第2話
「まさか、トラの見合いの話だったとはね」
「ほんとそれ。うまくいくといいね」
「祈りましょう。羽に願いを」
病室で二人、ベッドに寝転がりながら羽をかかげると室内灯に照らされ、きらりと光った。
翌日のこと、女の子のお父さんが「娘がご迷惑をおかけしました」と挨拶に来た。
家に帰ってきた我が子の手にある羽がどの種の鳥が分からず、同僚に聞いて天使の羽だと判明し訪ねてきたそうだ。
「勤め先が動物園でして」
彼女のお父さんは飼育員でトラを担当していて、よく女の子に仕事の話を聞かせていたとか。
「これがあのお父さんのアカウントか。あれ? これ、ユイの羽じゃない?」
「第一風切羽を教育普及に使いたいと持っていったのよね。どれどれ。は……? 二万ツイート?」
「まじ?」
二人でスマホをのぞく。
投稿された写真には「天使の羽を頂いたので、色んな鳥の羽と大きさを比較してみました」というコメントとともに、うつ伏せの男性と女の子の間にインコからペリカンまでの大小様々な羽が並ぶ。中でもユイの第一風切羽は一際大きく、女の子の身長を軽く越えている。どこかシュールな絵づらがウケたのか、今も数字は伸び続けていた。
「〝私の羽です〟って引用リプつけたらフォロワー50人ぐらい増えるかもよ」
「そんな便乗リプはいや。私は私の力で有名になりたいの!」
「頑固だなあ。夢を叶えるために厳しい道のりを歩んでいきなさいよ」
「でも、叶えたいことの半分がかなっているし」
「どういうこと?」
ユイは私の質問に答えずに起き上がると手を伸ばした。
「ちょっと屋上にいかない? そろそろ空に星が現れるころよ」
病院の屋上は頬に夜風があたって心地がよかった。
「明日、退院だっけ」
「うん。またユイに会いに来るよ。まだこの翼をどうするか決めてないし」
「断翼しないの?」
「まだ考えている最中。簡単になかったことにしてしまうのは、ちょっと違う。そうでしょう?」
ユイは停止して彫像のようになったが、しばらくすると下を向いた。
「ありがとう」
彼女のどこか泣きそうな顔をみて、ふと頭をよぎる光景があった。
星が舞い落ちるような夜。
隣にいるのは天使の女の子で。
彼女は泣きながら、背中の羽をむしっていた。
――こんな羽、いらない!
――もったいないよ。そんなにきれいな羽なのに
――ほんとう?
はっとした。
「もしかして、ユイってあの時出会った天使の女の子?」
私の言葉に、ユイはむすっと顔をふくらませた。
「やっと思い出してくれた。私は一目で分かったのに」
「だって夢だと思っていたから! 早く言ってよ!」
「ずっと探していた相手が急に目の前に現れたからパニックになって言い出すタイミング逃したの!」
ユイはわざとらしくため息をついたが、そのしかめっ面おもしろくて吹き出すと、ますますふくれた。でもそのうち、つられるように顔を崩してお互い馬鹿みたいに笑った。
「私が天使症になった時はまだ偏見がひどい時でね。翼があるからみんなが不幸になるんだって絶望していた時にあなたに出会った。この翼をきれいだって言ってくれたはあなたは、ずっと私の支えだったの」
「有名になりたかったのって、私に会うためでもあったの?」
「そうよ。さあ、私だと分かってもらえたところで、今からとっておきを披露しましょう。この日のためにずっと頑張ってきたんだから」
ユイはくるりと一回りすると、ゆっくりと翼を動かし始めた。
「え? 羽があっても飛べないんじゃ?」
「努力したからに決まっているでしょう? あの日出会ったあなたに、私の一番きれいな姿を見せるためにね」
ワンピをはためかせて、髪がゆれる。
足のウロコが月夜に輝く。
ユイは力強く踏み込むと、大きく飛んだ。
月夜に天使が舞い飛ぶ。
この神秘的な光景を世界でわたしだけが見ているなんて、なんと贅沢なのだろう。
このまま独り占めにしたいけれど、ユイはこれから誰かの光となる。そんな予感がする。
少し残念だと思わなくはないけれど、私が彼女の光であったように、ちょっとしたきっかけで誰かの光となって、光が続いていけばいい。そう思うんだ。
隣の天使 ももも @momom-
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