6話 サ◯ゼにて
〚7月20日・日曜日・13:40・神奈川県川崎市・快晴〛
「聞こえたって、そりゃこんだけデカい音なら──
「52hzのクジラって知ってる?」
「え、何?知ってるけど」
ボクの声を遮るように悠希が放った質問の意図を考える。
52hzのクジラは確か、他の個体とは違う周波数の音波を使う正体不明のクジラの事だ。「世界一孤独なクジラ」と呼ばれたりもする。
イヤホンから流れた音と、悠希の反応。それに52hzのクジラというキーワード。つまり……
「周波数?」
「大正解。このイヤホンから発生する音の周波数はちょっと特殊でね、限られた人間にしか聞こえないらしいんだ」
「それが、【適合者】?」
「正確には、その中の一部だね」
そう言えば今朝も、ボクが適合者だというのは決定的だという話し方だった。その上で、聞こえたことを嫌そうにしている悠希の反応を
「聞こえる人は、さっきみたいな能力?が使えるって事か」
「えぇー、断定するの?まぁ大体合ってるけどさ」
思い出せば、今朝の悠希は「P・S・2起動」と言ってから少し顔を歪めていた。さっきの音が流れていたと考えれば、誰だって顔を
その後“何が起こったのか”は到底理解できそうにないが、尋常ではない事が起こったというのは身を
結果的に映画館のあるビルの裏路地に着いたということは、「間に合う」という発言も合わせて悠希が意図してあの現象を発生させたのだろう、という推測だ。
どうやら当たらずも遠からずといった様子で、悠希は「ツマンナイ」とブーイングしている。自分でネタバラシしたかったのだろう。
「やっぱアタマの回転速いよね」
「そりゃどーも」
「んで詳しくなんだけど、このイヤホンは特殊な周波数の音を流すことで脳内の使ってない部分を覚醒させてその人の持つ本来の能力を一時的に使えるようにするための機械……らしいよ」
……
聞き取れなかったワケではないが、悠希の語った内容が余りにも突飛で飲み込むには時間を要した。
「人間の脳は普段10%しか使ってないとかいうアレ?」
「多分そんなとこ。詳しくはオレも分かってない」
そう言って舌を少し出す悠希。ツラが良いから、そんな仕草も
「アレ迷信でしょ」
「そうなの?」
「詳しくはボクも知らん」
毒にも薬にもならないやり取りがおかしくて、ボクと悠希は同時にフッと吹き出した。
息と同時に張り詰めていた気が抜けてテーブルに突っ伏す。
「結局何も分かんないじゃん」
「だね」
「悠希は誰の受け売りなんだよ」
「
「今朝……どっちだ?髪ピンクの方?」
「他に誰か居たの?」
「ん?ああ、髪括ってた胡散臭いイケメンと、ピンク髪の目付きキツめの女の人が居たけど」
「……え?」
その瞬間、弛緩していた空気が再び張り詰める。
悠希の表情が、さっきまでとは打って変わって
「な、なに?」
「その男の人の方、何か言ってた?」
恐る恐る聞くと、悠希は感情を押し殺すように口を開いた。
「いや、そんなよく覚えてないけど……『世界を真の姿に』とか『僕は味方だ』とかだったかな。後は『仲間に入れ』って」
「そっか……その男について、もうちょっと詳しく教えてくれない?」
いつになく真剣で深刻そうな顔をした悠希に気圧されつつ、覚えている限りの男の特徴を列挙する。
・明るめのブラウンの髪
・柔らかい目付き
・常に笑っていた口元
・香水か何かの甘い匂い
「ごめん、ちょっとオレ行かなきゃ」
「えぇ……?」
悠希はボクの話した事をスマホにメモを取り、
「そうだ、コレ」
そう言って悠希が差し出したのは、さっきのイヤホンが入ったケース。
状況が飲み込めずにいると、悠希が再度口を開く。
「今朝みたいに、フェーレンに巻き込まれたらコレ付けて、さっきみたいに声で起動して」
「いや、分かんねぇよ。悠希みたいに能力使えって?」
「詳しいことは今度話す。今は何も聞かず受け取って」
「いや、
イヤホンだけ渡して、悠希はボクの制止も聞かずに走り去ってしまった。
「何なんだよ」
そう呟くが、当然答えは返ってこない。
ポケットの中でスマホが震えたので取り出して確認すると、悠希からの送金通知だった。
次回までのツケにしてもいいのに、ここで少し多めの金額を律儀に送るのがいつもの悠希らしくて妙に安心する。
添付されたメッセージには「ごめん」と一言。
端的に「次遊ぶ時シバく」とだけ返信してスマホをポケットに仕舞い荷物を纏め、会計用のレシートを持ってセルフレジへ向かった。
世界がボクらのためにあるのなら。 Narr(ナル) @Ring_A_Moment
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