お慕い申し上げます

太刀山いめ

名も知らない貴女へ

 私が貴女を見つけたのは鳥籠の中でした。貴女は羽根を傷め、籠の中の小枝に掴まりただただ静かに佇む。その孤独ながらも凛とした姿に私は魅了され、少しでも側に寄れたらと…どうすれば寄れるのか考えた。

 そう考える私は己の羽根を搔き毟る。傷んだ貴女に己を近づける為に。だが悲しいかな。鳥籠は小さい。搔き毟る私を見咎めた大人が私を小さな鳥籠におさめた。私は貴女と同じになった。だけれど囚われ、自由に貴女との距離を近づける事が出来なくなる。鳥籠は小さい。本当なら貴女の鳥籠に一緒に囚われたかった。迂闊だった。だけれども鳥籠は貴女の比較的近くに置かれた。これでこの場に居る事が不自然でなくなる。静かに私は貴女を窺うのだ。

 お慕い申し上げます。そう言えたらどんなに気が楽か。私達傷んだ者同士。だけれども貴女は麗しい羽根をした小鳥。私は薄汚れた痩せ烏。雑食の血が仄暗い気持ちを抱かせる。

 貴女を食べてしまいたい。好きなだけ啄いて啄いて齧りついてしまいたい。そして出来るなら貴女から滴る艶めかしい血潮迄も感じたい。五体で貴女を感じたい。

 貴女は鳥籠の中でじっとしている。少しも私の視線に気が付かない。たまに毛繕いをして砂浴びをする。すると舞い上がる砂と同時にはつらつとした貴女の匂いが舞う。なんと素晴らしいものか…貴女と言う偶像を崇拝する信者にとって、それだけで恍惚をもたらす。貴女は宗教。私はその忠実な信徒。

 出来るなら一筋の羽を下賜(かし)して下さい。烏にはないその鮮やかな羽を。私ははしたなくその羽を舐る(ねぶる)でしょう。そうして私はきっと絶頂に達する事でしょう。その様を見る貴女の視線を想像する。きっと哀れに思われるでしょうけども、それが私です。

 私が日がな耽美な想像に耽っている間にも貴女は佇むだけで色気を発する。どの様な異性であろうとも貴女の面差しには敵わない。

 是非忠誠の口付けを…そう想いに耽る。「齧らせて…」微かに、そして聞こえないだろう声音で鳴く。貴女と言う果実。そこから滴る蜜を啜らせて下さい。羽根ばかりでなく貴女の御御足(おみあし)も眩しく映る。すっとした御御足。嗚呼そこに平伏す私を想像する。とくとくと心臓が打つ。貴女の下僕である私はもう我慢がならない。こんなにも焦らされる。


「御側に居たい」

そう鳴くも、貴女は小鳥。私は烏。そもそも求愛の仕方さえ違う。どうしたら伝わるのだろうか。私は羽根を搔き毟る。少しでも貴女の痛みを知りたくて。じっと私は自分の止まり木を見つめる。そこには猛禽類に近しい無骨な足があるだけ。

 ある日貴女の歌声を聞いた。ピィと短いけれど澄んだ歌声。ああもうこんな鳥籠がなかったら真っ先に駆け付けるのに。もっと近くで、出来たら貴女の笑顔が見てみたい。

 ピィピィ…貴女は日に日に歌う事が増えましたね。それは貴女の美しさに拍車をかけていきます。ますます魅力的になっていきます。すぐに御側に侍りたい。そして啄いて啄いて食べてしまいたい。貴女は生命力を取り戻す。

 ですがそれは敵わない。最近は大勢の大人が貴女の鳥籠を囲む様になりました。「貴女は私のものだ!」そう鳴こうとすれば大人の群れから幾人かが私の鳥籠に来る。まだまだですね。うん、経過観察だね。そう話している。

 何がだろう。大人の言う事は分からない。

「おめでとう。退院が決まりましたよ」

 貴女の鳥籠に集った大人達が仕切りに賛辞を贈る。「有難うございます」貴女は鈴の鳴る様な声音を弾ませる。貴女は鳥籠から一歩出る。すると小鳥の輪郭線がするすると形を変えた。黒髪の美しい女性となり大人の群れに混ざる。玉のようなみずみずしい肢体が顕になる。すらりとした手足に齧りたての果物の様な匂い。滲む瞳。薄い桃色の唇…嗚呼是非に口付けを。嫌がるでしょうが押し倒し貴女を感じたい。この肉欲は消せず大きくなるばかり…だと言うのに…

 小鳥は消えた。いや、貴女は元々人間だったのだ。だが私からしたら可愛いロビン。可愛い小鳥。青い鳥。

 青い鳥は探しても見つからない。今日も私ははしたなく口を開けてみせる。そこに大量の錠剤を流し込まれる。


 愛しい貴女は此処から巣立って久しい。今でも思い出す。廊下に落ちた貴女の長い御髪を拾い上げた時を。女神から下賜して頂いた宝。それを密かに舐る。そうする事で軽く絶頂に至る。そんな日々…


「お加減どうですか?」鳥籠に来る大人は言う。はい、有難うございます。私は言う。「まだまだですが頑張っていきましょう」はい、有難うございます。

 私は烏、痩せ烏。

 お慕い申し上げます。見知らぬ貴女。


終わり

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お慕い申し上げます 太刀山いめ @tachiyamaime

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