07 しけん

 未成熟のこの身体はもちろん手も小さい。それゆえに成熟した人間用に作られている万年筆は中々に大きく、扱いにくかった。

「……ロルフ。本当に言っているの?」

「昨日言っただろ? ちゃんと実力はあるって。文字書けねぇんだったら俺が書くぞ、ウルスラ」

「私の名前、ここに書けば良いんですよね」

「そうそう」

 カウンター越しにいる女性は、肩ほどに切りそろえられている銀髪を揺らしながら、何度も緑の瞳がウルスラとロルフを何度も繰り返し見てくる。

 名はエッダ、というのだと先ほど教えてもらった。エッダはこのギルドの受付をしており、ギルドマスターの奥さんだとロルフが教えてくれた。

 ギルドマスターが一体誰かは分からないが、その妻というくらいだ、地位としてはギルドマスターとそう変わらないのだろうと思い、一先ずは無礼をしないように注意を払いながら手元の紙に名前を記していく。

 ウルスラにとって背の高いカウンターにはもちろん届かなかったので、今はロルフに抱えらた姿勢で書くがやはり字がつぶれたりなんなりしてしまった。

 エッダがウルスラが書いた文字をのぞき込み、小さく、あら、と声を漏らした。

「貴方より字が綺麗ね」

「うるせぇ」

 なんと、これよりも字が歪なのかとウルスラは無言でロルフを見上げようとしたが、しっかりと身体が固定されてあまりよく見えなかった。

 不服である。無言で身体をひねったり、足を振りかぶったりしてみたがリーチが短いせいで全く届かずに、とりあえず抱えてくれている手にぱちりぱちりと八つ当たりのように叩いた。

「痛くねぇな」

「痛くないようにしてあげてるんです」

「お、優しいな」

 この未成熟の身体でなければ思いっきり、その横っ面をあの時見かけた女性よりも強く叩くことが出来るのに。

 ウルスラからの攻撃を、ロルフは頭上で笑っているだけだ。

 その間にエッダは先ほどの書類とはまた別に、違う紙をカウンターに置いた。

「ほら、二人とも。これが試験の内容よ。しっかり把握して頂戴ね」

 とん、とエッダの細い指先がカウンターを叩いた。

「試験の内容は、指定された魔物の討伐。場所はこっちで指定させてもらうし、ちゃんと討伐出来たかはもちろんだけど、討伐のやり方等々もしっかり判断させてもらうから他の冒険者をつけさせてもらうわよ。ロルフは分かっているだろうけども」

「ああ、分かっている。で、誰がつくんだ?」

「そこにいるわよ」

 エッダが視線をロルフの後ろへと向けたと同時、ロルフの身体が少しだけ傾いた。

「俺だぜー、ロルフ」

 何事かとウルスラが首をぐっと回して見上げて見れば、馴れ馴れしそうにロルフの肩に腕を回した男がいつの間にかそこにいた。男にしては少々長いようなつんつんに跳ねている茶髪をそのままに、猫を思わせるような琥珀の瞳はゆるりとロルフと、そしてウルスラを順番に見た。

「テオか。最近見てなかったが、どこに行たんだよ。ってか髪切れよ」

「別んとこの塔にな。まぁけど、ここがやっぱり攻略のし甲斐があるから戻ってきたんだよ。別にこの髪型でも似合うだろ?」

「ああ、面倒だったんだな」

 ロルフはウルスラを下ろし、回された腕を煩わしそうにどかした。

 改めてウルスラはその男、テオを見上げる。

 ロルフよりも背が頭の半分ほど高く、身体もそれなりに大きい。そして目を惹いたのはその背にある恵まれている体躯よりも大きな槍だった。

 テオはウルスラを見下ろし、にやり、と笑ったかと思う。そしてロルフの肩に手を置いた。

「にしてもロルフ」

「なんだよ」

「ついに幼女まで手を広げるとはなかなかだな」

「おまっ……! ウルスラの前で何を言ってやがる! んなわけねぇだろうが!」

「冗談に決まってんだろー?」

 がはは、と豪快に笑ったテオは後ろ手で槍の柄を横に動かしながらしゃがみ、ウルスラと目線を合わせてくれた。

「俺はテオ、よろしくな。嬢ちゃん」

「ウルスラです。よろしくお願いします」

「お、挨拶ちゃんと出来て偉いなぁ。けど、ちゃーんと実力は見るからなー?」

 大きな手でウルスラの頭をがしりと掴むように豪快に撫でた。

 朝、せっかく髪を整えたのが台無しだ。

 ウルスラはむすりと口角をさげながら、ぺしり、とその手を軽く叩いた。

「媚びてませんが?」

「テオ。ウルスラをそこらの子供と一緒にするなよ。世間知らずなのはそうなんだが」

「です。ちゃんと実力見てください」

「おっと、悪かったな。嬢ちゃん」

 ぱっと頭から手を下ろしたテオは、今度は不躾にもウルスラの頭の先からつま先まで順番に見て顎に手を添えた。

「見たところ武器はないってことは、魔法が使えるってことか」

「……たぶん?」

「たぶんって。ロルフ、本当に問題ねぇんだろうな?」

 立ち上がったテオは少しだけ疑うようにウルスラを見下ろしながら、ロルフに問う。ロルフはそれに対し、わざとらしく肩を竦めてみせた。

「見てからのお楽しみってやつだ」

「そりゃあ楽しみだな」

 実を言えば、ロルフもまだウルスラの本来の力というものを見たことはない。

 しかし妙に問題ないと自信ありげに答えているのを目にした以上、ウルスラは頑張って試験の合格しようと小さく意気込んだのだった。


 ▽+▽+▽+▽+▽


 場所は変わり、森の中。

 孤児院の裏の森や、塔の周りに広がる森とは別の場所だ。

 テオの先導で森を進むが、その足取りはウルスラが何とか追いつけるぐらいのゆっくりとしたものだった。なんとなく不服に思いつつも、見た目大雑把に見えるがそのあたりは気を使えるのだと無言で関心してしまっていた。

「……お、いたいた。ほら、あいつだ」

 立ち止まったテオが指す方向を見れば、一匹のよく見るような野犬の姿があった。

「……犬?」

「見た目はそうだが、立派な魔物だ。どうした?」

 何度か首をかしげるウルスラにテオが問いかけた。

 ウルスラは小さくうんうんと呻りながら、ちらりと視線をテオに向けた。

「いえ、孤児院の裏の森にいるのとそっくりだと思って」

「……マムに魔物避け渡しておくか」

「後は護身用でいくつか魔道具を渡しておくのが良いんじゃねぇの? ってかよく無事だったな。つまり、なんだ? いつも相手にしていたってことか? なら別のにしとくんだったな……」

 神妙な顔をするロルフと、そして顔をしかめるテオは軽く頭を抱えていた。

 魔物避けなんてものがあるのかとロルフの言葉を聞きながら、ウルスラはすぐに首を横に振った。

「いつも追い払っているだけだったんで、討伐するのは初めてです」

「……追い払っているだけ、なぁ?」

 テオは何か言いたげだったがそれ以上は何も言うことはなかった。ウルスラは小さく首をかしげながら、ロルフに視線を向けた。

「それでロルフ。あれを討伐すれば良いだけなんですよね?」

「ああ、けど。牙は残しておく必要があるんだよ。討伐した証拠品ってのと、魔道具作るのに使えるからな」

「……面倒な」

「さぁ、どうする? ウルスラ」

 じっくりとウルスラの行動を観察するような目を向けながらロルフは笑みを浮かべていた。

 どうするか。

 別に何も考えていなかったわけではない。とはいえ気になる点があるとすれば、やはりこの力の威力についてだ。あの程度であれば問題はないだろうが、この姿になってから最大限の力を使ったことは一度もないからだ。

 しかし何かあればロルフもいて、さらにそれなりに実力者であろうテオもいるのだから問題はない。と、ウルスラはそう判断した。

 ウルスラはちらっ、とロルフを一度だけ見上げ、まっすぐに魔物に向かって歩き始めた。

 その足取りは一切迷いなく、そして全く持って警戒も何もなく、まるで散歩にでも来たかのように無邪気な足取りだった。

 魔物はもちろん気づかないはずはなかった。即座にウルスラに気づいたようで唸りながら、いつでも飛び掛かれるように姿勢を低くし牙をむいた。

 やはり、あの孤児院の裏にいたものとよく似ている。もちろん毛並みの色から見て分かる通り別個体であるが、そうと分かれば次目撃した時は遠慮なく討伐しよう。ウルスラはそう決めながら、ついに飛び掛かって来たそれを見やり、ふむ、と小さく頷いた。

「貫け」

 軽く指先を向けた先、足元からまっすぐに鋭い漆黒のいくつもの棘が魔物の身体を貫いた。

「悪いが牙だけ残してくれるか?」

 足元からぐっと身体を伸ばした漆黒の蛇はウルスラの指先に頭を乗せ、小さく上下に動いた。

 了承したらしい。

 もがき苦しむ魔物は必死に逃れようとし、逆により深く棘が突き立てられている。

 ウルスラはうるさいなぁと顔をしかめつつ、手を下ろせば、棘は鞭のようにしなり魔物の身体を締め付け、大きく開かれた口から二本の牙をえぐり取り、ウルスラの足元へと投げた。そして漆黒は魔物の影にぐっと水たまりのように広がり、大きな口を開いて一口で飲み込んでしまったのだった。

 ウルスラはなんてことなくそれを見届け、足元に投げられた牙をそのまま素手で拾い、傷がないか確認した。

「うん、綺麗。ありがと」

 大きな水たまりのような姿になっている影は久しぶりの大き目の獲物を食らえてご満悦らしく、ご機嫌そうに表面が波を打っていた。

 しかしすぐにウルスラの小さな影にならないところを見るに、消化に少しばかり時間が必要なように見えた。

 それならば仕方がないなとウルスラは一つ頷き、後ろにいる二人に振り返った。

「出来ました」

 本当は二人の元へと駆け寄りたいところではあるが、なにぶん影がまだ戻らない為動くことは出来ない。

 ほら、とよく見えるように掲げて見ればロルフが慌てて駆け寄ってきた。

「ウルスラ。そいつ」

「食べ終わるの、もうちょっとかかるみたいなんですけど……」

「いや……まぁ、分かった。もう少し待つ。後、素手でそれに触るな。ほら、寄越せ」

「はい」

 こうなることを予期していたのか、そもそもとして冒険者として本来持っていなければいけないものかは不明だが、手ごろな布を取り出し、ウルスラの小さな手の中から抉られた牙を二本受け取り、それに包んだ。そしてまたもう一枚布を取り出すと、腰に提げていた水筒で濡らし、丁寧に手についた血をぬぐってくれた。

 こんなこと、自分でやるのにとウルスラが言おうとする前に、ロルフはふい、と顔を後ろに向けていた。

「テオ、どうだ」

「合格に決まってるだろ。どう考えてもな」

 乱雑に髪を掻きながら、どこか呆れ気味にテオが歩み寄ってきていた。その目線はウルスラと、ロルフと、そしてその間。

「ロルフよぉ」

「なんだよ」

「……いや、なんでもねぇけど」

 何かを言い淀んだテオは大きく息を吐きだし、今度こそ視線をウルスラに向けた。

「嬢ちゃん、そいつは魔法……じゃ、ねぇな?」

「はい、魔法ではないです」

「一体そいつはなんだ」

「影っぽい何かです」

「……おい、ロルフ」

「俺も知らねぇよ。よし、綺麗になったな」

 ウルスラ自身が知らないことを、ロルフ自身も知るはずがない。テオの困惑した表情に気づかず、ロルフはウルスラの手を綺麗になったことを確認し、満足げに頷いた。

 そんなロルフにウルスラは無言で見て、そしてテオを見上げ、無言で首を横に振った。テオはウルスラが何を言いたいのか察してくれたのだろう、それ以上は何も言わないでくれた。

「……嬢ちゃんの実力は分かったし、冒険者としての資格は俺の目から見ても十二分にある。だが、荒れるぞ」

「だろうな。けど、そのために俺がいるんだろ」

「……まぁ、そん時は俺も手を貸してやるよ」

「そん時は頼む」

 一体何が荒れるのだろうか。

 人間同士には何かしらの作法なりが存在し、自分のようなものがひとたび入れば何かしらの軋轢なりが発生してしまうのだろうか。

 立ち上がってしまったロルフが今、どのような顔をしているのはウルスラからは見えない。しかしどこか張り詰めたような声をしていることだけは理解出来た。

「……ロルフ?」

「ああ、悪い。何でもない。それより早く戻るか」

「はい」

 ウルスラが恐る恐る呼びかければ、すぐにいつものような人のよさそうな笑顔を向けてきた。

 何故だか分からなかったが、ウルスラはその笑顔を見て、少しばかり胸の内で膨らもうとしていたもやりとしたものがすぅっと消え去ったことを自覚した。


 ▽+▽+▽+▽+▽


 テオのサインが記入された書類を受け取ったエッダは一度、カウンター奥の部屋に入り、すぐに出てきた。そしてまるで準備をしていたかのように、カウンターの上に、青い石がはめられた銀に光る丸っこいブローチのようなものを乗せた。

「はい、これ。おめでとう、ウルスラ」

「……その、これ」

「それが許可証な。裏にはウルスラの名前が魔法で掘られているから上から消される心配はない」

 朝の時と同様にロルフに抱えられたままのウルスラは両手をぐっと伸ばして受け取り、ブローチのような形をした裏を確認すると確かに名前が彫られていた。そしてブローチのような形をしていると思ったが、上部の方に少し大きめの輪がついていることからここに鎖か縄を通して携帯出来るようになっていた。

「青の石が塔に入れる冒険者っていう証拠な。それ以外の奴らは石がついていない。分かりやすいだろう?」

「はい」

 一目見れば分かるようになっているのは良いことだ。それにこの石、どうも普通の石とは違うようだった。

 指先でつん、と無邪気に突いてみる。触れた瞬間に感じるほのかな力は嫌なものではない。むしろあたたかな力だ。何か、守護のようなものでもかけられているのだろうか。

「ウルスラもそういう綺麗な石とか好きなのかしら?」

「……綺麗な石より、甘いお菓子が好きです」

「あら、それじゃあこの後はロルフにお菓子をたくさん買ってもらわなきゃね」

 エッダはこの石について何かしらのことは言わないあたり、これが分かっていない可能性があるようにウルスラは考えた。

 それならば、これが何か伝える必要はないと判断し、ウルスラはこくりと頷いた。

「ところで、ウルスラはこっちに住むことになるの?」

「ああ、そうそう。俺も気になってたんだよ。さすがに嬢ちゃんが一人でこっちに住むのは無理だろうし、孤児院からそう離れていないとはいえ毎回はさすがに面倒だろ?」

 冒険者の試験に合格することの問題は無事にクリアした。そして次の問題は、冒険へと出ない間の生活についてだ。

 エッダやテオが心配する通り、この未成熟な姿のままでは一人でこの町で住むと言うのは相当困難なのは承知している。であれば、そんなに距離も離れていないのだから孤児院にそのままいるという選択肢もあるが、子供達がいる手前、良くも悪くも何かしらの影響を与えてしまうことは確実にあった。

 そのため、ウルスラはユリアーナからしっかりと許可をもらったのだ。

「ロルフのところに住みます。マムも良いと言ってくれたので」

「……大丈夫なの?」

「はい。見張りなので」

 ユリアーナから言われた見張りという役割をするためにも、ロルフの部屋に居候させてもらうという話になったのはあっという間だった。

 ロルフは最初顔をしかめていたが、はっきりと嫌そうな態度を示さなかったため、ロルフ自身もそう問題はないという認識でいるのだろうし、何よりこの未成熟な人間相手におかしなことをするような人間ではないという信頼は間違いなくあった。

「まじかよ、お前。こんなちっこい子に見張られるわけか?」

「うるせぇよ」

 テオが笑いに堪えながらロルフの肩を掴み、ロルフはウスルラを抱えているためにその手を振り払えずにただ舌打ち交じりに言い返すだけに留めていた。

 いい加減に下ろせばいいのに、とウルスラは思うだけで言わずに、別の話をロルフに向けた。

「マムが言ってました。塔にいない時、お酒ばかり飲んで、女の人といつも一緒にいると」

「酒は事実だか、その後は違うからな」

「はい、なので私と一緒なら面倒ごとが避けられますよ。えっと……なんでしたっけ。虫除け? 女の人、虫じゃないですよね?」

「そうだな。一体誰にそんな言葉教えてもらったんだ?」

「マムです」

「マムか……」

 ようやくウスルラを下ろしたロルフは片手で目元を押さえていた。

 あまり良い言葉ではないのかもしれない。だが恋物語の本には、確かに虫除けという言葉が使われていたから、何かしらの隠語であることには違いない、はずだ。

「マムが関わっているなら仕方がないわね」

「マムが言うなら仕方がねぇよな。なぁ、ロルフ?」

「ああ、分かってる。んで、テオは後で表な」

「お、やるかー?」

 エッダ、テオがロルフににやりと笑いかける。今度は大きく舌打ちをこぼしたロルフはテオにだけ睨みを利かせ、テオは楽し気に口元の笑みを深めていた。

 何か楽しそうなことをしているなぁ、と呑気に様子を見つつもまだ話の途中だったため、ロルフの服を軽く引いた。

「後ですね。マムが料理を覚えて来てねって言われました」

「調理器具なんてものないぞ? あっても冒険用の奴だけだぜ?」

「はい。なので揃えてもらって、と」

「……買いに行くかぁ」

 何もかもユリアーナの掌の上で転がされているロルフは、それを分かっていながらも素直に頷いてくれた。

 その様子を穏やかな表情で見つめていたエッダは小さく首を傾げた。

「待って。寝る場所どうするつもり?」

「床でも良いです」

「馬鹿だろ。しばらくは俺と一緒な。さすがにすぐに用意は出来ねぇし、俺のはでかいから問題ねぇよ。何だよ、二人とも」

「何でもないわ」

「なあ嬢ちゃん。もしなんかあったらエッダにすぐに言うんだぞ?」

「何もしねぇよ!」

 休息を取れればどこでも問題はない。最悪床でも硬いし、寝つきにくいし、身体が痛くなりそうだが眠れる場所さえあれば良いと思っていたが、どうやらその心配はないようだ。

 しかし何故エッダはロルフに信じられないものを見るかのような目で見て、テオに関しては盛大に顔を歪めているのだろうか。

 ウルスラは小さく首を傾げつつ、最後に忘れてはいけないものをロルフに渡した。

「ロルフ、これ」

「なんだ? これ。メモ?」

「はい。マムが、これらを揃えてもらって。だそうです」

「……マムめ。ちゃっかりしてやがる。他に欲しいもんは?」

「本が欲しいです」

「はいはい。ああ、そうだ。ウルスラ用のグローブとナイフもいるな。それと……なんか、甘いもんいるか?」

「良いんですか……!」

 ぴょん、とその場で跳ねてしまったのはこの未成熟な身体に意識が引っ張られているせいである。そして声が明らかに一段と大きくなってしまったのもそのせいである。

 だからロルフはそんな生暖かいような目で見ないでほしいし、何故か顔をそらしたテオには疑問を抱くわけだし、エッダに関してはなんだか優しいまなざしを感じるためとくに何も思わないが、それにしたってウルスラは少々納得がいかなかった。

「……なんですか」

「いや、何でもねぇよ。大瓶に入っている飴にしような?」

「飴……!」

 そう、これも、だって孤児院では早々に手に入らないものだから。そう、仕方がないのだ。

 ウルスラは無言で早く行こうとロルフの服のすそを掴み、ぐぐっ、と何度も引いた。

 この行為だって、この未成熟な身体のせいだし、甘いもののせいであるといくつも何度も言い訳を並べていれば、ロルフは小さく笑いながら優しくウルスラの頭を撫でてくれた。

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塔がある町に天使が住んでいる tamn @kuzira03

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