あの家

hororo

あの家

 わたしの家の近くには地元で有名な心霊スポットがあります。

 それは通称「あの家」と呼ばれる廃屋です。


 大きさは普通の一軒家で2階建て。

 瓦はところどころ崩れ、入口の門扉もんぴは片方ない。

 おまけに1階と2階の窓には薄い白のレースカーテンが張られていて中の様子が若干に見える。それがまた家の中からも見られているようで気味の悪い。「正しく」な廃屋でした。


 あの家の前を通る度、親からは「ここには絶対に入らないでね」と言われていました。

 そしてそれはどうやらわたしだけではないらしく、その区域の子ども全員が親にそうしつけられているようでした。


 そんなあの家のいわくについては、小学生ながらに色々と耳にしていました。


「老婆の幽霊が出る」

「首吊りの霊がいる」

「入ったら呪われる」


 しかし、これらの真相は誰にもわからず。

 かといって確かめる人も、誰一人としていませんでした。


 ……小学生の時までは。


 * * *


 これはわたしが中学1年生の時のお話です。


 その日は一学期の終業式。明日から夏休みという日でした。

 わたしが所属する仲良し4人グループでは朝から、ある話で盛り上がっていました。

 それは同じグループの1人が「あの家で幽霊を見た」というもの。



 話は昨日の部活帰り。

 その子があの家の前を通ると、いつもは何もない2階の窓に人影を見つけたそう。

 その人影はシルエットから察するに髪の長い女性。

 彼女が「あれ、誰かいる」と目を凝らすと、段々と女性の全貌ぜんぼうが見えてくる……。


 その女性はうつむくように頭を下げていて、肩は丸め猫背気味。

 そして首元から天井に向けて1本の線を出した……、


 首吊りの人影だったのです。


 そのことに気付いた一瞬後、追い討ちをかけるかのように彼女はあることにも気付きました。

 それは、その人影がゆっくりと

 天井から首元に伸びる1本の直線。

 それを起点にその女性の人影が、ゆっくりと回転していたのです。


 はじめは後ろを向いていた。

 それなのにその人影は、斜め後ろを向き、横を向き、今では正面を向いている……。


 途端に彼女は声を上げてその場から逃げ出した。

 ……というもの。



 この話にわたしたちグループは大いに盛り上がりました。


 一部ではタブー視すらされているあの家の体験を、まさか友達から聞けるなんて!

 そんな未知の存在に対する興奮と「明日から夏休み」という事実。

 それらにテンションをかき立てられたわたしたちは、誰にともなく「今夜確かめに行こう」と、あの家に行くことになったのでした。


 * * *


 その日の夜10時。

 わたしは家族にバレないよう家を抜け出し、友達3人と合流してあの家に行きました。


 到着早々、全員で目を凝らして2階を見ましたが、やはりというべきか人影はなくそのことを確認したわたしたちは門を抜け、あの家の中に入りました。


 家の鍵はかかっておらず、わたしたちは玄関に入ってすぐの、おそらくは客間に進みます。

 客間は異様なくらいにカビ臭く文字通りボロボロでした。

 畳は手入れがされずに浮いていて、天井に至っては一部の板が落ちている。

 もちろんそれだけではなく古い新聞や割れた皿、ボロ切れのような服がそこら中に散らかっていました。


 そんな中、友達の1人がスマホのライトを落ちていた新聞に当てました。

 それはどこにでもある普通の新聞の地方面。

 わたしたちが覗き込むと友達が読みはじめます。


「(覚えてないためここは適当です)20xx年、今年もカクヨム町では秋の交通ルール教室が開かれました……。交通ルール教室終了後、参加者には鍋が振る舞われ、今年も無事に終わりました……」


 そんななんてことはない普通の内容。

 しかしそれを読み終えると友達の1人、カナちゃんがこんなことを言い出たのです。


「あ、ごめん。あたし帰らないと」


 本当に突然でした。

 友達2人が言います。


「え、なんで?」

「まだ1階でしょ。2階は?」


 そう。

 事実、あの家に入ってまだ5分も経ってなく、もちろん目的の2階にも行ってません。

 驚く2人をよそに、わたしは言います。


「いいんじゃない、帰れば。わたしも暇じゃないし、帰ろっと」


 そのわたしの言葉に、カナちゃんはあの家を出て行きました。

 それに続いてわたしも家を出れば、残された2人もついてきます。


「ねえ、カナちゃん変だよ。どうしたの?」

「カナちゃん怒ってんの?」


 友達2人は訊きますがカナちゃんは一貫して無言。

 そうしてわたしたちがあの家の敷地を出て、しばらく歩いた頃、それまで何も言わなかったカナちゃんはようやく話しはじめました。


「みんな……怖くないの?」

「え、なにが? あの新聞変だった?」

「違うよ。見てないの? おばあさん……、


 ずっとあたしたちを見ていたんだよ」


 そうです。

 はわたしにも見えていました。

 友達の1人が床の新聞を読み上げてる時のこと。

 ふと新聞から顔を上げるとカナちゃんは新聞を見ておらず、1人廊下の方を見ていました。


 わたしが「何を見ているんだろう?」とカナちゃんが見る先に目をやると、そこは真っ暗な廊下の奥の奥。

 ほとんど暗闇のそこにのです。


 白髪はくはつのその老婆は身動き一つすることなく、廊下の奥からじっとわたしたちを見ていました。


 老婆を見たわたしは怖くなって再びカナちゃんを見ました。

 カナちゃんはわたしの視線に気付くと、ただ小さく首を振り、みんなに「帰る」と言い出したのです。


 あの老婆はいったい何だったのか。

 そしてあそこで何をしていたのか。


 友達と別れたあと、家に帰ったわたしは布団の中で震えて眠りました。


 * * *


 翌日。

 起床したわたしがリビングに行くと開口一番、母が言いました。


「ね。昨日の夜、坂井さんの家に行った?」

「え……」

「ん? 昨日の夜、外出て行ったでしょ?」


 どうやら母は、わたしが昨夜外出したことに気付いていたようでした。

 そして母が言った「坂井さんの家」はおそらく「あの家」のこと。

 でも、どうして母がそのことを知っているの……?

 わたしが何も言わずにいると母は続けました。


「今朝ね、うちに坂井さんが来てね。昨日お宅のお子さんが『離れ』に来たかもって、ビックリしてたの。あ、別に怒ってたわけじゃないよ。ただ、夜は危ないからうろつかない方が良いって……あれ? 坂井さんって知らない? 坂井さんってね、頭白髪のおばあちゃんで……」



 ……へ?



「あの人って、幽霊じゃないの!?」



 思わず大声を出したわたしに母が言います。


「何言ってるの。坂井さんは生きてる人間よ。今は近くにある娘さんの家で暮らしてるんだけど、たまに夜中に巡回してるんだって」


『生きてる人間』


 その言葉を聞いた瞬間、わたしの頭の中を色々な考えが巡りました。


 幽霊だと思っていた老婆は生きていて、坂井さんという。

 坂井さんはあの家の持ち主。

 たまにあの家の巡回をしている。

 それなら一昨日、友達が見た2階の人影も、きっと……。


 そこまで考えを進めたわたしは、「もう幽霊なんて信じるか!」と心に決めるのでした。



 こうして、あの家に関する幽霊騒動は幕を閉じた。……と思いかけたその時。

 わたしはあることに気付きました。


「……あれ? でも坂井さん、何であんな夜遅くに巡回してたの? 家の見回りなんて昼間でもいいのに」


「うん、それがね。先月、夜中に家の前を通ったら……。






 2階で首を吊る人影を見たんだって」

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あの家 hororo @sirokuma_0409

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