隣の天使

ももも

第1話

 にぶい腰の痛みに、ふっと目が覚めた。

 噂のぎっくり腰かとぼんやり思ったが、いやいや、女子高生には早すぎる。

 試しに仰向けから横向きに体勢を変えれば痛みは遠のいた。

 けれど原因は分からないままだ。

 寝ぼけ眼のまま腰に手を回せば、もぞりとしたものがある。

 柔らかな感触だ。羽をつかんでいるよう、というより羽そのもののようなと考えたところで嫌な予感がした。

 掛け布団を放り投げ、体をひねり腰の中心をみれば、手羽先ほどの大きさの翼があった。

「あ……」

 頬がこわばり、汗がふきでた。嫌な予感は最悪の現実となって目の前に現れた。



「おかあさ――ん!」

 リビングにかけつけると、机を囲んで朝食をとっていた家族が一様に顔をあげた。

「天使病になっちゃった」

 ショートパンツからはみ出る羽を見るなり、母は「あちゃー」という顔をし、姉は何事もなかったかのように味噌汁をすすり、父は慌てて顔をそらした。

「でもあんた、注射はいやだって言って結局、予防注射打たなかったし」

「自業自得でしょ。お父さん、醤油とって」

「父さん、目のやり場に困るから早く服を着て欲しいな。はい醤油」

 末の娘が天使になってしまったというのに冷めた反応だ。

 家族たるもの、病めるときは慰め、真心をつくすべきではないか。

 背後から気配を感じ振り向けば、猫の小太郎がそろりとにじり寄っていた。

 家族の誰一人として顧みてくれない中、慰めてくれるのか。それにしては彼の目はランランと光っている。

 この目は先日、羽のついたおもちゃを見せた時と同じ色をしている。小太郎は狂喜乱舞してかぶりつき、ボロボロになるまで口を離さなかった。

「小太郎、ちょっとま……」

 制止するまでもなく、小太郎は飛び上がり両手を大きくひろげて私の腰にとびかかる。爪ががりっと食い込む。声にならない悲鳴が喉からでた。


「成長途中の羽の芯には血管が流れているので、折れるの大量出血してしまうのです。止血はしましたが安静にしてくださいね」

 やわらかな笑顔の女医がガーゼを巻いていく。ガーゼを巻かれた翼は二本の白い枝となった。ひどい見た目だが、消毒のために羽を切られ肌色の地肌がむき出しの手羽先状態よりはマシであった。

「これからも私は飼い猫に襲われ続けるのでしょうか」

「猫ちゃんによりますね。ちなみに野良猫に襲われる例は多々あります」

「ひぃ」

 思わず翼をさする。まだ自力で動かすことはできないが、感覚はあるので身体の一部だと実感する。

 羽からの出血にパニック状態だったので記憶は曖昧だが、気付いた時にはここ、天使病専門の国立病院にいた。

「私はどうなるのでしょうか?」

「とりあえず検査と手続きのため二泊ほどしてください」

「それだけですか? このまま隔離されるものかと」

「天使症が人体にどのような影響を及ぼすか一切不明であった頃はそうでしたが、発症しても羽が生えるだけで、トリガーとなる因子は誰もが持っていたと分かった今では必要性がないですからね」

 朝、天使症になったときは生活が一変するのではと覚悟したが、あっさりとしものだった。

「断翼手術もできますがどうしますか?」

「だんよく?」

「腰から翼を切り落とすのです。国の補助金で実質無料ですし、傷跡は少し残りますが傍目からは分かりません。経過を見て一週間ほどで退院となります。もし切るなら早い方がいいですよ」

 腰の白い枝を見る。

 今、切ってしまえばなかったことにできる。満員電車に乗ったら迷惑かけそうだし、翼分の体重が増えるし、全然動かせないし、別になくてもいいかもしれない。

 ふと、頭によぎる光景があった。

 どこか暗い静かな場所で隣に天使が座っている。

 天使の顔は暗くて見えないのに悲しんでいると私は知っている。いつか見た夢だろうか。思い出そうとしたが霞のように消えてしまった。

 再び翼を見る。動けと指令を下すと初めてピクピク動いた。

 おい、ちょっと愛着がわいてしまうじゃないか。

「断翼するかまだ決められません。せっかく生えてきたのに、よく知らないままとっちゃうのは、もったいない気がするので」

 女医は目を丸くした。

 そして、どこか遠い目をしたかと思うと、あらためて私を見て微笑んた。

「時代ですね」



「人が少ないですね」

 素直な感想を言うと隣を歩くカウンセリングの河合さんは微笑した。

「予防接種が普及してからは、新規で入院する方は少なくなりましたから」

「さぼってすみません」

 名前だけ書きまくったよく分からない手続きも終わり、あとは待つだけ。せっかくの機会なので施設を見ていきませんかという河合さんの提案にのって案内してもらうことになった。

 初めてコンクリート五階建ての堅牢な病院を見た時には圧倒されたが、中に入ってしまえば空き室が多く、すれ違う人もおらず、がらんとした印象だ。

「打っていてもなるときはなります。それにたとえ発症しても大抵の方はすぐに断翼するので、ずっと入院している方もほぼいないの。でも一昔前は天使であふれかえっていたのよ」

 渡り廊下に入ると、錆ついた遊具や小さなベンチが置かれている中庭が見えた。廃れた幼稚園のようだ。年齢が低いほど発症しやすいため子供の入院が多かったのだろう。小さな天使たちが飛び回っている光景が目に浮かんだ。

「私の羽はまだ小さいですが、大きくなったら空を飛べるのですか?」

「成長期が過ぎてから羽が生えた場合、空を飛べるほど大きくはならないの。それに大きな羽があっても飛べるようになるのはまた別の話。それこそ血のにじむような努力が必要よ。空を飛べる天使は世界でもかぞえるほどしかいないし、そもそも日本はアメリカのように飛行訓練施設もトレーニングプログラムも整っていないから難しいわね」

 つまり一生お飾りの羽なのか。やっぱ切ろうかな、この枝。

「あえて羽を残す人はいるのですか」

「ええ。あそこにいる彼女がそう」

 河合さんは中庭に視線を向けた。

 つられて見ると中庭の木のそばに座る人影が見えた。


 同い年ぐらいの少女であった。

 白地のワンピよりも白く輝く大きな四枚の羽が身体を覆うように腰から生える。

 肩の高さで切りそろえた栗色の髪からのぞく横顔は、遠くから見ても分かるほどくっきりとした顔立ちであった。

 絵画で描かれる天使のような、否、天使そのもの。

 見られていることに気付いたのだろう。彼女は顔をあげると、はにかむように微笑んだ。

 まるで息を吹き込まれた彫像が動きだしたようで、ぞくりと肌が粟立つ。

 彼女は立ち上げると、ゆったりとした動きで私の目の前までやってきた。

 天使の大きな瞳に見つめられ、言葉を失う。

 彼女が一言いえば、すべてに従ってしまいそうな緊張感に包まれる中、天使は口を開いた。

「わっちは大天使ユイ、ぬしの名前を聞かせてくりゃれ?」

「なんて?」

 前言撤回。いくらなんでもわっちはない。

 天使と江戸の組み合わせのアンバランスさに、さきほどまでの雰囲気は打ち破られ、素で反応してしまった。

「今週の一人称はわっちなのね。昨日までは僕だったのに」

 頬に手をあてながら、少し困った顔をして河合さんは言った。

「あーそういう時期」

 分かるーと勝手に親近感を覚えていると、私の微笑ましい顔が気にくわなかったのか、ユイは口をとがらせむっとした。

「一人称こそ、キャラを左右する大事な要素。あらゆる可能性を試しているのであって断じて厨二病とかではない」

「そういうの、方向性がブレブレというのよ。すでにわっちじゃないし」

「ぐは……!」

 ユイはわざとらしく胸に手をあてるとよろよろと倒れた。四枚の羽とともに地に伏せる天使の姿は、状況はどうであれ、プロの写真家が構図をばっちり決めていい感じの題名を添えれば賞がとれそうであった。

「なんですか、この生き物」

「長いこと入居している子。二十歳になるとここを出なくてはならない規約があるけれど、社会にでたくないと動画収入で一発当てようと配信始めたものの、思ったように登録者数が増えず迷走している最中」

「しゃべりながらゲームするなんて無理ゲーだし、雑談で何を話していいのかわからない」

 足下に倒れ伏す天使は、うつ伏せのままこもった声をだした。

「普通に働けば?」

「それじゃあ有名になれないでしょう。私は大天使として名をはせたいの」

「左様ですか。それでは私はこれで」

 巻き込まれないようそそくさと逃げようとしたが、足首をつかまれた。

「ここで会ったのも何かの縁。力を貸してちょうだい。お願い!」

 顔をあげたユイの乱れた前髪から見え隠れする瞳は濡れて輝き、すがるような目で見つめられると、ドキリと心臓がはねあがる。

 しゃべると残念系と分かっているのに、足下で助けを請う姿は儚げで、手を貸してやらねば消えてなくなってしまうのではと錯覚してしまう。

「ここにいる間だけなら、いいけれど」

「本当!?」

 口から漏れ出てしまった言葉に、天使は即座に反応して立ち上がると私の両手をつかんだ。

「よろしく! 大天使ユイって呼んでね」

 さっきの泣きッ面はどこへやら、獲物が罠にかかったと舌なめずりしそうな笑みを浮かべてた。しまった。こいつは天使の皮をかぶった悪魔かもしれない。


「それでは大天使ユイさまを有名にしよう!ミーティング、始めます」

 付箋がはられたホワイトボードの前に立ち、ユイはレーザーポイントを掲げて言った。広い病室に二人っきりである。河合さんは「同い年だけの方が気兼ねなく話せるわね」と逃げた。

「まずは私から。大切な人へ天使からのお届けもの。パン、ケーキ、プレゼントなど大切な荷物を届けます。その名も天使の宅急便」

「パクリと即座にばれるので却下」

「パクリじゃないわよ、オマージュ!」

「ネットで炎上しそうな火種はいくらでもなくした方がいいでしょう。名称変更は必須として発想はいいと思う。プロポーズした瞬間、二人の間に婚約指輪を持った天使が降りてくるシチュエーションとかSNSでウケそうな絵づらだよ」

「飛ばないわよ。私が来た!と玄関先でドヤ面しているだけよ」

「えぇ……すこしぐらい飛びなよ」

「航空法とか条例で規制されているから、そう簡単に飛べないのよ。べ、別に飛べないわけじゃないから!」

 本当か?と思ったが、モモンガの滑空だって飛ぶというし、大天使を名乗る人間のプライドを刺激して意地を張られてめんどうなことになるのは避けたかった。

「でもさ、天使がトコトコ歩いてくるだけというのはインパクトに欠けるよ」

「そういうあなたのアイディアは?」

「うーん、大天使ユイさまの一日をただ流すだけの動画とか? 天使が焼きそばを作って食べる姿とかギャップでうけないかな」

「最初こそ目新しさがあるかもしれないけれど、すぐに飽きられそう。あとユイでいいわ。正直、大天使ユイさまって面と向かって言われるの、ちょっと気まずい」

 自分で名乗っておいて、いざ呼ばれると恥ずかしがる姿は普通の女の子なんだよなと思ったが、モジモジと下を向くユイの顔はどの角度から見てもばっちり決まっていて、やっぱり天使だとなった。

「そもそも、どうして有名になりたいの?」

「一山当てて稼いだ金で駅近の一等地を買って駐車場とマンション建てて、月三十万くらいの家賃収入を得ながら好きなときにゲームして食べて寝る生活をしたいから」

「怠惰の極みなんだよな」

 この天使、七つの大罪のうち傲慢と強欲と暴食と怠惰の四つを極めようとしているぞ。

 そのとき、廊下の方で何かが倒れるような音がした。二人して顔を見合わせる。

「河合さんかな?」

「今日は早くあがると聞いていたから違うと思う。この階に入院患者はいないから看護師さんの巡回もないし」

「じゃあ、部外者?」

 ナースコールを鳴らすべきか。いや、猫の可能性もある。まず状況を確認してからだろうと、二人してそろそろと教室から顔をだすと、廊下に女の子が膝を抱えて座り込んでいた。

 滑って転げた様子で膝小僧が赤くなっている。赤いランドセルを背負っているのを見るに、学校帰りに迷い込んだのだろうか。女の子はユイに気付くと大きく目を見開いた。

「なにか用かしら?」

 ユイが女の子の前にしゃがみ声をかけると、釘づけであった女の子の肩はびくりと揺れた。黙って微笑んでいれば彫像のような美しさだ。びびるのも分かる。女の子はしばらくオロオロしていたが、意を決したのか口を開いた。

「わたし、天使になりたいの。ここにくれば病気がうつってなれるって友だちが言ってた。お姉さんみたいな羽、私も欲しい」

 微笑むユイの眉が、ぴくりと動いた。

 この子は勘違いをしている。天使症を発症させるウイルスは今や誰もが持っている。だから天使に近づいても、すぐさま羽が生えるわけではない。けれど天使症が流行し始めの頃は、空気感染の疑いもあり天使に対して偏見がひどかったと、さっき見たパンフに書かれていた。

「そうね、ここにいればなれる可能性はあるかもしれない。でもね、天使症になっても天使になれずに悪魔になってしまう人も中にはいるのよ」

「え?」

 そっちは初耳だ。女の子は明らかに動揺していた。

「そんなの、聞いたことないし悪魔なんてウソよ」

「じゃあ、証拠を見せてあげる」

 ユイはおもむろにワンピースの裾をたくしあげた。

 右足が露わになる。子鹿のようなほっそりな足、ではなかった。

 彼女の華奢な上半身からは想像出来ないほど、太くて黄色い足が裾野から現れた。その足には蛇のようなウロコがびっしりと生えていた。

「ひ……」

「悪魔は天使のふりをして、あなたのような天使になりたい子を誘うの。悪魔になれば仲間にする。でも天使になったらどうすると思う?」

 ユイは女の子の顔をのぞきこんで、にっこりと笑った。

「ごちそうとして――食べるのよ?」

「いやあ!!」

 転げるように立ち上がると、悲鳴をあげて女の子は逃げていった。

 彼女の姿が見えなくなると、ユイは大きくため息をついた。

「無知は罪ね」

 そして、私の方を振り返ると眉を大きくあげた。

「この足を見ると気持ち悪がられることが多いけれど、あなたは意外に動じないのね」

「ちょっとびっくりしたけれど、羽が生えるなら足にウロコがあってもおかしくないかも」

「はぁ。全人類があなたぐらい鈍感だったらいいのに」

「鈍感いうな。気持ちが大らかだといえ。それで? その足はなんなの?」

「天使症の後遺症の一つに足が黄色く太くなってウロコが生えることがあるの」

「そんな話、聞いたことがないけれど」

「症例が少ないからあまり知られていないのよ。カウンセリングの河合さんにも生えているわ」

「全然気付かなかった」

「やっぱり鈍感じゃない。その様子じゃ綾子先生――あなたの傷を見てくれた先生のことも知らなそうね。彼女は外科医の両親から天使症の断翼手術成功例第一号になって欲しいと懇願されて、引き受けた過去があるの」

「え?」

「そして成功したあと、彼女の親は天使病を治せる名医として評判になって〝うちの子からこの恐ろしい羽をもぎとってください〟って自宅まで押しかける人もいたり、SNSで住所がさらされたりして引っ越しする羽目になったこともある。今では天使症なんてワクチンを打てば抑えられるし、なったところで断翼してしまえばいいって感じの空気だから、想像がつかないでしょうけれど」

 綾子先生の「時代ね」という言葉が頭によみがえる。あれはどういう気持ちでいったのだろう。

「私、何も知らないままデリカシーのないこと言っちゃったかも」

「そうかしら。天使症になってもノホホンと生きていける時代になったんだって感慨深いものがあるかも。少なくとも私にとってはそう。全部なかったことにされるのはさすがにムカつくけれど」

「ユイが有名になりたい理由って、天使症の過去を忘れさせないため?」

「そんな壮大なこと考えていないわ。私はこの羽とともに生きると決めた。ただそれだけ。だから大天使たるユイさま、ここにありって言い続けるの」

 笑顔で宣言するユイはどこか強がっているようであった。ここまで来るのにどれだけ泣いたのだろう。自信満々に見えてどこか脆い彼女の一面を見た気がした。

「だったら、あの女の子に悪魔だって勘違いされたままだとまずいんじゃない?」

「イヤよ。さっきみたいな偏見にどれだけ悩まされたと思う? 昔のことを思い出してムカッときてついついやっちゃったけれど、ちょっとぐらい怖い思いをするべきよ」

「でも、どうして天使になりたいかぐらい聞いてもよかったんじゃない?」

「どうせファッション感覚よ。羽が生えちゃって病み天使になった私カワイイって自撮りしてSNSあげるに違いないわ」

「それこそ偏見じゃない? それに心のどこかで、やりすぎたなとか思ってたりしない?」

「む……」

「今は一人の口コミが大切な時代だよ。子供が言ったことでも炎上して拡散されたら取り返しのつかないことになるかもしれないよ?」

「分かった! 分かったってば! あーでもー! 肝心のあの女の子がどこにいるか分からないわーコマッタワー!」

「その子なら、今、私の診療室にいるわ」

 ガラガラと扉を開けて現れたのは、綾子先生であった。

「さっき、彼女が泣きながら廊下を走って現れたときは何事かと思ったわ。大方、ユイの仕業かなとすぐに分かったけれど。さあ誤解を解いてきなさい。もちろん二言はないわよね?」



 診察椅子には女の子が縮こまって座っていた。泣き止んではいるが目元は赤い。そこへユイが現れると震え上がった。

(ものすごく不安)

(大丈夫よ。なんだかんだ、ユイはなんとかしちゃう子だから)

 私の声に隣の綾子先生が応える。

 やっぱり無理!とユイはだだをこねたが、私と綾子先生が診察室の衝立の向こう側でインカム越しに助言することで渋々承知した。

「あ、悪魔のおねえさん……!」

 あわてて逃げようとする女の子を、ユイはニコリと笑うだけで制した。外面天使モードに入っているユイは衝立越しでも分かるほど、万能感にあふれている。

「ちがうわ。あれは私そっくりの偽物よ」

「そうなの?」

「ええ。これが証拠」

 衝立の隙間からそっとのぞくと、ユイはワンピの裾から人体模型から借りてきた足の肌色部分をだしていた。

 その距離じゃばれない? 無理のある設定じゃない? とツッコみそうになった女の子の顔から不安が消えていた。素直すぎる。

「天使になりたいと聞いたわ。理由を聞いてもいいかしら?」

「キューピッドになりたいの」

「キューピッド? なんで?」

「お父さんから聞いたんだけれど、今度、お見合いがあるの」

(お見合い!?)

 驚きのあまりデカめの声がでそうになり、あわてて口をふさぐ。

 綾子先生もあっけにとられた顔をしていた。

「まってまって。お見合い? あなたの?」

「ちがうよ。リヒトくんとキラちゃんのお見合い。キラちゃんとは同い年なんだけれど、二人のこと大好きだからうまくいって欲しいの。だから、キューピッドになりたいの」

(ねぇ! 私ががひきこもっている間に小学生同士で見合いするのが当たり前の時代になっているの!?)

 インカムから聞こえるユイの慌てふためく声に、ぶんぶん顔をふる。

(聞いたことないよ!)

(もしかして三角関係だったりするのかしら?)

(綾子先生、ドロ沼ドラマの見過ぎ)

「わたし、キューピッドになれるかな? 天使のお姉さんはどう思う?」

 私たちの内緒話に気付いていない女の子から質問され、ユイは気を取り直すように咳払いをした。

「そうね。誰かの恋愛を応援するためにキューピッドになりたいと願うのはすてきだと思う。でも、そう簡単な道のりではないわ。たとえば猫に嫌われてしまうのよ」

「え? みーちゃんに?」

「みーちゃんにも。天使と猫は敵同士なの。昨日も猫に襲われた天使がケガをして入院したわ」

「みーちゃんに嫌われるのは、いやかも」

「それに換羽といって年に一回、羽が全部ぬけてしまうこともあるの。そしたらこうなるのよ?」

 ユイはスマホを女の子に見せる。映っているのはさっき撮られた、私の背中の写真だ。

 ガーゼがとられ地肌がむき出しの私の翼をみて、女の子は目を丸くした。

「これ、本当に天使の翼なの……?」

「ええ、ボロボロの羽のついたフライドチキンにしか見えないでしょう?」

(誰がフライドチキンだ!)

(まぁまぁ)

「キューピッドになったらみーちゃんにも嫌われてフライドチキンになっちゃうの?」

 女の子は側から見ても分かるほど肩を落とした。目には涙がもりあがり、今にも泣き出しそうだ。

「キューピッドになるのは厳しい道だわ。でもね、たとえあなたがわざわざならなくても、二人が本当に結ばれる仲なら、きっとうまくいくわ」

「そう、かな?」

「ええ。心配ならお守りがわりに、これをあげるわ」

 ユイが女の子の手をとり、そっと何かを握らせる。

 開いた女の子の手にあったのは、純白の白い羽だった。

 女の子はぱっと目を輝かせた。

「天使の贈り物よ」

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