5話 異音

〚7月20日・日曜日・10:18・神奈川県芦名市・快晴〛


 スマホを確認すると、映画まではあと10分くらいしかない。


「ルールを飛び越えるって……?」

「あっはは、そうなるよね」


 当然、間に合わない筈だ。けれど悠希の表情は余裕そうで、「まぁ見てなって」とでも言いたげだ。


「どこでもドアでも持ってるのか?」

「残念ながら、そんな便利なモノじゃないんだ」


 そう言いながら悠希は斜め掛けの黒いショルダーバッグから白いワイヤレスイヤホンを取り出して装着する。

 ところで悠希はヘッドホン派だった筈で、イヤホンをしているところを見たのも初めてかもしれない。


「何だよそれ」

「んー、ちょっと良いイヤホン」

「ちょっと良いって……」

「P・S・2起動」

「何それ、プレステ?」

「音声認証だよ」


 音声認証ということは、今の言葉で何かしらのシステムが起動したのだろうか。そんな事を聞こうとすると、当の悠希は不快そうに少し眉をしかめているように見える。


「大丈夫か?」

「ん?ああ、大丈夫だよ」


 勘違いだったのかと感じるほど、見事に悠希を見せるが、それが演技だと見破れるくらいの付き合いではあったらしい。


「改めて、他言無用でお願い」

「ああ、良いけど本当に何するつもりだ?」

「あと、ここ掴んで。いい?何があっても絶対に手を離さないこと」

「は?手?何、本当に何?」


 そう言うと、悠希は自分の服のすそを握らせる。その目はさっきの真剣そうな表情から一転して、イタズラを仕掛けた子どもみたいに輝いている。


 うながされるがままに掴んだのは良いが、さっきからボクの問いに悠希が全く答えてくれていない。その表情も相まって、何かしら裏があるのではないかと勘繰かんぐってしまう。


「すっごい嫌な予感がするんだけど」

「あはははは、行くよーーーー!!」


 そう言って、悠希はポケットから小さな粒のようなものを取り出して上に向かって放り投げた──。




〚7月20日・日曜日・10:21・神奈川県芦名市・快晴〛


 気が付けばボクは、空に居た。


 足も付かず、ただ浮いているだけ。重力は感じる。ジェットコースターが頂上まで登って、後は落ちるだけみたいな、あの感覚。


「絶対離しちゃ駄目だよ」


 そう声を掛けられて、やっと悠希の存在を思い出した。


 どうしてこんなことになっている?なんでボクらはこんなトコに居る?思い出そうとして、数瞬前の光景が走馬灯のように脳裏に駆け巡る。


 悠希がBB弾みたいな何かを投げ上げて、今。


 今に至るまでに起こったことは、どう思い出そうにもたったこれだけだ。瞬きはしていないし、見逃しているワケがない。


 そんな事を考えている間に、悠希がBB弾の様なものをもう一度投げる。



「は?」


 まるでドラマや映画でカットが切り替わったときみたいに視界がパッと切り替わり、周りの景色が少しズレた様に感じる。


 余りの情報量に混乱したボクの脳は、多くの考えを巡らせることができなくなった代わりに単純な回答を導き出した。


「何だよコレ、瞬間移動!?!?」


 どうやら当たらずも遠からずのようで、悠希は断続的に小さな粒みたいなのを投げながら「お、近いね」と言った。



 そうこうしている内に、川崎の町並みがみるみる近付いてくる。


 この速度は尋常じゃない。スマホを確認する余力はないが、10分と経っていない筈だ。


「っと、ここらへんかな。衝撃に備えて」

「墜落する時の言い方だよなそれェッ!」


 生身かつ空中でどうやって衝撃に備えろと言うんだと文句を言う暇も無く、ボクらの高度は加速度的に下がっていく。


 落ちる。


 そう思ったのも束の間、また視界がパっと切り替わり全身に感じていた運動エネルギーが0になる。


 だが、それで終わりではなかった。


 また徐々に下に向けて加速と、視界が切り替わり空中で完全停止を繰り返す。


 2,3回繰り返したところで、ダンっと足が着いた。


 地面だ。そう認識したところで力が抜け、そのままアスファルトに座り込みそうになる。降下と停止の連続で、三半規管が軽くやられたかもしれない。


「何だったんだよ…今の……」


 イヤホンを外してフゥと満足げに息を吐く悠希に、息も絶え絶えのまま文句を言いながらスマホを開く。


「後で説明するよ。ほら、早くしないと映画始まっちゃうよ」

「あ?あぁ、そうか。そうだな」



 ポケットに仕舞うスマホのロック画面には表示されたのは、10:25という表示だった。




〚7月20日・日曜日・13:36・神奈川県川崎市・快晴〛


 映画を観終わってボクらは、映画館から程近いファミレスに来ていた。安くてそれなりに量もある、学生の味方みたいな全国チェーンのよくあるファミレス。川崎で遊ぶ時のメシはいつもココだ。



 映画館で周囲から聞こえた声では軒並み大絶賛だったから、多分【ラストスマイル】は面白かったのだろう。


 観れかなったワケではない。映画にはギリギリ間に合ったのだ。


 だが、だからこそ映画が流れていた2時間そこらの間、ボクは半ば放心状態だった。



「さっきのは、何だったんだ?」


 原因は明らかで、映画を見るに至るまでに至った経緯が余りに異常だったからに他ならない。


 映画よりもフィクションの様で、フィクションにしては体に残る感覚と記憶が鮮明過ぎる。


「百聞は一見に如かず。コレ、着けてみてよ」


 そう言って渡してきたのは、さっき悠希が付けていたのと同じイヤホン。悠希は「大丈夫、オレが着けたやつじゃないよ」とか言っているが、問題はそこではない。


「着けたらどうなるんだよ」

「着けるだけなら、特に何も起きないよ」

「あぁ、音声認証ってやつ?」

「そーゆーこと」


 流されるままにイヤホンを装着しながら、悠希が何と言っていたかを思い出す。


「……P・S・2起動」

『新規ユーザー認証 今池 ルカ 承認 PパラドックスSシステム2ツー 起動します』

「おぉ?」


 ボクの声に反応したのか、イヤホンから突然声が響く。合成音声だろうか。それにしては滑らかで───



『キィィィーーーーーーーーーーーン』

「うわぁぁッ!?」



 突然、耳を劈く異音がイヤホンから流れ思わずイヤホンを取る。


「やっぱり聞こえたかぁ」


 ボクの様子を見ていた悠希は、どこか悲しそうにそう言った。

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