第5話 カツ丼
キング・オブ・丼物。
何故ならばコメを炊く炊飯器に、カツを揚げる揚げ鍋、それから卵でとじるための丼鍋と実に三つの調理器具が必要な壮大な料理だからだ。
そんなわけで、自家製カツ丼など面倒の極地である。ならばお外で食べる或いは調達してくるのが手っ取り早い。
街中華の店だったり、そば屋だったり、専門店だったりと、カツ丼は私のDNAに刻まれた丼物の中の頂点である。カロリーもトップクラスだ。
そば屋の出汁が利いた辛すぎない割り下によるカツ丼、街中華のこってりカツ丼、ネットから注文するチェーン店のカツ丼……みんな違って、みんな良い。
蓋を開ければ閉じ込められていた蒸気と共にふわりと立ち上る揚げ物の香ばしさとつゆの匂い。ほのかに彩りを添える三つ葉。卵の黄色と白いヴェールを被ったきつね色のトンカツよ……。
下味はどれぐらいしっかりつけるのか、衣の厚みはどうか、肉は柔らかいか……店ごとに異なるそれぞれのカツ丼、それぞれの幸せタイム。偶に食べるスーパーの出来てから時間が経ったカツ丼もまたいとおかし。
卵と一緒に食べたらうまいもの、ロースカツ。
ご飯と一緒に食べたらうまいもの、ロースカツ。
贅沢全部盛り、ロースカツDON。
出来たてを提供して貰うなら、衣のサクサク感は一割……いや、三割ぐらい残っているとうれしい。プリンプリンの卵を纏いつつも、少し残されたパン粉のサクッと感。
一方、箸で持ち上げてしまったときにご飯の上に取り残されてしまうようなじゅわじゅわ柔らか~にふやけた衣も良いものだ。君たちはご飯と共にお口に運ぼうではないか。
そして、鶏肉とも牛肉とも違う豚肉。しっかりと叩いて柔らかくなったものは尊い。少し筋を切ったぐらいではこうはならない。かといって酵素液につけると風味が変わってしまう。腱鞘炎を厭わずに肉叩きを奮ってくれる料理人が居てこそ、あの柔らかさとうまみは両立される。
忘れてはいけない、脂身。肉全体の8%ぐらいだろうか。プリッとした食感と、甘い脂。もう少し食べたいけど、赤みがあるからこそ美味いとんかつの脂身。世界にはラルドとかいう脂身のポテンシャルを120パーセント引き出す料理もあるが、とんかつの脂身はあくまで赤身の引き立て役。主役に見せかけて主役ではない。でも、彼がいないカツ丼ほどもの寂しいものは無い……。
カツと共にご飯の上でつやつやプルプルと我々を誘惑するもの、卵。
タンパク質であるにもかかわらず液体という世にも不思議な存在。奥が深すぎて火加減という険しい道に踏み入れたが最後、その果てなき長さと難易度に崩れ落ちる者も後を絶たない超絶技巧食材。
なお、夏場の半熟卵による食中毒にはお気をつけいただきたい。
油断するとあっという間にパサパサになってしまう。かといって生すぎてずるずるではいけない。程良く火が通ったぷるぷるを残しつつ、ツユを抱きかかえてほしいのだ。
カツとツユ、そしてご飯を繋ぐ魔性の食材卵。一日三個まで。
そんなカツと卵を支えるもの、ごはん。GOHAN。これ、産地や品種で味が変わる。日本の単粒米は水の味がする。コシヒカリやあきたこまちのような粘りと甘みの強い米も良いが、丼物にはもう少しさらりとして、水の美味さが感じられる米が良い。
卵が抱えきれなかったつゆをぴたぴたと一粒一粒の表面に染み込ませ、支える、正しく基礎の様な存在。上に乗ったカツと卵が全て食われても、つゆが染みたご飯が残っている歓び。
ハレルヤ、ハレルヤ、フトルヤ。
〆にお茶をぐいっと飲んで、口の中をさっぱりさせて。
ごちそうさまでした。
おいしいものにっき 続セ廻(つづくせかい) @Enec0n
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