第12話 視線

 髪の長い清楚系美少女――秋名あきなさんの先制の自己紹介が終わるやいなや、弥生やよいの第一声は好奇心旺盛な年頃の女子なら真っ先に気になること。


「二人付き合ってるの?」

「まさか」


 その質問を彼女は間髪を入れず否定すると、如月きさらぎくんに視線を送る。多少言葉は違ったけれど、彼もまた、彼女と同じ内容の返答をした。じゃあ、どうして二人きりで街まで出て買い物しているの? と続く前に、彼女は再び先手を打つ。


「私たち昔馴染みなんです。スポーツ用品は種類が多いので、詳しい如月くんに手伝っていただいたんです」

「そうだったんだー」


 弥生は素直に納得しているし、彼女の言っていることもおそらくは本当。だけど――。談笑ではないけど、こうして普通に会話を交わしている姿を見ると、きっと私の思い過ごしなんだろうと思った。


「スゴいよね、女子って」

「ん?」

「初対面なのにもう打ち解けてるから」

「意識的にだと思うよ、あさひさんの」


 男女関係のいざこざがあって私に対しては強めだけど、元々彼女は社交的で人当たりも良いし、話し上手。彼女の人柄を悪く言う人を見たことがない。


「あれ? もしかして、バレてる?」

「当然です」

「そっか」


 クスクスと少し可笑しそうに笑う彼につられて、私も自然と笑顔がこぼれる。旭さんが不意にこちらを向いた。妙に威圧感のある作り笑顔がちょっと怖い⋯⋯。


「如月くん。見たいものがあると話していましたけど見つかりましたか?」

「まだ、かな」


 そう言って彼女から視線を外した如月くんと、微かに目が合った。なんとなく気まずい空気が流れそうになる前に、旭さんは彼を促した。


「おかげさまで私は済みましたので。どうぞ」

「じゃあ、そうさせてもらうよ」


 彼が別の売り場へ向かったことを確認してから売り場に置かれた二人掛けのベンチに座った彼女は、一人分のスペースが空いている隣の席を二度ほど軽く叩いた。若干恐縮しつつ隣に腰を降ろす。


「体育祭の買い物に来たんだって?」

「うん。あさ――秋名さんも」

「別に今はいいから。それっぽいのは居なさそうだし⋯⋯」


 街まで足を運んだのも、今の姿形も、しゃべり方も変えていたのも全部、先日彼女が教えてくれた学校の「裏サイト」を警戒してのこと。


「確か⋯⋯借り物競争だっけ?」

「そう。徒競走だよね、運動部入ってるの?」

「入ってない」

「そうなんだ」


 正直言うと意外と思った。体育の授業では、運動部所属のクラスメートにも引けを取らないのにもったいない。そう、口に出しかけた言葉は呑み込んだ。旭さんの足下に置かれた、お店のロゴが入った白色の袋の口から僅かに見えた、膝サポーターの箱がそうさせた。


「そっちは?」

「私も同じ」

「そ」


 短い返事、会話が途切れた。

 共通の知り合いの如月くんはまだ戻って来ない、弥生はバスケ用品コーナーでシューズを見ている。男女関係の誤解は解けたといっても、わだかまりが全部なくなった訳じゃないわけで⋯⋯。彼女も気にしているようで、この微妙な空気を変えるように半ば強引に話題を振った。


「言っておくけど、買い物に付き合ってもらっただけだから。か――如月くんもちょうど見たいものあるって言ってたし」

「あ、そうなんだ。部活関係のものなのかな?」

「さあ。さっき何見てたの――って、サポーターか。復帰近いのかな⋯⋯」


 二人きりで買い物に行く間柄の旭さんも、彼の復帰時期は知らないみたい。実際のところどうなのだろう。同じクラスでやり取りを見ていた彼女も知っての通り、彼は体育祭には参加したくなさそうだった。部活復帰を優先しているのなら納得いく理由だけど。


「軽い貧血。練習中に倒れたの。顔に出てた」

「あっ――」

「入院が長引いたのはびっくりしたけど⋯⋯。まあ、そういうことだから」

「どういうこと?」


 正面を向いたまま軽く肩をぶつけて来た旭さんの返答を聞く前に、如月くんが戻ってきた。目当ての品はなかったようで、彼は何も持っていなかった。

 その後ほどなくして弥生が合流し、最寄り駅方面へ向かっていた途中、不意に歩みを緩めた如月くんと歩幅を合わせて歩きながら訊ねる。


「どうしたの?」

「日が少し長くなったかなって思って」


 甘い匂いが香る駅前通りのメロンパン専門店のショーケースの上にある、木製の置き時計に目を向ける。置き時計の針は、17時の10分前を指していた。二人でこの街を歩いた日からまだ三週間も経っていないから実際のところはあまり変わらないのだろうけど。それでも、先日より少し湿った街の空気、ちらほらと薄着の人が目に映る駅前通りを行き交う人たちの姿は、徐々に季節が移ろっていることを確かに感じさせた。

 止まっていた歩みを動かす。


「あの二人、気が合うのかな?」

「うーん、どうだろ。同一人物って知ったらひっくり返りそうだけど」

「はは、確かに。けど、うん。安心した」


「何が?」と首をかしげる私へ視線を移した彼は、小さく微笑んだ。なんとくわかった気がした。きっと、旭さんと私のこと。


「ちょっと微妙な感じみたいだったから。思ったより深刻じゃないみたいでよかった」

「どう、なのかな」


 確かに、ゴールデンウィーク直後の冷え切っていた関係は変わりつつあると思う。


「あいつさ、人付き合い苦手なんだ」

「そうなの?」

「ああ。人に弱み見せないし。それでいて、繊細。甘え下手だし」


 彼の言う旭さんは、私の知っている学校での、とても明るい性格で誰からも好かれる彼女との印象とは全然違っていた。


「おーい、電車乗り遅れるよー」

「だってさ。行こう」

「あ、うん」


 こちらを振り向いた弥生の呼び掛けに答えて、駅の出入り口で待っている彼女たちの元へ向かう。


「今の、あいつにはオフレコでお願い。バレたら根に持たれる」

「ふふっ、仲良いんだ」

「まあ、付き合いそこそこ長いからね」


 彼の、如月くんが旭さんに向ける優しい視線に――ああ、きっとそういうことなんだろう、と思った。

 でも――この時私が思っていたことがまったく見当違いなのだと知ったのは、体育祭が終わった後のことだった。

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