 しかし、もう子供ではなくなった青年が乳首を虹色に光らせている理由はわかりませんでした。理由というかそもそも方法がわかりませんでした。


「服は着ません」

「死ぬぞ」

 サンタクロースのおじいさんはもう一度言いました。

 目の前の青年はグリーンランドの冬を舐めているというわけではないのでしょう、その目には死すら覚悟したものの光が宿っていました。


「サンタクロースのおじいさん、いつもプレゼントをありがとうございました」

「お礼は良い、服を着なさい。死ぬぞ」

「私は風の噂で真っ赤なお鼻のトナカイさんが風邪を引いたと聞きつけ、ならばサンタクロースのおじいさんが困っているだろうと、乳首を虹色に光らせてやって来たのです」

「乳首を虹色に光らせている理由の方はいい、方法の方を教えてくれ。いや、その前に服を着なさい」

「かつてサンタクロースのおじいさんがくれたプレゼントによって私の子供時代は救われました、ならば次は私の番です。私は乳首を虹色に光らせることしか出来ませんが、どうかかつての私のような子どもたちを救ってあげたい」

「その前に服を着て自分を救いなさい、あと君、乳首を虹色に光らせるのは大したものだと思うよ」

 かつてプレゼントをあげた少年が立派になって自分の前に現れた喜び以上の感情がサンタクロースのおじいさんに湧き上がりました。


「たとえ、乳首が腐り落ちようともサンタクロースのおじいさんを手伝う覚悟です」

 むむむ、サンタクロースのおじいさんはうなりました。

 大変、ありがたい申し出です。

 しかし、普通の人間である青年にはトナカイと違って温かい毛皮はありません。上半身が裸では、プレゼントを配っている途中に凍死してしまうでしょう。乳首が虹色に光ってる奴が普通の人間なわけねぇだろ。


「君の申し出は大変に嬉しい……しかし、まずは服を着なさい。確かに今の子供達は大切だ。しかし、君もかつて私がプレゼントを渡した大切な子供たちの一人なんだ。だから服を着なさい。子供たちの皆を笑顔にするのが私の役目だ。君を犠牲にするわけにはいかない。服を着なさい」

「しかし、サンタクロースのおじいさん……私がこのままおめおめと服を着たら、なんのために乳首を虹色に光らせたというのでしょう」

「さあ……?」

 サンタクロースのおじいさんでも、その問いに答えは出せませんでした。

 そもそも前提の虹色に光る乳首がよくわかりません。


「とにかく、服を着て私の家の暖炉に当たっていきなさい。死ぬから」

「そうですよ、乳首を虹色に光らせた青年。サンタクロースのおじいさんは私が手伝いますから」

 その時、再びサンタクロースのおじいさんの背後から声が聞こえました。

 かつて、サンタクロースのおじいさんがプレゼントを渡した子供です。

 立派になってサンタクロースのおじいさんを手伝いに来てくれたのです。

 サンタクロースのおじいさんは振り返った瞬間、言いました。


「死ぬぞ」

「死を賭して、私はここに来ました」

 サンタクロースの視線の先には剥き出しの股間を虹色に光らせた青年が立っていました。


「その……見られたい感じなのかい?」

「お見苦しいものを見せて申し訳ないと思っています……しかし、私の中で光らせることの出来る部分が股間しかなかったのです」

「……決まっているのかい?っていうか服を着なさい、現段階ではお見苦しいだけだから」

 しかし、股間を光らせた青年はズボンどころか下着を着用する気配すら見せませんでした。その唇は紫を超えて、ほとんど白色になり、歯はカスタネットのように小刻みにカチカチと震えています。


「子供たちのためならば、私の一物など腐り落ちて結構。ゆきましょう」

「そもそもの行先はおそらく牢獄になるかな……」

 世界的な風潮として男性の乳首は大丈夫ですが、男性に限らず下半身はアウトです。もっとも、この寒さでは証拠品となる虹色の光が腐り落ちてしまうでしょう。


「待ってくれ」

 虹色乳首の青年が言いました。

「サンタクロースのおじいさんの言う通りだ、この寒さの中で下半身をもろ出しにしては死んでしまうぞ」

「別に上半身でも下半身でも死ぬと思うよ」


「……私はサンタクロースのおじいさんと違って、子供たちに渡せるものはありません。出せるものといえば股間ぐらいです。どうか、サンタクロースのおじいさん。私を連れて行ってください。世界中の子供たちのために」

「いえ、私が行きます。股間を虹色に光らせておきながらここまで高潔な人間がいるでしょうか。彼はここで死なせるにはあまりにも惜しい人間です」

「そもそも股間を虹色に光らせている人間の参照例が一件だけなんだけれど……」

 青年たちは互いの部位を光らせながら、殆ど睨み合うように見つめ合いました。怒りがあるわけでも憎しみがあるわけでもありません、目の前の立派な人間を死なせないために自らが犠牲になろうというのです。

 立派に育ったなぁ――サンタクロースのおじいさんはほんの少しだけそう思いました。しかし、思考の大部分はこのままでは死んでしまうから服を着てほしい、に占められています。


「サンタクロースのおじいさん……このような高潔な人たちを死なせるわけにはいきません、私がいきましょう」

 その時、サンタクロースのおじいさんの背後から新たな声が聞こえました。

 サンタクロースのおじいさんは振り向かずに尋ねました。

「君はどこが光るんだい?」

「肛門が――」

「それは普通に危ないから、服を着なさい」

 肛門の光を前方に向けるにはどうしてもバック走になってしまいます。

「確かに……」

「来てくれてありがとね」

 かつての子供たちは優しい人間に育ちました。

 サンタクロースのおじいさんの心を慰めたのはそれだけです。

 気づけばもう日はとっぷりと沈んでいました。

 そろそろクリスマスプレゼントを配りに行かなければなりません。


「サンタクロースのおじいさん、もう時間がありません」

「私達は覚悟の上です、決してサンタクロースのおじいさんを攻めたりはしません」

「乳首を虹色に光らせた私か」

「股間を虹色に光らせた私が、ソリを引きます」

「なんという二択……」

 人生で選ぶことのないような二択でした。

 それに肛門も加えていれば、下手すれば三択だったので、全く恐ろしいことです。

 なんとか三択で苦労することは避けられました、三択苦労す。は避けられたのです。


 数分後、ソリは夜道を走り始めました。

 夜の闇を虹色の光が照らしています。

 サンタクロースのおじいさんが鼻から放つ虹色の光です。


「ホー!ホー!ホー!」

 サンタクロースのおじいさんは誰かを犠牲にしなければならない二択から、誰も犠牲にしない三択目を選びました。三択労す。


「というか、身体の部位を虹色に光らせる方法があるなら、儂がそれを使えるようになればいいのではないか?」

「「一理ある」」

 かくして、サンタクロースのおじいさんは二人の青年たちから体の部位を虹色に光らせる方法を学び、見事に額を光らせることに成功しました。

 暗い夜道を虹色の光がピカピカと照らします。

 サンタクロースのおじいさんは、今年も迷うこと無く子供たちにプレゼントを配ることでしょう。


 サンタクロースのおじいさんの分厚い赤い服の下で乳首と股間が光ります。

 サンタクロースのおじいさんを見送るように、青年たちもまた乳首と股間を光らせました。


 メリークリスマス!


【終わり】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

乳首を虹色に光らせたトナカイさん 春海水亭 @teasugar3g

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ