誰がA君を殺したか

冒人間

誰がA君を殺したか



6年2組のA君が死んだ。



道端の電柱の陰で、胸を包丁で刺されて倒れているのを通行人が見つけたらしい。



警察は通り魔の仕業と見ていて、犯人を捜索しているけど未だ見つかってはいない。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


《 教室 6年1組 》


―――ザワザワ……ザワザワ……


「なぁ聞いたか?2組で誰かが死んだって話」


「聞いた聞いた!やべぇよな!」


「A君って名前らしいけど、誰か知ってる?」


「私見たことある!あの太っちょの子だ!」


「確かその子、つい昨日この学校に転校してきたばかりらしいよ」


「ええ……

 転校してきてすぐでこんなことになっちゃうなんて……」


「でもさ……

 そのA君って、なんか嫌な感じの子だったらしいよ?」


「そうなの?」


「うん、なんでもすっごく口が悪くて、すぐに手が出る乱暴者だったんだって」


「あ、それ私も聞いたことある!

 転校初日から色んな子に暴力振るって、先生に注意されたって!」


「そういえば、2組にいる私の友達もA君にいきなり殴られたって言ってた」


「なんだ……

 可哀想って思ってたけど、そんな子なら別に―――」





「A君はそんな子じゃない」

――ボソッ……





「〇〇君?

 今、何か言った?」


「何でもないよ。

 でもさ、死んだ子をそんな風に言うの僕は嫌なんだけど」


「あ、う、うん、そうだよね……

 ごめん」


「いいよ、分かってくれれば」




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




A君は僕の幼馴染だった子だ。

幼稚園の頃、僕とA君はよく一緒に遊んでいた。

小学校に上がる頃、僕は別の街に引っ越しすることになって、それ以来A君とは会っていなかった。


昨日、隣のクラスに転校生が来たって話は聞いていたけど、それがA君だというのを知ったのはこんなことになってからだった。



僕は知りたい。


何故、A君は殺されたのか。


一体誰が、A君を殺したのか。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


《 A君殺害現場 》


こんな事件が起きてしまったこともあり、今日の授業は中止になった。

そして全校生徒での集団下校となったのだけど……


僕はコッソリと抜け出した。


そして、A君が殺された場所にやってきたのだった。


そこでは警察官のお兄さんが現場保全の作業をしていた。

僕は警察官のお兄さんに話しかけた。


「事件のことを詳しく知りたい?」


「はい……

 僕、どうしてもA君に何が起きたのか、知っておきたいんです」


そんなことを知ったところで、僕に何かできる訳もない。

僕は推理漫画の主人公でもなんでもない。

警察にも解明できてないことが、僕みたいなただの小学生に解決できるなんてこと、ある訳がない。


それでも、僕は何かをせずにはいられなかった。


警察官のお兄さんは初めは碌に取り合おうとせず、僕をさっさと追い返そうとした。

それでも僕が何度もしつこく頼み込み、時には涙も交えて懇願し、僕は彼の幼馴染で今年の夏休みには彼と一緒に沢山の思い出を作る予定だったとか有る事無い事ふかしながら同情を誘っていると、とうとう折れて話を始めてくれたのだった。


「どうもA君は買い物の帰りに襲われたみたいなんだ」


「買い物?」


「ああ、野菜とかお肉とか、料理の材料が入った袋を持っていたらしいから、多分おつかいを頼まれていたんじゃないかな。

 詳しいことはまだ調べている途中だけど……」


「おつかい、ですか……」


「それでね、A君を刺した凶器の包丁だけど……

 どうもこれ、A君がそのおつかいで買ってきたものみたいなんだ」


「え……?」


「これもまだ詳細は分かっていないんだけど、どうやら料理の材料と一緒に料理に使う調理器具も買っていたらしいんだ。

 包丁のほかにもお皿とか皮剥きピーラーとかがあってね。

 そして、A君はその買ってきた包丁を誰かに奪われ、刺されてしまった。

 近くにその包丁の包装袋が転がっていたし、まず間違いないと思うよ」


「……………………」


「まあ何度も言った通り、まだよく分かっていない事が多いんだ。

 事件は昨日の夜判明したばかりだし……

 捜査が進展するのはもっと目撃証言とかが出揃ってからになると思うよ」


「あの……犯人の手がかりとかは、まだ見つかってないんですか……?」


「うーん、凶器の包丁からは特に指紋は検出されなかったし……

 転がっていた包装袋からも、A君以外の指紋は無かったからね……」


「そう、ですか………」


うまく言葉に出来ないけど……

僕は、何かが引っかかるような感じがした。


「でも、僕達警察も頑張って捜査を進めていくつもりだし、いつか必ず犯人を捕まえて見せるよ」


「……………はい。

 色々お話してくれて、ありがとうございました」



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



今朝、A君という名前の子が死んだと聞いて、僕はすぐに2組の教室に行ってA君のことをクラスの皆に尋ねた。


そして、その子が本当に僕の知っているA君なのか確かめたかった。


それはすぐに分かった。


教室の、昨日までその子が座っていたという席に、その子の写真が置かれていて……

その写真に写っていた子は……

間違いなく、昔僕と遊んでいたA君だった。


あれから数年経った今でもあの子の顔立ちは昔から殆ど変わっておらず、僕はすぐに分かってしまった。




その写真に写っていたA君は………

とても、凶暴そうな顔をしていた。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


《 小学校・廊下 》


事件現場から離れた僕は、学校へと戻ってきていた。

あれ以上僕が現場に居ても出来ることはないし……


それに僕は、今のA君自身のことが知りたかった。


そして現状A君のことについて知る為には、先生達に聞くしかないと思ったのだ。


集団下校を勝手に抜け出して1人学校に戻って来た僕に対して先生達が一体どういう反応をするのかというのはあえて考えないことにした。


「ちょっと!そこの君!

 今日はもう学校はお休みよ!?

 アナタ、どこのクラスの子!?」


と、考えないようにしていたことがいきなり実現してしまった。

僕は声の方へと振り向いた。


「あ、××先生」


そこにいたのは6年2組の担任、××先生だった。

彼女は生徒からの相談によく乗ってくれる人で、自身のクラスだけでなくこの学校の生徒全員から人気の先生だ。

そして、A君のクラスの担任。

実に丁度良かった。


「6年1組の〇〇です。

 先生にA君のことについて聞きたかったんです」


「A君の……?」


その名前を聞いて、××先生は悲しそうな表情をした。

新しく入って来た自分のクラスの子が転校初日で命を落としてしまったともなれば、そうなるのも無理はないか。


僕は先生に自分とA君との関係を話した。

そして、どうしてもA君のことについて知りたいのだと訴えた。


××先生は子供にとても優しい先生で、僕の勝手な行動を叱りつつも僕のお願いを聞いてくれたのだった。


「それで、A君のことについて、何が知りたいの?」


「えっと、それじゃあ……A君はどうしてこの学校に転校してきたんですか?」


「私も詳しいことは聞いていないんだけど、A君は最近になってこの街の施設に引っ越してきたんだって。

 それで、その近くにあったこの学校に―――」


「あの先生、ちょっとすいません。

 今、『施設』って言いました?」


「あ、もしかして〇〇君知らなかった?

 A君ってね、ずっと児童福祉施設で育ってきたの」


「えっ……」


知らなかった。

そういえば、僕は昔よくA君と遊んではいたけど、A君の家に遊びに行ったりしたことはなかったっけ……


「A君ね……

 生まれて間もない頃に、両親が事故で死んじゃったんだって……

 あの子を引き取ってくれる親戚もいなくて……

 ずっと家族のいないまま育ってきたの……」


「……………………………………」


「施設の子が私のクラスに来ることを不安に思わなかった、というと嘘になるわ。

 実際、あの子は転校初日にいきなりクラスメイトに暴力を振るってしまった。

 でも、私はあの子の心に寄り添いたかった。

 両親を失った子だなんて話を聞いて、私にはあの子を見捨てることはとても出来なかったの。

 生まれてくるこの子の為にも……」


そう言って××先生は自分のお腹に手を当てた。


そう、××先生は現在妊娠している。

そして育児に専念する為、もうすぐこの学校から去る予定なのだ。

全校生徒に大人気の先生が学校を辞めてしまうことは皆から非常に惜しまれていた。


「私がこの学校を去る前にあの子の心を開かせてあげたかった。

 これから先、あの子がこのクラスで楽しい思い出を作っていけるように。

 その為に、昨日もあの子からたくさん話を聞いて、たくさん相談に乗ってあげたわ。

 なのに……ね……」


××先生は、目の端にじんわりと涙を滲ませた。


「A君と、どんなことを話したんですか?」


「私は、A君にもうクラスメイトを殴らないで欲しい、って言いたかったけど、頭ごなしにあの子を叱っても決して良い結果にはならないわ。

 だから、何気ない話から始めて、辛いことがあったら先生に相談するように言ったの。

 そしたら、あの子は私にだんだん自分の心の内を話してくれるようになったわ」


「なんて、言ってたんですか?」


「とても悲しい心の叫びだったわ……

 『どうせ自分なんか、死んでも誰にも覚えて貰えないんだ』なんて、涙を流しながら訴えてきて……」


「自分なんか……死んでも……?」


その言葉の通りに、A君は……


「ねぇ、〇〇君……

 これ、受け取ってくれる?」


「これは……?」


××先生から、一枚の写真を受け取った。

それは、6年2組の教室でも見た、A君の写真だった。

とても凶暴そうな顔をした、いかにも乱暴者としか言いようのない……





「この写真ね。

 今日からこの学校中に貼り付けるわ」


「……え?」




先生が何を言ったのかよく分からなかった。


「クラスの皆に……

 学校の皆に、A君のことを覚えていて貰いたいの」


「いや、先生……

 いくらなんでも、それは……」


「うん……変、よね。

 でもね、〇〇君。

 これは、A君が生前に希望してたことなの」


「え?」


「A君からね、『じゃあ、もし僕が死んじゃったりしたら、先生はクラスの皆や、この学校の皆に僕のことをずっと覚えてくれるようにしてくれるの?これを学校中に貼り付けたりしてさ』なんて言われて、この写真を渡されたの。

 私は、深く考えもせずに『勿論よ』なんて言ったんだけど……

 こんなことに、なっちゃって……」


「…………………………」


「その時は、冗談みたいなものだと思ってたわ。

 でも、思い返してみると、あの時A君は私を真っ直ぐ、真剣に見つめていたわ。

 あれは……本気の言葉だったのよ」


「…………………………」


「だから、私はあの子の願いを叶えてあげたいの。

 学校の皆にも、分かってもらえるよう説得するつもりよ。

 あの子の為に、せめてこれぐらいはしてあげたいの。

 でないと、私はこれから生まれてくる子に顔向けできないわ」


「…………………………」


子供想いの先生には、その言葉は家族のいない孤独なA君が寂しさのあまり溢した悲痛な叫びに聞こえたことだろう。


でも、僕はそうは思えなかった。


A君の言葉はまるで………


近いうちに自分が死ぬことを知っていて……


死んだ後のことを先生に託したかのような……


「A君のことについて話せるのは、これぐらいかな。

 〇〇君……きみも、A君のこと、忘れないであげてね」


「………はい。

 あの、最後に聞きたいことがあるんですけど」


「なに?」


「A君が引っ越してきた施設の、住所って分かりますか?」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「別に家まで送ってもらわなくても大丈夫ですよ、先生。

 お腹の赤ちゃんのことを考えて、自分の身体を大切にしてください」


「〇〇君、何度も言うけど、今日はもう真っ直ぐお家に帰って、家で大人しくしてるのよ?

 A君の施設に行くのは、この事件が落ち着いてから。

 もしくは大人の人を同伴させて、でないとダメだからね?」


「はい、色々とお話ししてくれて、ありがとうございました。

 それじゃあ××先生、さようなら」





そして僕は先生から教えてもらったA君の施設まで直行した。





  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



A君は、優しい子だった。



自分が遊んでいたオモチャや遊具を他の子に譲ってくれたり、泣いている子がいたら自分のお菓子を分けてあげたり、自分よりも他人を優先する、とても優しい子だった。


他人を殴ったりするなんて、考えられないくらいとても良い子だった。


クラスでA君のことを聞いて、暴力を振るったなんて話が出てきた時はきっとその子は同姓同名の別人なんだと思ったぐらいだった。



そして何よりA君は、あんな写真とはまるで真逆の、とても眩しい笑顔を見せる子だった。



あのA君は、一体何だったのだろうか。


もしかしたら、あの頃も実は心の中は悲しみでいっぱいだったのだろうか。



でも僕は、何かが違うような気がした。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


《 児童福祉施設『レンガの家』》


「ああ、A君か……

 本当に、実に残念だったね……」


施設にいたおじさんは、いきなり尋ねてきた僕に嫌な顔一つせず対応してくれた。


「昨日はA君がここに来たお祝いに、ちょっとしたパーティを開こうかと思っていたんだ。

 それで、私が料理の買い出しに行くつもりだったんだけど、A君が自分が食べるものは自分で、って引き受けてくれたんだ。

 それが、こんなことになっちゃてね……」


おじさんは、A君に1人で買いに行かせたことをとても悔いているようだった。


「あの、その時の買い物で調理器具も買いに行ってたって聞きましたけど……」


「ああ、そうなんだ。

 丁度A君が来た日に、包丁の刃が少し欠けちゃってるのに気づいてね。

 ついでに買ってこようと思っていたんだ。

 まさか、それが凶器になっちゃうなんてね………」


「…………………………」


「病気も治って、これからだったってのにねぇ……」


「病気……?」


また僕の知らない話が出てきた。


「A君はつい最近まで病気に罹っていたらしいんだよ。

 確か、あの子が幼稚園を卒業してから分かったんだとか」


僕がA君と会わなくなってからだ。


「どんな病気だったんですか?」


「うーん、それがねぇ……

 本人ももう忘れようとしていたらしくて、詳しいことは聞かなかったんだよねぇ……」


「そう、ですか……」


「A君が引っ越してくる前の施設の人に聞けばわかると思うけど……

 電話で聞いてきてあげようか?」


「…………いえ、その施設の住所を教えてください」


「え?」


「直接、話を聞きに行きます」


「ええ!それって、今から……?」


「あはは、まさか」


「あはは、まあ、そうだよねぇ。

 また後日に予定を立てて、ってことだよね。

 えっと、A君がいた施設は……

 @県##市〆町―――」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ありがとうございました、おじさん」


「いやいや、A君のこと気にかけてくれて、こちらこそありがとうね」


「はい、それでは」




さて……



@県##市……



ここからなら新幹線を使えば往復約3時間の距離。



今の時刻。



僕のお小遣い。







いける。






僕は迷うことなく駅へと向かった。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





―――まもなく##駅に到着します。お忘れ物のないよう―――





新幹線のアナウンスを聞きながら、僕は考え続けていた。



学校。

A君が引っ越してきた福祉施設。

A君が引っ越す前の福祉施設。


僕の目的はA君の死の真相を知ることのはずなのに、僕はどんどん事件の現場から離れてしまっている。



だけど……



これで正しいと、何故か僕はそう思うのだった。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


《 児童福祉施設『カボチャの馬車』》


「A君……

 ええ、知ってますよ。

 あの優しい子でしょう」


そこにいたのは、初老のおばあさんだった。


「優しい……?」


「ええ、ええ。

 なにせここの皆の為に、自分から進んで遠くの施設に引っ越しを決めてくれたのですから」


なんでも、この施設はもうだいぶ古くなっており、もうすぐかなり大規模な改築工事が行われるらしい。


そして、改築が終わるまでここにいる子供達は別の施設に預けられる事になった。


もちろん出来るだけここの近くの施設に皆を預けるつもりだったらしいけど、どうしても溢れてしまい1人は遠くの施設まで行かなければならなくなってしまったのだった。


そんな時、A君が自分から名乗りを上げた、ということらしい。


他人のために自分が損を引き受けるその行動は、僕の知っているA君その人であった。


「それに、ちょうど病気も落ち着いたってことで、心機一転する為にも別の場所に行ってみたい、とも言ってましたねぇ」


「…………その、A君の病気、っていうのは……」


「ええと、なんていいましたかねぇ……

 そう、確か―――」






「隔離性同一症………

 ああ、そうそう。

 いわゆる、『二重人格』ですよ」







「お医者さんによると……A君は昔から他人のことを優先しすぎるあまり、無意識のうちにストレスを心の内に溜め込んでしまっていて、ある日それが『もう1人のA君』を生んでしまったのだそうです」



「『もう1人のA君』は、普段のA君とはまるで真逆で、周りの子にすぐ暴力を振るう乱暴者でして、その所為で学校にも行けなくなってしまいました」



「A君はそのことを知って、とても悲しみ、とても悩み、そして絶対に治療してみせると決意しました」



「あの子は依然として優しい子のままでしたが、これまでのように他人の為に自分を蔑ろにしすぎないように、ストレスを溜めすぎないように気をつけて生活するようになりました」



「そして、だんだんとA君が『もう1人のA君』になることは少なくなってきたんです」



「最近はもう、滅多に『もう1人のA君』が出てくることもなくなって、お医者様からももう学校に通っても大丈夫だろうと言われるようになりました」



「そして、今回の施設の改築の件に合わせて、自分の病気のことを知ってる人がいない所で、もう一度学校生活を始めよう、ということになったんです」







その話を聞いて――――


僕はある一つの想像をした。







A君の中には、乱暴者の『もう1人のA君』がいた。


A君は、自分が『もう1人のA君』にならなくなるように、ストレスを溜めないように心掛けていった。


そして、A君が『もう1人のA君』になる時間は減っていった。






もし……


もしそれが……


『もう1人のA君』にとっては……


自分を消されることに……


殺されることに、等しいのだとしたら……










自分がいずれ殺されることを知った人間は、どういう行動に出るのだろうか。


どうしようもないと諦め、運命を受け入れるだろうか。


何とかそれを回避出来ないかと、手を尽くすだろうか。


それとも………

自分を殺す人間が誰か、分かっているのならば……






殺される前に…………


殺してしまおう、なんて考えに………










だから、『もう1人のA君』は―――


転校してきたその日―――


最後の力でA君の身体を奪い―――


買い物の帰り道―――


買ってきた包丁を、包装袋から刃だけを出し―――


自分で自分の胸を―――








そこまで考えて、僕は頭を左右に振った。


ありえない。

この考えは余りにも馬鹿げている。


『もう1人のA君』が死にたくないと思っていたというならば、その行動は全く意味がない。


A君が死ねば、『もう1人のA君』も結局死ぬ。


考えるまでもなく当たり前の話だ。



やっぱり、何もかもが僕の考え過ぎ……








「ねえ貴方、A君が転校した学校の子なんでしょう?

 あの子、元気でしたか?」


「え……その………ええ………」


どうやらこの人はA君の身に起きたことを知らないらしい。

まだ事件発覚から日も経ってないし、報道もされていないから無理もない。


「A君に会ったら、コレをあの子に渡してあげてくれますか?」


「―――?

 これって……キーホルダー?」


それはアクリル板で出来た、キーホルダーだった。


「この前、施設のレクリエーションで自分だけのキーホルダー作り、っていうのがあったんですけど、完成品を渡す前にA君の引っ越しが決まってしまいましてね……

 完成したらA君に渡そうと思ってたんですよ」


「そう、なんですか……」


そのA君は、もう………


僕は、そのアクキーを見つめた。



そこには、ある文字が書かれていた。



「ライブ・イン・メモリー?」



「それはA君が好きだった歌の歌詞の一節ですよ。

 意味は―――」












「『思い出の中で生きる』」














【A君からね、『じゃあ、もし僕が死んじゃったりしたら、先生はクラスの皆や、この学校の皆に僕のことをずっと覚えてくれるようにしてくれるの?これを学校中に貼り付けたりしてさ』なんて言われて―――】












先生の言葉が、僕の頭の中で、こだました―――








「私も素敵な言葉だと思います。

 例え身体が死んでしまっても、誰かがその人のことを覚えていれば、思い出の中で生き続ける……」




「…………………………」




「アナタも、もし身近な誰かが死んでしまったとしても……

 どうかその人のことを忘れないであげてくださいね」




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






―――まもなく**駅に到着します。お忘れ物のないよう―――






帰りの新幹線のアナウンスが、やけに遠くに感じられた。








例え身体が死んでしまっても、誰かがその人のことを覚えていれば、思い出の中で生き続ける。





A君は、そう思っていた。





そして、『もう一人のA君』も。





クラスの、学校の皆が、A君をずっと覚えていれば……





A君は皆の心の中で、ずっと生き続ける。





でも……その『A君』は……





僕の知っている、『優しかったA君』じゃない………















A君を殺したのは………
















『優しかったA君』を殺したのは………



























――――― Who Killed Mr.A ? ―――――
































その後……警察は捜査を進めるも、A君を殺した犯人が見つかることはなかった。










































 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



《 8年後・同窓会会場 》



「△△!久しぶりだなぁ!」


「よう!お前全然変わってねぇな!」


「☆☆ちゃん、◇◇くんと結婚したんだっけ?おめでとー!」


「えへへー!どういたしましてー!」


「お、アレ見ろよ!小学校の頃のクラス名簿だ!

 壁にでかでかと貼ってあるぞ!」


「おー!途中で転校しちまった奴とかもいるじゃん!

 なつかしーなー!」


「あれ?なんか離れたところにも名前があるぞ?」


「えっと………A?」












「A君……って、誰だっけ?」












「うーん、全然覚えてねぇな……

 誰か知ってるやついる?」


「確か……転校してきて、すぐにいなくなっちゃったような……」


「あ、そうそう、確か転校してきてすぐに、なんかの事件で死んじゃったんじゃなかったっけ」


「えー!そうなのー!?」


「そういえば、なんかその名前の子関連で、俺達変な事してなかったっけ……?」


「あ、××先生!

 学校を辞める××先生のお願いで、学校中に写真を貼ったりしたんだっけ!」


「ああ!そうだそうだ!

 なんか××先生から、この子のこと忘れないであげて、とかって言われてたんだ!」


「そうそう!だから、教室や学校の廊下に、この子の写真をいっぱい貼ってたんだよね。

 今思えばかなりおかしかったよねぇ……」


「けど皆あの先生の事大好きだったし、あの人の頼みなら、ってことで言う通りにしたんだよね」


「だけど……」


「うん、そうそう……」



「××先生が学校からいなくなってからすぐに……

 誰かがその子の写真を全部剥がしちゃったんだよね」



「そうそう、それで俺達も最初は犯人を捜したり、もう一度写真を貼り直したりしたんだよな。

 ××先生の最後の頼みをこんな風に踏みにじるなんて許せねぇ!って」



「でも、結局犯人は見つからないし、何度貼り直してもまた何度でも剥がされ続けたんだよな。

 ありえねぇ執念だよなぁ……」



「それで、いたちごっこを繰り返してる内に……

 俺達も諦めちまって……」



「で、それからはもうどんどん忘れていっちまったんだよなぁ……

 子供の頃とはいえ、俺達も薄情なもんだよなぁ……」



「でもさ、A君ってどんな子だったんだっけ?」



「えーっと、確か……転校初日にクラスメイトに暴力を―――」







「え?」






「あ!〇〇!」



「皆、久しぶり」



「〇〇君!久しぶりー!」


「お前もあんま変わってねぇなー!」


「今回の同窓会、お前がメインで開いてくれたんだよな!呼んでくれてサンキューな!」


「っていうかお前、このAってやつのこと知ってんのか?」



「うん、A君は幼稚園の頃の僕の友達だったんだ」



「えー!初耳ー!」


「あのさ、さっき私の話に『違うよ』って……」



「そうだよ、



「そ、そうなの……?

 うーん、確かそんな話があったような気がしたんだけどなぁ………

 でも、そこまではっきりと言われちゃうなら、きっとそうなんだよね」


「なぁ、〇〇。

 じゃあA君って一体どんな子だったんだ?」














「A君は……

 決して他人に乱暴なんかしない、とっても優しい子だよ」
















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