第10話 それぞれの四月 2
佐々木写真店の後始末を上田徹から託された桜庭洋子の関心は別件に移りつつ在った。
その件で、彼女は郡の事務所を訪ねていた。
「一度、額田に行って見ます?」
桜庭が郡に尋ねた。
「そうですね。ひと段落も付いたことやし、ボンを誘ってそうしますか?」
「彼が居ないと始まらないでしょ」
「そうですね」
桜庭は含み笑いを見せた。
「どうかしました?」
「そうですねって、郡さんて女性に逆らった事が無いんですか」
「そうですね~」
「ほらっ、又!二重人格って眉唾物かと思ってたけど、ほら、あのガソリンスタンドでもね。強面のおにいさんが一気に顔を緩めてしまうのには驚かされました」
郡は辺りを見回した。
「他の連中も居るんで~。桜庭さんこそ、男性をからかうのが趣味なんですか?」
「そう見えまして~。相手に寄ります・・とでも言って置きます」
この二人にしても、青空法廷の件では苦々しい思いをして居たのであろう。
なにせ、郡にすれば元恋人の夫と行動を共にしたのである。
桜庭の場合は、愛人の小浜哲司が閨を共にしたであろう上田綾と、これも又、当日の他に幾度も顔を合わせていた。
飽くまで、青空法廷は上田舞の為に計られ実行に移されたのであるが、それに関わった複雑な状況を抱えた人間模様に新たな筆が加えられることになりそうだ。
さて、その額田の件の発起人とも言える橋本邦も又、新たな年度を迎えていた。
「又、おんなじクラスやな。腐れ縁って言うヤツやな~」
「どこがや!」
「機嫌が悪いんか?愛と上手く行ってへんのか?」
「そっちや無い」
「なら、どっちなんや?」
「金本に話したかな~、幼なじみのこと」
「初めてやないか。それがどうしたんや」
「ホームで待っとるねん」
「女か?それも瓢箪山駅でか?」
「うん。別にかまへんのやけど、俺に合わせたら遅刻は間違いない」
「その子となんか在ったんか?」
「無い事も無いけど~」
「お盛んなことで~。そやけど、愛はどうするんや。俺にしても、やっとこさ吹っ切れたとこやのに」
「それとこれとはどうやろ。二人は結構おうてる(会ってる)しな」」
「どう云うこっちゃ?誰と誰や」
「上田さんとチャコ」
「チャコって言うんか、その子」
予想はしていたけれど、チャコも又、色んな意味で新しい道を歩み始めたようだ。
おや、郡の事務所で問題が起きたようだ。
もう一度、そちらを覗いて見る事にする。
「えっ、誰がです」
「親っさんの孫です」
「何でまた、その子が?」
「僕と親っさんの話を聞いたみたいで」
「確か、大学生と聞いてますけど」
「法学部やそうです」
「それで~、興味をそそられたんですね」
「多分」
「まず、彼女でなくても首を突っ込みたくなる案件ですからね」
と、誰やらがノックもせずに事務所に入って来た。
郡が小声で、
「噂をすれば・・・です」
「郡、その人は?」
桜庭は突然の訪問者に居住まいを正した。
『郡さんを呼び捨て!』
これには驚くほか無かった様である。
「お嬢、こちらは弁護士の桜庭さんです」
「例の、弁護士さんね。私はまだ卵やけど、よろしく」
「あっ、はい。お名前を聞いても」
「あかね、佐藤茜。あっ、今、○○の孫娘がと思ったやろ」
「そんな事は有りませんけど」
「顔に書いて有る。心配せんでも、小さい時から慣れてるから」
随分と歯に衣を着せぬお嬢さんだとでも、言って置こう。
トラブルメーカーに成らなければ良いのだけど~。
上田愛もまた、新学期を迎え学業、部活と忙しい日々が続いて居た。
部室の後かたずけを終えた愛と安子は正門へと足と向けていた。
「早く、新入部員が入って来ないかな。なんか、いつもうちらだけで片づけてる感じ」
「そうやね。それに関してはレギュラーもベンチウォーマーも関係ないと思うけど」
「そうや。ここいらで、一発かましとかなうちらが一年生に舐められてしまう」
「どうやって?」
「それは、愛が考える事やろ」
「ずるい。普通は言い出しっぺが考えるべきやろ」
「それにしても、今日のあれ、なに?」
「なにって?」
「ルーズ・ボール~」
「ああ~」
「ああ~や無いやろ。監督、愛に恨みでも有るんかな」
「そんな事は無いと思うけど~」
二人の後ろから声が掛かった。
「上田、ちょっと」
「監督、何ですか?」
「話が有るから部室まで~」
「え~、今からですか」
「あぁ~」
安子が怪訝な顔色を浮かべ、
「私も良いですか?」
「あかん。個人的なことやから~」
「安子、先に帰ってて。高坂君と逢うんやろ」
「そやけど~」
既に、校内には殆ど人気が無くなって居た。
そんな時刻に部室で~。
「上田、お前、おかしな連中と付き合ってるんやろ?」
「おかしなって言われても~」
「体に悪戯書きをしてる奴の事や」
『郡のおじさんのことかな?』
「別におかしな人では無いけど。それに、お母さんの知り合いですし」
「そうなんか。とにかく、変な噂が立ってからやとどうにもならんやろ」
「そんな、見てくれで判断しないで下さい」
「そんなこと言うて、結局はホテルにのこのこ着いて行ってるんと違うか」
「なんぼ監督でも、言うてええことと悪い事が有るんと違います。別に、部に迷惑は掛けてへんし」
「今の所はな~」
「話はそれだけですか。ほんなら~」
「ちょっと待て」
部室を出ようとした愛の手を監督が捕まえた。
彼は愛を 小脇に抱え込むと、そのままロッカーに押し付けて身動きが取れない状態にした。
「えっ、放して下さい」
「なっ、ええやろ。どうせ、あの連中に好きなようにさせてるんやろ」
「そんなこと~」
万事休すとはこの場面である。
ここで機転が利くのが愛である。
抗った所で先は見えて居る。
なら、開き直った方がこの場から逃げるチャンスが生まれる。
いつぞやは体が竦(すく)んでしまってどうにもできなかったが、
今回は愛には余裕が見られる。
「分かりましたから、手荒な真似は止めて下さい」
と言いながら、プツッと電池が切れたように体から力を抜いた。
となれば、監督はしめしめと舌なめずりをしながら、
「初めから、そうしてればええんや」
愛は監督に背を向けて制服をゆっくりと脱ぎ始めた。
時間稼ぎである。
『何かいい方法は?・・・そうだ』
愛は振り向くと監督の顔を見入った。
彼は愛の表情に不気味さを感じ取った。
「知ってます?」
「なんや、急に~」
「宮のおじさんの指の数?」
「誰や、その宮とか言うヤツは?」
「私の事を大切にしてくれてる人で、両手を合わせた指の数が7本なんです。何でか、分かるでしょ」
「んっ?」
「宮のおじさんにこの事を教えたら、ただでは済まへんやろな~」
監督の顔はそれは止めてくれと言わんばかりのなってしまった。
脅しでは無い。
実際、彼は愛がその連中と居る所を見て居たのである。
ここは引き下がる他ないようだ。
「冗談やて~。なんも、ほら、試合中に小競り合いに成ったときの為にな~」
恐らくは股間の勢いも失せてしまったのだろう。
それにしても、見苦しい言い訳で事が治まるとでも思って居るのだろうか。
「えっ、もう良いんですか?」
「良いも何も、気を付けて帰りなさい。この事は内緒にしてな」
「は~い。監督も気を付けて下さいね。宮のおじさんはあれこれ調べるのが商売やから、そこら辺で見張ってるかも。たまに、迎えに来てくれるんで」
とは、愛のハッタリであるが、監督は真(ま)に受けている。
『ゾウ~』
とでも彼の心中を述べて置く。
そんな彼を尻目に愛はそそくさと部室を後にした。
『危ないとこやった。案外、この手は使えるかも~。変な連中に絡まれたらこれでしのげるな』
ペンフレンド Ⅱ クニ ヒロシ @kuni7534
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